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終結まで5年。あるスタートアップが経験した商標取得の落とし穴

Trim株式会社代表取締役長谷川裕介氏の体験談

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 創業最初期のスタートアップが陥りがちな特許や商標などの知財管理。事業に直結しており、リスク管理の甘さから思わぬ落とし穴にハマることもある。今回取り上げるのは、どのスタートアップにも当てはまるサービス名や会社名、商標取得に関する経験だ。Trim株式会社は、2017年に商標トラブルが発覚、無効審判、訴訟などを経て判決を勝ち取るまでの経緯を2022年5月にnoteに公開している(https://note.com/trim_ceo/)。その際、問題を解決する中で得た教訓や、現在の知財体制について、Trim株式会社 代表取締役の長谷川 裕介氏に話を伺った。

Trim株式会社 代表取締役の長谷川 裕介氏(画像提供:Trim)

全国に約400台が導入済み。1畳のスペースに工事不要で設置できるベビーケアルーム「mamaro」を展開

 Trim株式会社は、設置型のベビーケアルーム「mamaro」を開発・販売する2015年創業のスタートアップ。育児中の外出先で授乳する場所が見つからず、苦労した経験をもつ親は少なくない。少子化と言われる日本であっても、圧倒的に授乳室は足りていないという。

 あったとしても建物の端などわかりにくく、離れた場所で、授乳期の外出を難しくしている。こうした課題を解決するため、創業当初は授乳室やおむつ交換台を探せる検索アプリのサービスを開始。さらに、授乳室の不足を解消するために開発したのがベビーケアルーム「mamaro」だ。

 mamaroは、畳一畳の省スペースに設置でき、工事不要で既存の施設に手軽に導入できるのが特徴。従来の授乳室は共同スペースが多いが、mamaroは完全個室なので家族だけで入れる。キャスター付きでレイアウト変更にも対応できることから、ショッピングモールのフードコートや駅構内の売り場近くなど、アクセスの良い場所にも設置しやすい。

 加えて、mamaroにはIoTデバイスが搭載されており、利用時間や回数、利用者へのアンケートなどデータを収集してマーケティングツールとしても活用が期待できる。販売開始から約4年、今では商業施設や道の駅、サービスエリアなど、全国41都道府県に約400台が導入されている。

 ちなみに、米国では働く女性の権利として搾乳室の社内への設置が法律で義務付けられており、日本でも産休から復職する女性への支援として、搾乳室を開設する企業が増えている。個室のmamaroはもちろん搾乳室としても使えるので、今後は企業や事務所への導入も広がりそうだ。

 製品名の「mamaro」は、子連れの「mama」(ママ)たちが外出先で使える「room」(部屋)としての意味合いを持たせたものだ。ところが「mamaro」のプロトタイプが完成し、いよいよリリースとなった矢先に、先行商標があることに気づいたという。

 特許庁に商標出願する前に製品名を発表してしまったため、商標出願をしていないことに気付いた第三者に、商標を出願されてしまったのだ。実は、こうしたスタートアップの商標に関する問題は頻繁に起きているが、たいていはあきらめて別の名前に変更するため、公になることは少ない。

 しかし、Trimはあえて自社の正当性を主張して徹底的に追及することを選択した。企業にとって商品の名前は非常に大切なものだ。ブランドや商品名を変更すると、コンセプトがブレてしまう可能性もある。だが一方で、一連の取り組みにおけるリスクやコストも大きい。トラブルを防ぐための対策、事後にはどのような行動を起こすべきか、他山の石としてぜひ学んでほしい。

資金調達先からの指摘で先行商標出願の存在が発覚
先願商標がある限り、商標は取得できない

 事が発覚したのは2017年6月だった。資金調達先から「mamaro」の商標が他者に登録されているのではないか、との指摘を受けた長谷川氏。調査したところ、「mamaro」のほか、同社の別サービス「Make Local」、「Baby map」「ベビ★マ」についてもTrimとは関係のない第三者によって出願がなされていた。出願時期から推測すると、2016年11月の「第3回横浜ベンチャーピッチ」でmamaroの事業計画を発表、翌2017年3月には同内容をプレスリリースで発表しているが、それらの情報がきっかけと推測される。

 Trimでも「mamaro」の商標出願の準備を進めていたので、そのまま後追いで2017年8月に出願したが、商標の審査は先願主義なので、当然審査は通らない。日本では、その商標を先に使用していたか否かにかかわらず、”先に出願した者に登録を認める”先願主義が基本だからだ。

 こうした後追いでの出願となってしまった場合、商標権を買い取るか、あるいは名称を変更するかの手段を取るケースが多い。すでに登録されている登録商標に無効審判を提起しても成立するとは限らないし、時間も費用も小さくないからである。

 しかし、長谷川氏のブランド・ネーミングへの強い想いもあり、自分たちの権利を獲得するために動くことにし、専門家に相談に行った。まずは、自社の商標出願を依頼した弁理士に商標の異議申立手続を依頼した。さらに、本件は徹底的に争う必要性が高いと考えたため、知財係争の専門家として、紛争解決に実績のあるネクセル総合法律事務所の成川弘樹弁護士の紹介を受け、相談を行った。

 専門家と相談して、まずは、特許庁へ商標登録異議申立書を提出したが、結果は不成立。長谷川氏は、「もう取り戻せないのではないか」とショックを受けたそうだが、専門家からは次の手として、より勝てる可能性が高いと想定される無効審判を請求することとなった。

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