このページの本文へ

盛田 諒の「ほぼほぼ育児」第9回

ワンオペ育児地獄で救いになったこと

2019年06月07日 11時00分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 2歳児くんの保護者をやっています盛田 諒ですこんにちは……先週日曜に40℃近い高熱を出しながらのワンオペ育児という地獄を経験したのですが、今度は平日に子どもが胃腸風邪をもらって看護休暇をとりました。ちょうど妻が出張でおらず数日間ワンオペ看護をすることになったのですが、これまた別の地獄でした。

 看護休暇は肉体的にしんどいだけでなく、仕事が進められないゆえの情緒的なつらさがあるんですよね。上司に「子どもができてから仕事をなまけているのでは?」と思われそうだという不安もあります。「妻の仕事柄出張が多くてワンオペになりやすい」という事情もあるのですが、自分の仕事とは無関係です。

 一方、しんどい中で救われたのがやはり情緒的な部分でした。お隣さんと「子どもが風邪ひいちゃって休んでるんですよ」「大変ですねえ、いま大人にも流行ってるみたいですよ、うちも先週家族でうつしあっちゃって」といった他愛ない話をしただけで、緊張でこわばっていた気持ちが少しゆるんだのですね。

 会社でおなじくらいの子どもをもっている人と「病児あるある」を話すだけで若干気持ちが救われる部分もありました。こうした情緒的な助けというのは身体的な助けと同じくらい大切なものなのかもしれません。

●「今ここで困っている人」を助けてほしい

 高熱を出したときワンオペ地獄をどうしたらいいのかと考えて「普段からベビーシッターや家事代行を使っていればよかったのかもしれない」と思いましたが、サービスにはご近所で得られたような情緒的な助けをあまり期待できません。

 たとえば妻はよく保育室のママ友に送迎の自動車に乗せてもらって「お互い大変だよねー」といった他愛ない世間話をすることがありますが、プロの送迎サービスを頼んだらそうした世間話をすることはあまりなさそうです。

 ついでに熱を出したとき自宅に他人を入れるのはプロ相手でも若干抵抗があり、料金がこなれてきたとはいえサービスを普段使いできる経済的余裕もありません。

 そう考えると、育児の苦労を知っている同じ地域の会員同士で助け合いをするファミリーサポートセンター(ファミサポ)は情緒的な助けという意味でもいい選択肢に見えますが、ファミサポはファミサポで限界があります。

 まずファミサポは地域によってできることの質と量が違います。平成28年度の調査によれば、病児・病後児の受付ができる施設は全体の半数程度。逆に、親が病気になったとき食事支援をしてくれる施設も一部地域にはありました。

 そしてファミサポは基本的に、顔合わせを含めた事前打ち合わせ、当日の準備が必要です。急病時など本当に大変なときにいざ頼ろうとすると利用までのハードルが高く感じられ、入り口であきらめてしまいがちです。スマホなどでサッと申請ができるといいのですが、窓口の情報化はほとんど進んでいません。

 できることならファミサポでこぼれがちな「今ここで困っている人」を助けるようなしくみが公共サービスにあってくれたらと感じます。肉体・情緒ともにつらさを感じている誰もがすぐに助けを求められるようなしくみが全国的に広がってくれたらいいのですが。

●会社にも情緒的な助けがあれば

 ワンオペ地獄を経験してあらためて、いま働きながら育児をするのは本当に余裕がないと感じます。家事育児は夫婦で分担しないと回りません。便利な通信技術のおかげで持ち帰りの仕事が増え、家事育児に使える時間が削られているぶん、お互いの時間をやりくりしてどうにか日々を乗りきっているという状況。ちょっとでもバランスをくずしたら事故という緊張感があります。

 つい先日「育休明けの夫が突然転勤を命じられた」という話がありましたが、「新生児を抱えているときに自分がそんなことになったら本当に無理」と感じる人はいまとても多いと思います。子育て世帯の単身赴任のように、これまで誰かにしわ寄せをすることで成り立ってきたしくみが限界をむかえ、消極的に社会が変わりつつあるということなんじゃないかと感じました。

 そんな中、育児や介護をしている社員の支援制度をとりいれたり、ワークライフバランスを整えることも大切だと思うのですが、会社の上司や同僚が「そういう事情があるといま本当に大変だよね」と気持ちを汲んでくれたら、それだけで情緒的に助けられる人は多いんじゃないかなと思いました。まずは自分が誰かの情緒的な助けになれたらいいのかもしれないです。盛田 諒でした。





カテゴリートップへ

この特集の記事
ピックアップ