クラウドの登場で情シスの役割は大きく変わりつつある。ITの予算が情シスから現場部門に移っているという調査もあり、“レガシー”や“抵抗勢力”扱いされることも増えているようだ。そんな中、情シスメンバーの主導により、クラウドを使った新しいチャレンジを成し遂げた、ある中小企業をのぞいてみたい。
*本記事の内容はあくまでフィクションで、登場人物や会社名などは実際のものではありません。登場人物
シバタ 1990年代のWindows、インターネットの普及、2000年以降のブロードバンド化などを体験してきた情シスの中堅。クライアント/サーバー型のVBやJavaなどをメインに、社内独自のシステムを切り盛りしてきた。部長のニワからの信頼も厚いが、近年はユーザー部門のニーズに応じて、PCやサーバーなどインフラ系の構築・運用にかかり切りだった。そのため、クラウドやビッグデータなど最近のトレンドにやや弱い。
キノシタ 会社のIT強化を目的に2008年に入ったブロードバンドネイティブ世代。低コストなWebアプリケーションを導入するプロジェクトを進める中、SalesforceやGoogle Appsなどのクラウドに影響を受ける。外資系へのあこがれがあり、最新の言語やフレームワークをテーマにした開発者・クラウド向けのセミナーによく足を運ぶ。シバタのようなC/S型、手組みのシステムをレガシーとみなすほか、ユーザー部門のリクエストに振り回されず、情シスが主導的にITを牽引すべきと考える。
10年間で大きく変わった情シスの業務
神奈川県にある中堅の電子部品メーカーのAMWのITを1990年代から切り盛りしてきたのが、情報システム部のシバタだ。基幹システムを手がける上司のニワ部長とともに、シバタはAMWのインターネットやLANを導入し、一人一台のPC環境をいち早く整備。同業他社に先駆けたその取り組みは、コンピューター誌でも取り上げられるほどだった。2000年以降はブロードバンド回線やVPN導入、さらにはセキュリティの強化などを進めてきた。
ここ10年でシバタの仕事は大きく変わった。1990年代、PCとインターネットを導入したことで、受発注や顧客からの問い合わせが電話からメールになり、紙だった社内の伝票や資料、帳簿類がどんどん電子化された。リテラシーが上がると共に、情シスへのリクエストも多くなっていった。「外出先からメールを使えるようにして!」「土日もファイルサーバーを落とさないで!」「ネットワーク機器の故障は当日中になんとかしてほしい!」などなど。一方で、経営者からはセキュリティやコスト削減に関して、厳しく言われる。日々、新聞で同業者の情報漏えい事件やコスト削減事例をまめにチェックしているからだ。
こうしたユーザー部門の声に真摯に向き合ってきた情報システム部だったが、「いつも使えて当たり前」「安全で当たり前」の環境を維持するため、いつの間にかPCやサーバー、システムのお守りになってしまった。近年はシバタも、戦略的なIT施策に向き合う余裕がなくなったことを自覚し始めていた。
そんなAMWの情シスに転機が訪れたのが2年前。人員の不足が顕著になったことで、ニワ部長が長らくリクエストしていた増員が認められたのだ。入ってきたのは、まだ20代のキノシタ。もともとIT系の商社で機器の販売を担当していたが、ユーザー側のIT導入に携わりたいということで、転職してきたという経緯だ。
キノシタはIT商社時代の知識と経験を活かし、シバタが今まで実現できなかった企画を次々と推進していった。その1つがメールのクラウド化だ。メールに関しては、以前から使っていたメールサーバーが老朽化し、処理能力不足やシステムダウンに悩まされていた。しかし、これに対してキノシタは日本でまだ導入実績が少なかったクラウド型メールシステムの導入を経営陣に提案。コスト削減やモバイル活用などのメリットを押し出し、経営陣からの承認を得た後、導入を一気に進めてしまった。
導入の結果、障害や運用コストは大幅に削減。モバイルデバイスが利用できることになったため、営業部からは高い評価を得られた。ただ、いきなり慣れないインターフェイスに変更されたユーザー部門からの反発は出たのだが。
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