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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第11回

ソロデビュー20周年記念・平沢進ロングインタビュー【後編】

平沢進が語る、音楽の新しいスタンダード

2009年12月26日 12時00分更新

文● 四本淑三

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ビジネスモデルと化してしまったがために

―― 話を元に戻すと、フリーウェアに見えると言っても、単にプロテクトを外したり、コピーされることを黙認するだけではダメということですよね。

平沢 実際、フリーウェアも出していますよ。同時に著作権管理されているパッケージも売っている。だけど、フリーウェアに見える側面がある。その両方が私の立ち居振る舞いと矛盾しない。私はプロミュージシャンなので、収入を得なければならない。だから著作権は主張させていただく。である一方、自分はリスナー的なミュージシャンであるから、そこを殺してまでプロを主張していない。そういうことじゃないですか?

条件付きではあるが、公式サイトでは一部音源をMP3として無償提供している

―― でも、それで収益が成り立つかという不安もあって、普通はそこまで放任できないですよ。

平沢 いや、成り立つんですよ。それがさっき言った「資本主義と相容れない音楽の性質」というパラドックス。そこを露出してしまうと今のような現象が起こり、一方でちゃんとCDも買ってくれるという絶妙なバランスが生まれるんですよ。

 でもそれを作為でやると成り立たないと思うのね。自然発生的に生まれてくるもので、予定された収益へ誘導したり、ビジネスの価値観で評価すれば何も育たない。そして一旦バランスが生じたら、双方裏切らないことが肝心。これはメジャーには出来ないことですね。

―― 平沢さんがやれているのはどうしてだと思いますか?

平沢 私がなぜできているかと言うと、体質。たとえば80年代のインディーズというのは、収益が大前提ではなかった。コミュニケーションのための音楽であって、収益は後から結果として付いてきた。それを体験しているからね。今のインディーズはメジャーへの登竜門のようなものだよね。このインディーズも、おそらくもう壊れているでしょう。次のステップの、メジャーが壊れてるんだから。

―― ライブハウスがインキュベータの機能を失ったのと同じですね。

平沢 ライブハウスがにぎわっていた頃は、客が「俺たちがP-MODELを育てたんだ」という意識を持っていた。それは嘘じゃないと思うんだよね。その後、それ(ライブハウスにおける観客とミュージシャンの関係性)をビジネスモデルと見なしてしまったがために、壊れてしまった。

 だから、その中で育ってきたミュージシャンは、それ以前にあった「結果として生まれた収益構造」が、体感として分からない。せっかくインターネットの中でコミュニケーションが生まれているのに、次にどうしていいか分からない。なぜかと言えば、そこにビジネスモデルがないから。そういうことじゃないですか?

―― コミュニケーションと音楽が断絶しているということですね。音楽を消費する方法はよく知っているのに。

平沢 あ、そういえば私は80年代からフリーウエアだったかも知れない。P-MODELはワーナー・ブラザーズからのデビューだけど、どんな小さなミニコミ誌、数人のサークルでしか読まれないミニコミ誌でも、しっかりとした動機が見えれば取材を受けていたからね。

―― それは良く覚えていますよ。あれは今じゃ考えられないですよね。

平沢 私はそういう(80年代インディーズ的な)体質を持っているので、何の作為もなく、この流れの中でどこに自分の身を置くのかを分かっている。ということなんじゃないでしょうか。

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