フィジカルAI元年:要素技術のスタートアップに注目
Web Summit Vancouver 2026 AIスタートアップ特集 第2部
5月11日から14日にかけてカナダ・バンクーバーで開催された「Web Summit Vancouver 2026」を取材した第2回。北米と日本をつなぐPRマーケティング会社シェイプウィンの代表として、筆者は約20社のアーリーステージAIスタートアップに話を聞いてきた。第1部では業界の一次データを日々収集する仕組みを持つアプリケーション層のAIスタートアップを取り上げた。その続編として、フィジカルAIの最前線をお届けする。
2026年1月、NVIDIAのジェンスン・フアン氏はCES基調講演で「フィジカルAI元年」を宣言した。AIがクラウドのデジタルデータの中だけで完結する時代は終わり、ロボット、車両、工場、家電、衣服にAIが入り込み、現実世界とデジタル世界をつないでいく時代が始まる。だが、現実とデジタルの壁はまだ厚い。光学、半導体、センサー、新素材、ロボティクス、エッジコンピューティング。要素技術やフィジカル空間でのアプリケーションなど、AIに関連するスタートアップを取材した。
Dream Photonics:AIインフラの光配線を3Dプリント光学で
カナダ・バンクーバーのDream Photonicsは、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)からスピンアウトしたスタートアップ。同社が解決しているのは、AIデータセンター向け「Co-Packaged Optics(CPO)」におけるチップと光ファイバーの結合問題である。生成AIを支えるGPU同士の通信は、もはや電気配線では追いつかず、光通信への移行が進んでいる。問題は「光をいかに損失なくチップから取り出して光ファイバーに渡すか」という最終1ミリの物理工程だ。現状の「アクティブアライメント」と呼ばれる方式は、光を点灯させながら部品同士を位置合わせするカスタム設計で、エアギャップごとに専用設計が必要になり、量産性が極めて低い領域だった。
Dream Photonicsは「二光子重合」を使った3Dプリント光学でこれを置換する。レンズ部分を3Dプリントで成形し、ファイバー径を従来の125µmから80µm程度まで小型化可能だという。
担当者は「AIブームの裏でフォトニクスが必要になる」、「比較的新しく、20年前には存在しなかった技術だ」と語った。同技術はまだ研究レベルの新しさを残しており、量産化と商用化を進めるのはこれからだ。大学発のディープテックが、研究から商業化へどう橋を架けるか。AIの足元を支える要素技術として、注目したいスタートアップである。
Transition Technologies PSC:現場のブルーカラーに技術伝承を
ポーランド本社のTransition Technologies PSCは、グループでソフトウェアエンジニア1,000人体制を擁する大型IT企業である。同社のSkillWorks部門が手がけるのは、製油所、鉄道、造船、半導体、バスメーカーの現場向けAR×AIプラットフォームだ。
論点は「ブルーカラーの技術伝承」にある。溶接、検査、整備といった現場の専門技能は、属人化したノウハウの伝承が経営課題になっている。長年現場と向き合ってきた歴史ある企業ほど、自社のナレッジをいかにAIに落とし込むかが勝ち筋になる。
SkillWorksの特徴は2つある。第1に、ARヘッドセットをハードウェアではなく、サーバー側にオフロードして計算を行う。防爆仕様、サーマルカメラ搭載、軽量モデルなど、現場ごとの要求に応じて複数のヘッドセットに対応できる。LiDAR不要で映像から3Dマップを構築し、物理座標にデジタル情報をアンカリングできるAR技術だ。
第2に、多言語クロス翻訳機能がある。現場と遠隔エキスパートの会話をリアルタイムで翻訳しつつ、作業手順として記録、再利用可能なSOP(標準作業手順書)に変換する。グローバル化が進む製造現場で、言語の壁を技術伝承の障壁から外せる設計である。
顧客にはフランスのTotal Energies、台湾鉄道、スペインの造船所、バルセロナとミラノのバスメーカーが並ぶ。「AIで人を置き換えるのではない。人の能力を倍化するツールを与えている」、「誰もApple Vision Proを工業現場で被りたくない」。同社CTOのAdam Gasiorek氏の発言からは、1,000人ものエンジニアで現場に深く入る欧州型ディープテックの強さが伝わってきた。
B2BとB2CのエッジAI
エッジAI、すなわち端末側で処理するAIの領域も活発だ。今回はB2BとB2Cの両側から1社ずつ取り上げる。
B2B側はM2M Tech Inc.(カナダ・サレー)だ。「Sense. Think. Act.」の3層プラットフォームで、自社を「The Sovereign Operating System for Physical AI(フィジカルAIのためのOS主権者)」と位置付けている。NVIDIA Omniverseを使ったデジタルツインを実現しており、IoTのコントローラーにもNVIDIAのGPUを搭載し、エッジAIとして機能させる。農業、防衛、医療、製造、エネルギー、鉱業、海事、小売、食品の9業界で300以上の組織に導入されている。フィジカルAI、デジタルツインのテーマに加え、国家間の経済安全保障でもトピックとなっている「ソブリンAI」(AI主権)企業としても活躍している。
B2C側はEdge AGI Wearables(カナダ・バンクーバー)。今後のウェアラブルの大テーマとして、創業者のPfaff兄弟は指輪でも時計でもメガネでもなく「ジャケット」をフォームに選んだ。AIを「着る」というコンセプトである。NVIDIA Jetsonをオートクチュール衣服に縫い込み、データをクラウドに送らずに衣服の中でエッジ処理する設計だ。デザインインスピレーションは日本のアニメとコスプレ文化からとのこと。
注目すべきはローカルエッジ処理による安心感である。プライバシーが守られ、ユーザーが安心して身につけられるという。次に予定するプロダクトはバスケットボール選手のフットワークを学習するAIシューズという構想もあるという。
次回予告:エージェントAI時代にプロダクト開発を助けるスタートアップ
要素技術と現場の深さで戦うフィジカルAIの世界の隣には、もうひとつの戦線がある。エージェントAIの時代に開発者向けスタートアップとエンジニアリングの最前線では何が起きているのか。最終回の第3回でお届けする。
本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります



































