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SaaSは本当に死ぬのか? 北米で見たAIスタートアップの戦い方とは

Web Summit Vancouver 2026 AIスタートアップ特集 第1部

特集
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5月11日から14日にかけて、北米最大級のスタートアップカンファレンス「Web Summit Vancouver 2026」がカナダ・バンクーバーで開催された。北米と日本をつなぐPRマーケティング会社シェイプウィンの代表・神村優介氏による、約20社のアーリーステージAIスタートアップ現地取材の前編をお届けする。

 2026年1月から2月にかけて起きた「アンソロピック・ショック」は記憶に新しい。S&P北米ソフトウェア指数が15%下落し、ソフトウェア株から1兆ドル超の時価総額が消えた。ユーザー企業は、生成AIを活用したバイブコーディングで次々と業務システムを自社開発することができるようになり、業務SaaSの必要性が危ぶまれた。SaaSは本当に死んでしまうのか? AIスタートアップはどう生き残り、どう成長していくのか。

 3回のレポートでは現地で見えたトレンドをさまざまな角度から考察する。第1回は、アプリレベルで立ち上がったスタートアップの紹介とその戦略を紹介していく。

退職者から引き継ぎを可能にするHR-AIの「Sensay」

 これまでの汎用AIは、ウェブやドキュメントとしてすでに公開されている大量のデータを学習素材としてきた。汎用LLMが万能に見えるのは、この既存データの豊富さに支えられているからだ。しかし、企業の中で日々生まれる暗黙知は別である。退職者の判断基準、定年で去るベテランの勘所、長期休暇に入る担当者のワークフロー。これらは誰もデータとして取り出してこなかった領域だ。

 シンガポールのSensayは、企業から離れる社員のデータを引き継ぐAI-SaaSだ。退職、定年、産休、長期休暇で職場を離れる人を対象に、AIインタビュアーが対話形式で業務知識を吸い上げる仕組みだ。

 約47のコネクター(Google Drive、Slack、Teamsなど)連携や退職者本人によるドキュメント、メール、議事録により資料を学習させる。さらに、「フレンドリーなAIインタビュアー」が20分×5セッション程度の対話を実施し、ドキュメントだけでは取りこぼされる「なぜそうしているか」、「どう判断したか」を深掘りしていく。

 CEOのDan Thomson氏によれば、このAIインタビュアーは「人間のように話すが、まるでその職に就いているかのように振る舞う」設計だという。一般的な質問ではなく、その職務の文脈に沿った質問を投げてくる。集めた知識はSlackやTeamsで使えるナレッジベースとして残る。Thomson氏は「いずれは、その職務に就く新しいAIをトレーニングするのにも使える」と将来構想も語った。

スキンケア商品のレコメンドAI「Glow Theory」

 米国・シアトルのGlow Theoryは消費者向けスキンケア商品のレコメンドAIだ。汎用的なAIの場合、「私の肌に何がいいか」と聞くと、ブログやSNSのレコメンドを平均化したような答えが返ってくる。Glow Theoryのアプローチはこの逆方向だ。

「どのデータに絞ったらより良い結果が出るか」を、提供側があらかじめエンジニアリングしているという。スマホ撮影で肌の460カ所にものぼる特徴を分析し、120以上の肌プロファイルに対応する。ビジネスモデルは、2026年の8月からフリーミアム・サブスクリプションを導入してユーザー課金で行う。「ブランドニュートラル」を公約しており、最初にオススメした商品以外に余分な商品を追加購入の斡旋はしない。手持ち製品を写真撮影するだけで、AIが最適な使用ルーティンを返す機能もある。

 学習データの中核は、化粧品メーカーが各国規制で開示を義務付けられているR&D公開資料、すなわち成分と効能試験のデータを構造化したものだ。CEOのPratibha Gannavarapu氏は、「汎用LLMをそのまま使うと出てしまうハルシネーションを専用のグラフ構造『Skincare Graph 』で抑え込むようにしている」そうだ。

 重要なのは、何のデータを使うかという選定にこそ価値があるという視点だ。データを絞り、専門領域に磨きをかけることで、汎用AIには出せない解像度の答えが返せるようになる。

リアルデータをめぐる戦術で戦うスタートアップ

 データ選定と独自収集については、今回取材した中から3社を取り上げる。

 3DentAI(カナダ・バンクーバー)は、自分たちで集めた約1,000枚の歯の写真で初期虫歯検出AIを構築した。チームの中心はウクライナ系の技術者で、自国のコミュニティーから写真を集めたという。まずは自分たちで収集して、そこからアカデミックとの連携を模索するというAI時代の戦略なのかもしれない。

 Bytek(イタリア・Datrix S.p.A.傘下)はマーケティング領域で、企業の自社顧客データ基盤の改善を予測する。+30% cLTV(顧客生涯価値)、−37% CAC(顧客獲得単価)、−23% チャーンレート(解約率)を公式実績として掲げ、企業ごとの独自データを構造化する点で他と一線を画している。

 そしてZenia Graph(米国・ニュージャージー)。ナレッジグラフでAIのハルシネーションを抑制する技術だが、注目すべきは中小企業ターゲットの戦略だ。大企業はある程度自前のデータを構造化できる。だが中小企業はそもそも社内に集約されたデータが存在しない。Zenia Graphは「ワンサイズフィットオール」のSaaSではなく、顧客環境ごとのナレッジ統合をコンサル先行型で提供する。バックエンドの70〜75%を再利用可能なアセットで提供し、残り25%をカスタマイズする方式で、中小企業に届く価格でエンタープライズ品質を提供している。中小企業向けカスタマイズAIは、Web Summit全体で繰り返し見られた重要トレンドの一つだった。

次回はフィジカルAI関連のスタートアップを紹介

 独自データで戦うアプリケーション層の隣には、もう一つの戦線がある。クラウドの中だけでは完結しない、現場とデジタルの接点で戦う領域だ。続く記事では、今年のCES 2026でNVIDIAのジェンスン・フアン氏が宣言した「フィジカルAI元年」におけるスタートアップの取り組みをお届けする。

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