CO中毒の注射型解毒薬、ダチョウ由来の人工血管。日本発バイオが目指す新しい治療
HVC KYOTO 2026 Demo Day バイオテック部門ピッチレポート
日本貿易振興機構(JETRO)、京都府、京都市、京都リサーチパーク(KRP)が主催する、ヘルスケア分野の海外展開を支援するイノベーションプラットフォーム「HVC KYOTO」。その成果発表の場となる「HVC KYOTO 2026 Demo Day」が、2026年7月13日・14日の2日間にわたって開催された。
11年目を迎えた今回は、創薬、バイオ、再生医療、デジタルヘルス、医療機器などの領域から研究者・スタートアップ20者を採択。1日目には、パートナー企業と採択者による個別商談会とレセプションパーティーが開かれた。2日目には、ファイナリスト12者によるピッチと基調講演が行われた。
本記事では、バイオテック部門のファイナリストによる研究・事業のピッチと、基調講演で示されたアジアの創薬動向を紹介する。
血中の一酸化炭素を排出する注射型解毒薬
同志社大学理工学部機能分子・生命化学科の北岸宏亮教授は、一酸化炭素(CO)中毒に対する注射型解毒薬「hemoCD」の開発を発表した。CO中毒では、救命後も約3割の患者に遅発性の脳機能障害が残るとされる。現在は酸素吸入や高気圧酸素治療が中心だが、大型設備が必要で、血中のCOを直接除去する薬剤は実用化されていない。
hemoCDは、ヘモグロビンの機能を模したシクロデキストリン包接ポルフィリン錯体で、血中のCOを選択的に捕捉するという。静脈注射をすることで、COと結合した状態で腎臓から尿中へ排泄させる狙いだ。薬剤は凍結乾燥した粉末として2年以上保存でき、緊急時に水へ溶かして使用する。動物実験では、2回の投与により血中CO濃度を安全域まで下げ、中毒状態のマウスが回復する様子を確認したという。
現在はPMDAとの事前相談を進め、製造・品質管理や規制対応を整備している。まずCO中毒の救急医薬品として承認を取得し、2030年ごろの米国FDA承認を目指す。シアン化水素なども同時に除去する次世代解毒薬も研究中で、起業に向けた経営陣はそろっており、製薬企業や海外の事業パートナーを求めている。
質疑応答では、投与が早いほど後遺症を抑えやすく、将来は救急隊員や消防士が事故現場で使用できる注射キットを目指すと説明した。患者のCO濃度に応じて、2~3回投与する運用を想定する。国内では救急・災害向け医薬品の市場形成が難しいため、米国の製薬会社や防衛・災害対策機関との連携、政府系資金の活用も検討しているとのこと。
薬を脳や腎臓へ届ける、ナノロボット型DDS
熊本大学の戸須眞理子氏は、脳や腎臓など特定の臓器へ薬を届けるナノテクノロジー型DDS(ドラッグデリバリーシステム)を発表した。バイオ医薬品が全身に広がることで生じる副作用を抑えるため、薬を標的臓器へ運ぶ分子キャリア「ナノロボット」を開発している。
このナノロボットは、分子で構成された環状のキャリアで、体内環境に応じて柔軟に変形しながら薬物との複合体を形成する。標的臓器への移行を促す分子を組み合わせ、アンチセンス核酸(ASO)やタンパク質、ゲノム編集に使うCas9などを送達する設計だ。室温での安定性も備え、標的組織内で薬を徐々に放出することで、体内からの消失を遅らせることを目指す。
細胞モデルや動物を用いた試験を進めており、特に腎臓への送達で高い効果を示すデータが得られているという。今後は腎疾患などアンメットメディカルニーズの高い領域で開発を進める。2年以内のスタートアップ設立を計画し、大学の知的財産を基盤に、臨床機関や製薬企業を含むグローバルパートナーを求めている。
正常細胞を守りながら固形がんを狙う次世代CAR-T
AIM Precision Therapeuticsの共同創業者兼CSO青山慧氏は、固形がん向けの次世代CAR-T細胞療法について発表した。CAR-T療法は血液がんで成果を上げているが、固形がんでは標的となる抗原が正常組織にも存在するため、がん細胞とともに重要臓器を傷つけるリスクがある。加えて、患者からT細胞を採取・加工する既存の製造工程は複雑で、コストも高い。
同社は、複数の抗原を組み合わせてがん細胞と正常細胞を識別する論理回路を組み込んだ「TWIN-HEAD CAR-T」を開発する。正常細胞を保護しながらがん細胞だけを攻撃する設計だ。さらに、体内でT細胞へ直接CAR遺伝子を届ける「In Vivo CAR-T」により、製造工程の簡略化と迅速な投与を目指す。
現在は培養細胞で有効性を確認しており、2026年中に動物モデルでのPoC取得を計画する。最初の対象は難治性の骨肉腫で、その後はほかの固形がんへ展開する方針だ。日米の研究開発体制を生かし、投資家や共同開発パートナーを求めている。
ダチョウの血管でつくる、下肢切断を防ぐ超小口径人工血管
株式会社ディセリングバイオのCEO 山岡哲二氏は、糖尿病や重症下肢虚血の患者向けに、ダチョウの血管を使った超小口径人工血管を開発している。下肢の血流を回復させるには細い血管の移植が必要だが、既存の人工血管は内径6mm未満では血栓閉塞を起こしやすい。患者自身の静脈も使えない場合、下肢切断に至ることがある。
同社は、ダチョウの血管から細胞や免疫反応の原因となる成分を除去する「脱細胞化」技術を用いる。内径1〜4mmの細い血管として移植でき、体内では患者自身の細胞が入り込むことで、徐々に自己組織へ置換(再構築)される。一般的な血管外科の手技で扱える強度と縫合のしやすさも備えるという。
これまでに約400件の動物実験を行い、安全性試験や1年以上の追跡評価を進めている。PMDAとの相談を踏まえて臨床試験と承認取得を目指し、国内外での開発を支える投資家や事業パートナーを求めている。
口腔由来の幹細胞で、失われた顎の骨を再生する
東北大学病院の鎌野優弥氏は、重度歯周炎などで顎の骨が失われた患者に対し、口腔組織由来の幹細胞「GSC」を使って骨を再生する治療法を発表した。従来の再生医療では、腸骨など健康な部位から細胞を採取する方法もあるが、同技術は採取から移植までを歯科治療の範囲で完結できる点が特徴だ。
この治療法では、口腔内から採取した組織をコラゲナーゼで処理し、約2時間で分化能力の高い細胞を分離。培養・増殖した細胞を患者本人に戻す自家細胞移植治療として開発している。治療後の骨形成には約3~6カ月を見込む。
マウス試験では、本来骨が存在しない異所性環境でも、周囲の骨細胞に依存せず骨を形成する能力を確認し、大型動物を用いた非臨床PoCでも有効性と安全性を確認しているという。2028年の臨床試験開始、2029年の実用化を目指し、研究・事業パートナーを募集している。
体内時計を一時的にずらす、シフト勤務向け新薬
関西医科大学の田宮寛之氏は、夜勤や時差ぼけによる体内時計のずれを一時的に調整する「体内時計シフト薬」の開発構想を発表した。既存の睡眠薬や覚醒促進薬は、眠気や覚醒状態には作用するが、体内時計そのものを勤務時間に合わせて動かすことはできない。まずは夜勤に従事する看護師を対象に、夜間勤務と日中睡眠のリズムへ適応させ、勤務終了後には元の生活リズムへ戻る薬剤を目指す。
現在は、視交叉上核(SCN)に関連するGPCR(Gタンパク質共役受容体)を標的とした低分子化合物の検証を進めている。今後は、製薬会社が保有する化合物を評価する受託サービスと、自社の創薬パイプライン開発を並行して進める方針だ。事業化に向け、製薬会社や共同開発先、経営人材、資金提供者を求めている。
ATPの再合成を促し、筋力や身体機能の回復を目指す
東京大学発の創薬スタートアップ、PurinoScience Inc.創業者兼CEOの久本浩太郎氏は、細胞のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)の代謝を補正し、疾患や加齢で低下した身体機能の回復を目指す創薬事業について説明した。筋肉量を増やすことよりも、筋力や運動機能そのものの改善に重点を置き、ダウン症や急性サルコペニア、心不全、がん悪液質などへの応用を想定する。
技術の核は、ATPの材料となるヒポキサンチンが尿酸へ分解されるのを抑え、細胞内でATPの再合成に利用できるようにする点にある。細胞試験ではATP量の増加、ラット試験では運動機能の改善を確認したという。現在は、臨床PoCの構築に向けた戦略的パートナーと、知財・研究開発資金を求めている。
世界の創薬を動かすアジア、中国が持つ研究・臨床基盤
基調講演では、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)でアジア太平洋地域の外部サイエンティフィック・イノベーションを率いるダン・ワン(Dan Wang)氏が、アジア・中国のバイオテック産業の成長を紹介した。
ワン氏は、アジア太平洋地域が世界のライフサイエンス研究・創薬を支える新たな拠点として存在感を高めていると説明。ADC(抗体薬物複合体)や多重抗体、細胞・遺伝子治療など、世界における第1・2相試験に進む次世代の革新的な治療手段となる医薬品モダリティの約45%がアジア発だという。なかでも中国は研究開発の成長が著しく、豊富な患者数や臨床基盤を背景に、他地域では難しい規模や速度で進められる臨床試験もある。がん領域を中心に発展してきた創薬パイプラインも、免疫や神経系などへ広がっているという。
中国国内では、北京が大学や基礎研究、トランスレーショナルリサーチの集積地となり、上海を含む長江デルタにはバイオテック企業やCRO(医薬品開発の業務受託)、CDMO(医薬品開発の製造受託)が集中する。また広東・香港・マカオ大湾区では、AIや機械学習を活用した創薬・医療技術の開発が進む。地域ごとに異なる強みを持つエコシステムが形成され、この数年で中国は世界の製薬企業にとって無視できない存在になっている。
J&Jは、日本と上海のイノベーションセンターやスタートアップ支援拠点を活用し、アジア発の技術や創薬候補を世界の医療現場へ届けるため、研究者、スタートアップ、製薬企業との連携をさらに強化していく方針を示した。
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