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ひとつの秘策では成長できない。HQが実践する「工夫の重ね合わせ」

新規事業の理論と実践をつなぐ―HQ坂本CEO×羽山友治対談

坂本祥二氏(左)
株式会社HQ 代表取締役。京都大学総合人間学部卒業後、モルガン・スタンレー証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社し、東京およびニューヨークでM&Aアドバイザリーや資金調達業務に従事。その後、カーライル・グループでバイアウト投資を担当。2015年にLITALICOへ入社し、取締役CFOとしてIPOやコーポレート部門、新規事業などを担った。2021年3月に株式会社HQを創業し、企業向け福利厚生・従業員支援サービスを展開している。

羽山友治氏(右)
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー、理学博士。チューリヒ大学有機化学研究科博士課程修了。日系・外資系化学メーカーで研究・製品開発に携わった後、技術探索やオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者、現場担当者、仲介業者の各立場で新規事業創出に関わる。著書に『オープンイノベーション担当者が最初に読む本  外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』、『新規事業の本質 世界レベルの「理論」と「現場知」で描く全体地図』。

 新規事業は、どうすれば継続的に成長できるのか。アイデアを形にし、PMFを達成した後、さらに事業を大きくしていくには何が必要なのか――。国内外の新規事業に関する1000件超の研究論文を読み解き、実践につながる知見をまとめた書籍『新規事業の本質 世界レベルの「理論」と「現場知」で描く全体地図』(以下、『新規事業の本質』)。著者の羽山友治氏と合田ジョージ氏が、成長企業の経営者や新規事業の実践者と対話しながら、その理論を現場の経験と照らし合わせていく。

 第1回のゲストは、企業向け福利厚生サービスを展開する株式会社HQ 創業者/CEOの坂本祥二氏。HQはリモートワーク環境整備に特化した福利厚生サービス「リモートHQ」からスタートし、現在、カフェテリアプランや食事補助などへ事業を拡大させている。

 その展開は、創業時から描いていた10年以上先の構想に基づくものだったという。 HQは、どのように事業を広げ、成長の仕組みをつくってきたのか。『新規事業の本質』第14章「ベンチャー企業の成長戦略」を軸に話を聞いた。

『新規事業の本質 世界レベルの「理論」と「現場知」で描く全体地図』 第14章「ベンチャー企業の成長戦略」

10年後の姿から逆算して、最初の事業を選ぶ

羽山:HQでは現在どのようなことに挑戦されているのでしょうか。

坂本:HQは「自分らしい生き方を支える社会インフラをつくる」というミッションを掲げ、さまざまな社員支援プロダクトを展開しています。エンタープライズ向けのカフェテリアプランや、クレジットカードを活用した食事手当のシステムなど、現在5〜6個のプロダクトを出しており、今年もさらに3〜4個出す予定です。

 この領域で起業するきっかけになったのが、前職時代に取り組んだAIによる自殺予知の研究でした。かなり高い精度で予知できたのですが、自分の自殺予知にお金を払う人は一人もいなかったんです。

 一番大切なものにもかかわらず、テクノロジーの力が行き渡らない。そこで、メンタルヘルスだけでなく、健康やキャリア、子育てなども含め、組織を通じて個人を支援できないかと考えました。

羽山:リモートワーク支援の「リモートHQ」から始められています。最初から、今のような複合的なサービスを考えていたのでしょうか。

リモートワーク環境整備プラットフォーム「リモートHQ」

坂本:かなり早い段階から、最終的には複合的にすることを決めていました。一般社員が使う福利厚生サービスでは、子育て、メンタルヘルス、コーチングなどが全部別々になっていると、「何がどこにあるのかわからない」ということが大きなペインになります。

 最終的には、スマートフォンのひとつのアプリから使える包括的なサービスにしなければいけない。ただ、ベンチャーが最初から総合的なソリューションを出すのは絶対に不可能です。だから、10数年をかけて、どういう順番でプロダクトをつくればいいかを考えました。お客様との対話や米国の先行事例、開発スタイルなどを踏まえ、最初のプロダクトとしてリモートHQを選びました。

羽山:最終形を考えたうえで、最初の小さな市場を選んでいるわけですね。新規事業では、目の前のアイデアから始めるケースも多いですが、HQではかなり長い時間軸で事業の順番まで設計していたことがわかります。

社員2倍で、成果は5倍。「複利」でつくる成長モデル

羽山:『新規事業の本質』では、通常の成長と「スケーリング」を区別しています。人員などのインプットを2倍にした結果、売上も2倍になるのが通常の成長だとすると、スケーリングではインプットの増加を抑えながら、アウトプットがそれ以上に伸びていきます。現在のHQは、その段階に入っているのでしょうか。

坂本:一人当たりの生産性が大きく伸びていることは、数字でも示せていると思います。社員数が2倍になったとき、成果は5倍になる、といったことができている状態です。

羽山:まさにスケーリングですね。どのような指標を見ていますか。

坂本:最終的にはストックビジネスなので、粗利ベースのARR(年間経常収益)を見ています。特に重視しているのが「ARRの増分」です。例えばARRを5億円伸ばすとき、その5億円を何人の体制でつくれたのかを見る。ほかにもユーザー数や、営業一人当たりのクロスセル率などを見ています。ただ、数字そのものを目標にしているというより、「5年後、7年後に圧倒的な競争優位と顧客価値を持って勝っている状態」を描いていて、そこから逆算すると、当然こういう数字になるよね、という感覚です。

羽山:では、社員数以上に成果を伸ばせている理由は何でしょうか。

坂本:ひとつは、お客様にとっての独自価値を磨くことです。例えば食事補助サービスをカード型で提供したことで、単品で売っていたときよりも集客効率が大きく上がりました。

 もうひとつは、僕がよく「複利」や「フライホイール」と呼んでいる考え方です。毎年、会社が強くなる仕組みをつくる。ユーザーが増えるほどコスト効率や集客効率が良くなり、新しいプロダクトを出したときには、すでに営業組織や顧客基盤があります。

 創業1年目に新製品を出すのと、今出すのとでは、初月からつくれる売上がまったく違う。そうした資産が積み重なることで、投入量に対する売上や利益の増分が年々大きくなっています。

羽山:新規事業を毎回ゼロから立ち上げるのではなく、前の事業でつくった営業組織や顧客基盤が、次の事業の成長を速くする。これが複利になっているわけですね。

「すごい一手」はない。「工夫の重ね合わせ」で競争優位をつくる

羽山:ここまで聞くと、かなりきれいに成長しているようにも見えます。ただ、実際には簡単ではないはずです。他社が真似できないような工夫は、どこにあるのでしょうか。

坂本:例えば営業では、一人のアカウントマネージャーが複数のプロダクトを案内する「ワンストップセールス」を採用しています。ただ、これも仕組みだけ真似してうまくいくものではありません。複数の商品を扱える営業組織をつくるのはとても大変です。

羽山:『新規事業の本質』の第14章でも、スケーリングは単一の施策では実現しないと整理しています。プロダクト、ビジネスモデル、営業、データ活用、組織など、いくつもの工夫を重ね合わせることで、初めて他社が簡単には模倣できない強さになる。

坂本:そこは非常に共感します。ひとつひとつはシンプルですが、そのうちひとつだけを真似しても失敗すると思います。奇をてらったことをやっているわけではありません。「顧客にとって価値あるものを、より安く提供し続ける」というシンプルな原則を守って、そのための仕組みを何層にも積み重ねている結果だと思います。

羽山:何かひとつの「すごい戦略」が競争優位を生んでいるのではなく、それぞれは真似できそうな工夫でも、複数が組み合わさったときに真似しづらくなる。まさに「工夫の重ね合わせ」ですね。

急成長しても組織が壊れない仕組みとカルチャーを先につくる

羽山:事業が急速に成長すると、従業員側の負荷も大きくなります。HQではどうでしょうか。

坂本:「大変か?」と聞けば、全員が大変だと答えると思います。ただ、採用の段階から甘い言葉は一切かけず、スタートアップの「厳しい環境」を確認して入社してもらっています。大変さに対するサプライズは比較的少ないと思います。

羽山:組織文化をつくるうえでは、どんなことを意識していますか。

坂本:行動指針やミッション・バリューへの投資はかなりしています。変化が激しいからこそ、「何が変わらないのか」を共有することが大事です。創業5周年で、会社の社史や行動指針をまとめた冊子「HQ羅針盤」をつくりました。入社前に渡して、「この船に乗れるか」を考えてもらったり、社内で輪読したりしています。

 もうひとつ重要なのが、スケーリングする前に仕組み化することです。人や業務が増えてから力技で対応すると、組織が破綻します。意思決定のプロセスや役割分担を整えてから人を増やすようにしています。

羽山:実際に、業務が急増して危うくなった場面もありましたか。

坂本:ありました。人の問題というより、「業務量の爆発」です。業務が物理的に回らなくなりそうになって、週末をかけてみんなでAIエージェントをつくったこともあります。「これ、本当にいけるのか」と思いながら、最後は「できると信じて一回つくってみよう」と乗り越えました。

羽山:そうした局面を創業者一人で支えるのは難しいですよね。

坂本:そうですね。僕が陣頭指揮を執るというより、ほかのリーダーたちが「自分がやる」と手を挙げて解決してくれる場面が多いです。創業者がずっと全部を抱えていてはスケールできません。ただ、「外から優秀な人を採れば解決する」という銀の弾丸もない。自分以上にその領域を真剣に考えてくれる人をどうつくるかに時間を使っています。

羽山:スケーリングでは創業者自身の役割変更や次のリーダーの育成、カルチャーの形成が必要になります。HQの実践は、本書の内容ともかなり重なります。

坂本:言語化できていなかった部分ですが、そう言われると非常に共感します。カルチャーの起点がなければ、「もう少し低成長でもいいのではないか」という意見が自然と出てくると思うんです。ミッションから語ることで、「高成長以外に生きる道なし」という目線がそろう。それは非常に大切だと思います。

単年度の売上より、3年後も回り続ける車輪をつくる

羽山:売上や利益について、社内ではどのように伝えていますか。

坂本:「単年度の売上・利益だけに絶対に飛びつくな」と強く言っています。顧客価値があり、中長期的に複利で効いてくる売上や利益でなければ追わない。仮に一時的に3倍、4倍に成長しても、2年後に車輪が外れるような伸び方では意味がありません。本当に顧客が満足しているのか。3年後、4年後にも求められる価値なのか。そこは徹底的に確認しています。

羽山:成長そのものを目的にするのではなく、将来さらに成長しやすくなる仕組みをつくることが重要なのですね。

坂本:そう思います。採用でも同じです。即戦力だからという理由でスキルだけを見て「傭兵」を採るのではなく、ミッションに共感する「伝道者」を採ろうと伝えています。

羽山:最後に、大企業で新規事業に取り組む方や、これからスタートアップに挑戦する方へ、成長という観点からメッセージをお願いします。

坂本:スケーリングのフェーズで一番大事なのは、「身の丈に合わないと思えるほど高い目標を、恐れずに掲げる勇気」だと思います。

 特に大企業では、正解を探そうとして小さくまとまってしまうことがあります。まず、「身の丈に合わない」と思えるゴールをピン留めして、本気でそこに行けると信じる。そうすると、今までのやり方では届かないので、知恵を絞るようになります。仕組みを変え、人の力を借り、新しい方法を試す。精神論に聞こえるかもしれませんが、そこからスケールが始まるのだと思います。

羽山:高い目標を置き、その実現に必要な工夫を何層にも重ねていく。その結果として、投入する人や資金以上に事業が成長する。今回のお話は、『新規事業の本質』で整理したスケーリングの考え方を、実際の企業経営から見る機会になりました。

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