このページの本文へ

盛田 諒の「ほぼほぼ育児」 ― 第2回

叱らない子育てを2年間続けた結果

2019年04月12日 09時00分更新

文● 盛田 諒(Ryo Morita)

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 盛田 諒です。2歳児くんの保護者をやっています。子どもがいなかったときは家族の愛といわれてもピンとこなかったのですが、2歳児くんをひざにのせて絵本を読んだり、おふとんでゴロゴロベタベタしていると、これが愛でなくて何が愛なのかという気になってきました。愛とはエロだけではないという当たり前のことを知りました。子どもの愛はすごいものです。

 子どもくんは2年間でむくむくと育ちましたが、親としての自覚は育ちませんでした。「お父さん抱っこして」「お父さんこれ食べて」「お父さんこれ読んで」「お父さんシマウマさんやって」(どうすれば)と毎日のように言われても自分が父親だと感じることはありません。なぜかと考えると、今まで子どものやることに口を出さず好きにさせてきたからだと思います。

 いわゆる「叱らない子育て」です。とにかく子どもくんの好きにさせた2年間でした。そのほうが楽しく疲れないからです。ようするに手抜きです。

●目は離さず口は出さず

 たとえば子どもがティッシュを出しまくっているとき、「ダメですよ」とやめさせるより「あら大変」と笑ってあとでティッシュを片づけるほうが疲れません。子どもくんもそのうち飽きます。「子どもがルールや罪悪感を学ぶのは3~4歳からとされるから」ともっともらしい言い訳もできます。

 子どもくんがかんしゃくを起こしたときも同じです。「歩かない!」と言ったら「歩かないの?」と抱っこする。「お着替えしない!」と言ったら「お着替えしないの?」と裸のまま遊ばせる。そのうち機嫌がなおったら歩かせたり着替えをさせていました。時間がないときは機嫌がなおりそうなことを試したり、むりやりやらせることもありましたが、疲れるので基本やりたくありませんでした。

 子どもくんがバスや電車でわちゃわちゃしても「シーッ」とは言いませんでした。「はさみでちょんぎりとえっさかさっさ」という遠野のわらべ歌や、「ライオンさん来ちゃうよ」という報告を、「そうなの~」と聞いています。「これクルマだよ」という無印ブリ材バスケットに入ったままバスに乗ったこともありました(すいててよかった)。イスに座るとき靴をぬがせたり、前のイスを蹴るのをやめさせるという最低限のルールを守った上で、あとは好きにさせていました。

 子どもくんの声がでかいため気になる人には申し訳なく、(今だけなのでご容赦ください)と心の中で詫びつつ好きにさせていました。

 そもそも人を動かすのは大変です。危ないから、悪いから、もったいないからと言って行動を変えさせることは大人相手でもなかなかできません。それより実際に自分でやって学習してもらったほうがいいと思っています。この時期の子どもは脳神経系も発達過程。行動と知覚のフィードバックを通じて物理法則を学び、自分でできることを増やしていきます。子どもくんが自分で判断できることが増えればこちらとしてもラクになりそうです。命に関わるとき、他人に害が及ぶときは別として、ちょっとしたことなら止めずにやらせたほうがおたがいのためになるのではと思っていました。

 そういうわけで、目は離さず、口は出さずという感じの2年間でした。妻もたまに「コラ!」などと言うことはありますが、好きにやらせることについては同調してくれていたように思います。

●子どもと一緒に親になる

 結果子どもくんにいい影響があったかどうかはまだよくわかっていません。好奇心旺盛で感情豊かに育っているように見えますが、生まれつきの部分が大きそうで効果は不明です。

 一方、こちらはかなりラクをさせてもらいました。反面、父親ではなく「保護者以上、父親未満」のような存在になりました。男性として育休をとっても、1人で家事育児ができるようになっても、自動的に父親になるわけではまったくないと感じました。

 きっと子どもの行動に口を出すようになったら自分を父親と感じるようになるのだろうと思います。2歳児くんが3歳児くんに近づいて、好きにさせてはいけない場面が増えてきたとき父親になっていくのかもしれません。ですが子どもが悪いことをしたとしても「あら大変」とか言ってしまいそうで父親としての自覚にはまだ遠いです。父親ってなに、という問いかけを自分の中で何度もくりかえしながら、自分にとっての父親を自覚していくことになるのかもしれません。

 生後半年から2歳くらいまでは愛着形成期といい、子どもが親との結びつきを深める時期とされます。それは子どもだけでなく、家族の愛が何だかわかっていない、未熟な自分にとっても必要な期間だったのかもしれません。叱らない子育てを続けたことで、親になる前に愛を知ることに専念できた部分もあったかもしれないと、いま気づかされました。子どもくんと一緒に親になっていきます。盛田 諒でした。





カテゴリートップへ

この特集の記事
ピックアップ