このページの本文へ

前へ 1 2 3 4 次へ

すごい子育て:

バカにされたわが子 寄り添った日々

2019年06月10日 09時00分更新

文● 盛田 諒 取材協力● 孫正義育英財団

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷
表彰台にのぼる森下礼智くん(小3・当時)

 生まれつき学習能力が高い子どもとその保護者を描く「gifted/ギフテッド」という映画があります。普通の子として育てるか、人と違う子として育てるか、どちらが子どものためになるか葛藤する物語ですが、実際に優れた能力をもった子どもの親はどんなことを考えるものでしょう。

 森下礼智くん(12)は立体的なCG作品を作る才能の持ち主。小学3年生のとき、フォーラムエイト主催のVR技術コンテストで複雑な構造をもった都市の3Dモデルを提出し、最高賞を獲得しました。VRをテーマとしたテレビ番組にもたびたび出演し、ソフトバンクグループ孫正義会長兼社長が作った孫正義育英財団の財団生(2期)にも選ばれました。

「UC-win Road」で作成
「UC-win Road」で作成

 しかし能力が認められるまでは長い時間がかかりました。生まれつきの理由で文字をうまく書くことができないため、学校の先生や同級生につらく当たられ、一時は体調不良を起こし登校しづらくなったこともあったといいます。親はそのときどう寄り添ったのか、お母さんに聞きました。

●「外交官にしたい」と思っていた

── ご両親についてうかがえますか。

 夫は専門職です。わたしは教師でしたが、息子はちょっと手がかかる子だったので仕事を一度ストップして、最近通信制高校の非常勤講師を始めました。息子に出会わなかったらきっと進学校の教師になったと思うんですが、自分の中で息子を育てることで価値観が広がった部分があり、「多様性がない学校では二度と子どもたちを教えたくない」と思うまでになりました。

── 子どもが生まれるまでは価値観が違っていたんですか?

 わたしも夫も学校が好きで大学院まで行ったような人間なので、子どもも当然そんな子になると思い込んでたんですよね。当時は「外交官にしたい」と思ってましたよね。学生時代、海外の学校に行ったり、海外の方々と交流することがあったので「そういうふうに育てたいな」くらいに思っていて。いま思えば何考えてるんだろうって話ですよね。親バカだったと思うんですけど……。

── 実際は思っていたとおりにならなかった。

 子どもはちょっと早く生まれたせいもあり、病院でいちばん小さいくらいだったんです。体重が2500gを切ってしまうくらいで、息をすると肺が引っ込むのがわかるくらい小さめの子どもで。ミルクは自力で飲むんですが、ふーっと意識がなくなって、眠ってしまうんです。だから「とにかく足をくすぐったりして意識を高めて起こしてください」と言われるんですね。それまでは「外交官だー!」と、胎教だの、英語の本を読み聞かせるだのと考えていたけど、それどころじゃなくって。

── 大変でしたね。

 育児ノイローゼ気味になりましたね。「赤ちゃん小さくてかわいいわね」ってみなさんがおっしゃるたびに「ミルクさえまともに飲めない子に生んでしまった自分はなんてダメなんだ……」と思ってしまって。うちの夫は理系ということもあり理路整然としていて「早く生まれたんだからこれくらいの月齢になるまでは飲めないのは仕方ないね」と言って「わたしの気持ちをわかってくれないの」みたいなこともありました。あとになってみれば、そういう夫婦だからバランスがとれていたところもあったかなと思うんですけど。

── 子どもの特性に気づいたのはいつごろですか。

 1歳になったときですね。そのころはまだ外交官の夢を見ていたので、「よしいよいよ教育だ!」と思って、英語の教室に連れていったんです。小さな教室で英語の歌とか、挨拶をしていくもので、うちの子も楽しそうにしてはいたんですが、ずっと音響の器具やCDラジカセとかの中を気にしていたんです。音が出てるから注意が引かれるのかなと思ったんですが、ずっと見ていて。それを見てちょっとぞくっとして。この子は何か違うことに興味を持っているのかな……と。

── ほかにも似たようなことがあったんですか。

 たとえば子どものジュースにアンパンマンとかがついてるじゃないですか。ママ友と「今日のおやつはアンパンマンだよー」と持ち寄ると、大抵の子どもたちは「ぱんぱんまーん!」とか言って喜ぶんですが、うちの子はアンパンマンを裏返して成分表示を見てるんですよね。さらに驚いたのがおじいちゃんおばあちゃんがおもちゃを買ってくれたとき。わたしは子どもというのはワーッと包みを開けてガバッとおもちゃをつかんで「ちょっと待ちなさい」と親に止められるようなものだと思っていたんですけど、包みを開けるとまず取扱説明書を取り出したり、箱の裏側をじっと見てたんですよ。

── ちょっと驚きますね。

 心配になったので、定期検診のとき先生に「これは文字が書いてあるかどうかを知りたがっているように思うんですが、文字を教えてもいいんでしょうか……」と聞いたんですね。そうしたらお医者さんが「いやいやおかあさんそんな、文字なんて絵と同じなんだから試しに教えちゃえばいいじゃないですか~!」と言ってくれたので、それならと白い紙に黒い字で50音を書いたカードを作ったんです。カルタみたいにして「あ」と言ったら「あ」をタッチさせるということをしていたら、本人がやりたがって1日に50枚とかをやってしまい、すごい早さでひらがなをマスターしてしまって。3歳3ヵ月ごろには本を自分で読むようになっていました。4歳くらいには漢字が読めるようになって、小学校にあがる前には小学校高学年向けの本が読めるようになり、小学校低学年くらいのころには大人の本が読めるようになっていました。

── 天才的ですね。

 小学校1年生の後半では天才道を行きそうな気がしたんですが、今度はだんだん文字を書くスピードが追いつかなくなっていったんです。

前へ 1 2 3 4 次へ

ピックアップ