■笑顔が人を傷つける
── 『ヨチヨチ父』は今年発売ですが、じつは最初のお子さまが生まれたのは10年前の2007年。34歳のときですね。当時は大変なご苦労をされたと伺っています。
赤ちゃんが30分に1回起きるような子だったので、寝不足になってしまったのが1つ。もう1つは、嫁さんがリウマチになって体の痛みでだっこができなくなってしまったことです。当時、今回とは別の編集の方から「育児エッセイ描きませんか」と言われましたけど「無理です」と即答してましたからね。「絶対できません」と。
── ただでさえ初子で大変なのに、トラブルがいくつも重なって。
昼間はパンタグラフで仕事をしていたんですけど、嫁もパニックになってるから、「1分1秒でも早く帰ってこい」と毎日泣かれるわけですよ。でも仕事ってそういうわけにもいかないもので。帰ったら帰ったで、洗濯物だらけの部屋で、ギャーギャー泣いてる子を背中におぶりながら、「さあ~今から人が思わず笑っちゃう面白おかしいイラストを描かなきゃな!」って。「できるかー!」って思いましたよね。
── (笑)。笑ってしまうのも失礼ですが、心がメチャメチャになりますね。
赤ちゃんか嫁さんの泣き声で夜中に目がさめるし、本当に大変でした。そのとき、「子供なんかつくって本当によかったのか」と思っちゃったんですよ。そしてそう思ってしまったことに自分で傷つくわけですね。なんてこと思っちゃったんだ、って。
── 子どもは悪くないのにと。
でも、それって、思っちゃっていいんですよね。思うことは止められないから。言わなきゃいいだけの話で。つくらなきゃよかったっていうのは、言っちゃダメじゃないですか、やっぱり。でも、こっそり、自分の中で思うぶんにはいいんですよ。
── わたし自身、産後まもなく、妻が何をしても不機嫌になったときは、こんな思いをするために子どもをつくったのかという地獄のような気持ちになりました。
そのことについて、仕事で感じたことがあって。「ヨチヨチ父」を『赤ちゃんとママ』で連載する少し前、国がつくる少子化対策の冊子のイラストを描かせてもらったことがあったんです。成人式のとき配る冊子で、まあ要するに「子どもをつくろう」というもの。子どもをつくるための知識を正しく書く冊子ですね。そこにいろんな大学の監修が入るんですが、ある先生から、イラストにダメ出しがあったんです。
── 医学的に正しくないということですか?
いや、「お父さん、お母さんがつらそうだ」というんですよ。
── だって実際つらいじゃないですか。
そうなんですよ。なんだけど、「これから子供をつくるカップルが『つらそうだ、やめよう』となってしまったら大変だから、笑顔に描きなおして」というんですよ。
── そんなこと言われても。
「いやいやいやいや」ってなりますよね。言ってくる産婦人科のえらい先生の言うことも、ある意味ではわかるけど。でも、「子どもかわいいよ、楽しいよ、育児みんなやろうね」って言われても、実際生んでみたら、こっちはぜんぜん大変だったわけです。冊子に出てくるような笑顔なんて、ぜんぜんなれなかったんですよ。
── 冊子を読んで、子どもをつくり、そういう立場になったら、苦しいですよね。
追いつめられますよね。「わたしはなんで育児を楽しめないんだろう」、「わたしはなんで自分の子どもをかわいいと感じられないんだろう」って、そこからすべての悩みがはじまってしまうわけで。それは……って、思ったんです。でも構造上、ぼくが直接先生を説得できるわけじゃないし、あいだに挟まれた編集の人が困ってしまうだけなので、ここは戦う場所じゃないなと、そのときは笑顔にしちゃったんです。けど、後悔がずーっと残ったんですよ。あれは笑顔にすべきじゃなかった、って。
── 自分が体験した本当の表情を描くべきだったと。
笑顔じゃなくても、その表情に「楽しい」って名前をつけなおせるのが子育てなんだって思うんです。その気持ちがあったので、『ヨチヨチ父』を描くときも、ぜんぜん笑顔になってないけど、新しい発見はあったよね、ということを描こうと思って。笑顔を描かなくても、育児の楽しさは伝わるはずだよなと。「笑顔にしてくれ」っていう側の構造や事情もわかるけど、その笑顔はすごく人を傷つけるんですよね。
── 人を傷つける笑顔。
笑顔のイラストが人を傷つけるって、なかなかわかってもらえないんです。傷ついた人からすればすぐ分かるはずなんですけどね。当時はぼくがまだうまい言い方を手にしていなかったので、何もできなかったんですけど、あのときのことを清算したいという気持ちが、この本には入ってますね。
── 育児は楽しいだけのものではない。それは実際、大人になって子どもをもつまで分からないことですよね。
書き下ろしで入れたかったのが、子供がいない人たちのことでした。子どもができていちばん驚いたのが、「大人ってこんなにヒヤヒヤしているんだ」っていうことなんです。自分のまわりに子どもがほしくてもできない人がこんなにたくさんいるんだって。
── わかります。子どもができたと報告するとき、「この人に話して、相手が傷つかないだろうか」というプレッシャーを感じたことがありました。
そこは最上級にセンシティブなところですよね。連載していたのは「赤ちゃんとママ」という赤ちゃんができた人が読む雑誌なのでよかったんですけど、書籍化されると全然関係ない人も読む可能性があるわけです。この言い方(表現方法)が成功している、とは思わなかったけど、入れたかった、というところがありました。
── 「生む」という行為そのものが、親によってまったく意味が変わってくる。
でも、おもしろいなと思った話があって。1人目が生まれると、最初の子はなんで泣いているのかわからないので、泣いているだけで何をしていても不安だと。2人目ができると、子供が泣いてるのが当たり前ということを知っているから、放っておけるわけですよね。なんだけど、下の子がさんざん泣いてやっと寝たというときに、上の子が泣いて起こすんですよ。それで上の子にイラッとするわけですよね。「起こすなよ!」って。
── かわいそうに(笑)。
なんですけど、子どもが3人いるお母さんに聞くと、今度はそのことが許せるようになるらしいんです。「上の子、起こすよね~下の子」って。だから、1人目、2人目、3人目、それぞれで風景が変わってくるんですって。あー、そういうものなんだーって。
── それぞれの選択の中で見えている別の世界があると。
子どもが1人できたことでわかることも、2人目ができたことでわかることもいっぱいある。そこから何を汲みとるかっていう違いなんですよね。当たり前ですけど、子どもがいないから不幸ということでもないし、たくさんいるから幸せってことじゃない。「いろいろいるよねーっ」という中で、おたがいの違いをどうにか、おもしろみのほうに持っていく方向が大事なんじゃないかなと。
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