「EU Inc.」でひとつの巨大市場へ VivaTech2026で見えた欧州エコシステムの最新動向
世界最大級のイノベーション祭典へと成長した「Viva Technology 2026」が、2026年6月17日から20日にかけてフランス・パリで開催された。フランスおよび欧州全体のスタートアップ・エコシステムの最新動向や、イノベーションハブとして存在感を高めるパリの現状が各セッションで語られた。現在、欧州は米国や中国に対抗するため、域内から世界的な巨大企業や市場をいかに生み出し、技術的主権を確立できるのかという分岐点に立っている。
共通企業法制度「EU Inc.」により、欧州は単一市場としてさらに結びつきを強める
「Can Europe Build Global Champions?」セッションでは、欧州の強みとスケールアップにおける課題が議論された。欧州は米国より30%以上多いAIエンジニアを擁し、過去4年間でディープテック向けVC資本が倍増するなど、ファンダメンタルズは着実に強化されている。一方で、欧州連合としては27の国家法制度と60以上の会社形態が併存する「市場の分断」が、企業の成長を妨げ、コストを押し上げる最大の障壁になっているという。
左からジャーナリストでモデレーターのGreg Williams氏、EU Commissioner StartupsのEkaterina Zaharieva氏、Alan CEOのJean-Charles Samuelian氏
この課題を打開するカギとして、2026年3月に欧州委員会が正式に規則案を提示したのが、「28th regime(第28の体制)」を具体化する新たな共通企業法制度「EU Inc.」である。EU27ヵ国の国内法とは別に企業がEU全域での法人格を導入できる構想だ。この制度のもとでは、欧州レベルのデジタルインターフェースに一度情報を入力するだけで、最低資本金なし、100ユーロ未満の費用で、48時間以内に欧州全域で共通の会社を設立できる。企業のライフサイクル全般を完全にデジタル化し、株式譲渡や資金調達を簡素化することで、域内のどこでもシームレスな事業展開を可能にする仕組みだ。欧州の競争力強化に向けて、2026年末までの最終合意が強く求められており、本セッションでも28th regimeの重要性が強調された。
また、「成長段階(レイトステージ)における欧州の資金不足」についても議論された。医療保険制度の改革に取り組むフランス発ユニコーン企業「Alan」のCEO、Jean-Charles Samuelian氏は、「本当に優れたビジネスであれば、世界中の投資家から資金が集まる。顧客の重大な課題解決に集中すべきだ。米中を単純に模倣するのではなく、欧州独自のルールのもとで、意味のある巨大企業を築く野心が必要だ」と述べた。実際、Alanは2021年に1億8500万ユーロを調達し、ユニコーンとなっている。さらに、課題は資金不足だけでなく、「イノベーションを購入する側がリスク回避的であること」にもあるとする。公共調達を通じて政府自身が初期顧客となる重要性に加え、Samuelian氏は「米国では新製品を提案すれば、大企業でも喜んでテストしてくれる」と指摘した。
改めて強調された、AIの技術的主権
パリ地域の進化を取り上げた「Paris Region. The Next Decade Starts Here.」セッションでは、French RegionのValérie Pécresse氏が、パリは「愛と観光の都市」から、世界的企業の研究所が集まる「頭脳とシリコンの都市」へ変貌していると語った。特に強調されたのは「技術的主権」の確保である。データセンターやAI半導体を欧州内に回帰させるため、台湾などのグローバル企業にも現地生産を強く求めている姿勢が示された。これは、2025年のViva Technologyでも、データセンターの保有が戦略的に重要だと語られていたこととつながる。また、AIによる高精度なX線画像解析や教育現場での採点支援など、公共サービスの向上を目指す「AIチャレンジ」の取り組みも進んでおり、今後は量子コンピューティングにも注力していくという。
このAI戦略を裏付ける「Ile-de-France: The European Epicenter for AI」セッションでは、パリ地域に約700社のAIスタートアップが集積していることが報告された。GoogleやMetaのAI研究拠点が置かれている背景には、トップクラスの数学者や物理学者という圧倒的な人材プールがある。VSORA社は、米国などに依存しない欧州独自の高性能AIチップ設計をパリ地域で成功させており、その実現にはこの地域の優秀なエンジニア陣が大きく貢献したと語られた。
欧州全域、そして世界へ広がるLa French Techコミュニティー
こうした欧州の強みを全域規模で結集する動きは、サイドイベント「La French Tech in Europe」にも表れていた。「La French Tech(フレンチテック)」とは、フランスのスタートアップ支援とエコシステム構築を目的とした、起業家を中心とするコミュニティーである。現在、そのネットワークは世界52カ国、120拠点以上に広がっている。東京にもそのコミュニティーは活動している。
本イベントでは、ドイツ各地のLa French Techが主催し、ベルリン、ロンドン、アムステルダムなど欧州全域に展開する30のフレンチテック・コミュニティーが一堂に会した。これは、単なる「フランス一国のエコシステム」にとどまらず、自らのネットワークを欧州各国へつなぐ架け橋として機能させようとする明確な意思の表れにもなっている。
ここでも米国を中心に企業や人物によって経済やテクノロジーが脅かされるなか、欧州の技術的主権を守るには、欧州が一体となってエコシステムを強化しなければならないという強い危機感がある。Minister Delegate for EuropeのBenjamin Haddad氏は、「AIやグリーンテックへの投資は、単なる経済成長ではなく、欧州の戦略的自律性と国家安全保障に直結する」と述べ、域内の強い連帯を呼びかけた。その実践として、かつてフランスへの投資を呼びかけた取り組みを発展させ、欧州企業が「欧州のエコシステム」へ優先的に投資、調達を行なえる新イニシアチブ「Choose European Tech」が発表された。これは欧州連合のイニシアチブ「Choose European」とも連携していく。また、欧州展開で優れた成果を上げた企業として、フィンテック事業を展開するユニコーン企業「Qonto」が表彰された。
欧州は現在、各国市場の集合体から、「技術的主権と共通ルールを備えた強大な単一エコシステム」へ急速に変貌しようとしている。「EU Inc.(第28の体制)」が実装されれば、国境や法規制の壁はこれまでになく低くなり、欧州全域をひとつの巨大市場として捉えた事業展開が可能になる。日本企業が欧州市場へ進出するには、これまで以上に欧州全体の「社会課題の解決」という目的に結びつくことが求められる。「EU Inc.」などの制度的恩恵を活用して一気に多国間展開を図りつつ、現地エコシステムを直接活用し、次世代のルールとイノベーションを共に構築する欧州のパートナーとなることが、今後の市場参入における最大のカギとなるだろう。
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