中国AIは「フルスタック」で勝つ。アリババ会長が語るオープンソースとAI主権
Qwen、クラウド、EC基盤を一体で展開するアリババのAI戦略とは
VivaTech 2026のセッション「Look East: China’s AI Ascent and the Full Stack Advantage」では、アリババ共同創業者兼会長のジョー・ツァイ(Joe Tsai)氏が登壇し、中国におけるAI投資、オープンソースLLM「Qwen(クウェン)」、そして欧州企業にとってのAI主権について語った。
EC企業からAI・クラウド企業へ
アリババというと、欧州ではB2BやB2Cのマーケットプレイス、あるいはAliExpressの企業として知られている。しかしツァイ氏は、同社がすでにEC企業からAIとクラウドに大きく舵を切っていると説明する。
アリババは1999年、中国の中小製造業者や商社をオンライン化し、世界に卸売できるようにするB2Bマーケットプレイスとして創業した。その後、消費者向けECの「Taobao(タオバオ)」を立ち上げ、中国最大級のECプラットフォームへと成長した。現在、同社は中国で約8億2000万人の消費者にサービスを提供しており、欧州企業やブランドにとっても、中国市場にアクセスする重要な販売チャネルになっている。
ただし、同社の現在の重点はAIとクラウドだ。ツァイ氏は「私たちはAIとクラウドにAll inしている」と述べる。その背景には、17年前からのクラウド投資がある。膨大なEC取引データを扱うなかで、他社のデータベースやストレージ技術に依存すれば、利益の多くを外部のテクノロジープロバイダーに支払うことになる。そこでアリババは、自社でデータを管理するための技術開発を進め、そこからクラウド事業が生まれた。
AIについても、ツァイ氏は市場規模を既存のIT予算やソフトウェア市場よりはるかに大きく捉えている。「AIとは、人間の知性と生産性のユニットを生み出すものだ」と同氏は語る。世界のGDPのうち、人間の生産性や知性に関わる部分をAIが拡張するなら、その市場機会は巨大だという見方だ。
どのレイヤーに価値が残るかは、まだ誰にもわからない
では、アリババはAIのどのレイヤーに投資しているのか。ツァイ氏は、「フルスタック」でAIに関わっていると説明する。エネルギーそのものには関与していないが、チップやインフラはクラウド事業を通じて関わり、モデルレイヤーではオープンソースの大規模言語モデル(LLM)「Qwen」を展開する。さらにアプリケーションレイヤーでは、オンラインショッピング、食品配送、旅行など、自社のECエコシステムにAIを組み込むことができる。
このフルスタック戦略の意味は、将来どのレイヤーに価値が蓄積されるか分からない点にある。現在はモデル開発企業に注目が集まっているが、長期的に価値がチップ、クラウド、モデル、アプリケーションのどこに残るかは不透明だ。だからこそ、1つのレイヤーに依存せず、複数の層を統合して押さえることが重要になる。
AIインフラ投資がバブルではないかという問いに対しても、ツァイ氏は否定的だ。米国の主要ハイパースケーラーによる設備投資額は巨額に達しているが、AIが対象とする市場機会を考えれば、長期的には過剰とは言い切れないという。また、中国ではAIインフラやサプライチェーンへの投資がまだ不足しており、投資を拡大せざるを得ない状況にあるとした。
アリババにとって強みとなるのが、EC事業から生まれるキャッシュフローだ。ツァイ氏によれば、同社の売上の80%以上は現在もECマーケットプレイス由来であり、そこから生まれる資金がAI投資を支えている。AI専業企業とは異なり、既存の巨大事業が未来への投資原資になっている点は、同社の戦略を理解するうえで重要だ。
欧州が重視する「AI主権」とオープンソース
セッション後半で焦点となったのが、Qwenのオープンソース戦略である。ツァイ氏は、欧州で企業経営者や研究者と話すなかで、最も頻繁に聞く言葉のひとつが「ソブリンティ(Sovereignty:主権)」だと語った。AIにおける主権とは、技術的な独立性と、データを自社環境内で保護しながら活用できることを意味する。
オープンソースモデルは、この2つの課題に対する現実的な選択肢になる。企業はQwenを自社のデータセンターや環境にダウンロードし、アリババから独立して利用できる。さらに、自社データを使ってファインチューニングや追加学習を行うことも可能だ。クローズドなAPIを通じてモデルを使う場合、データがどこに送られ、どのように扱われるのかわかりにくい。これに対し、オープンソースモデルは、企業がデータを自社のファイアウォール内に留めやすい。
もちろん、欧州にとって中国企業への依存が新たなリスクにならないのかという問いは残る。
ツァイ氏は、特定の国や企業を完全に信用することはできないとしたうえで、「すべての卵を1つのカゴに入れている状態」よりも、米国以外の選択肢を持つことには意味があると述べた。欧州が長期的に自前の技術基盤を育てるとしても、その過程で中国のオープンソースモデルを第2の選択肢として使うことは合理的だという立場だ。
製造業での活用にも話は及んだ。ツァイ氏によれば、ドイツの製造業企業は中国国内のオペレーションでアリババ Cloudを利用しており、設計、テスト、品質管理などの分野で協業が進んでいる。製造業は独自のプロセスデータを持っており、それをAIモデルの学習や改善に活用できる点で、今後大きな可能性があるという。
中国AIの強さは「モデル」だけではない
中国AIの強さは、単に大規模モデルを開発していることだけではない。ECで培ったデータ、クラウドインフラ、モデル、アプリケーション、そして投資原資となるキャッシュフローを一体で持つ点にある。欧州にとってアリババのAIは、米国依存から距離を取るための選択肢である一方、新たな依存先にもなり得る。AI主権をめぐる議論は、どの国の技術を使うかではなく、どのレイヤーを自分たちで制御できるのかという問いに移りつつある。
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