欧州は「最初からビジネス志向」 研究が強い日本のディープテックを成功に導くのは製造の強さ
Hello Tomorrow Japan Deep Tech Summit 2026イベントレポート
2026年2月6日、東京渋谷のディープテック支援拠点「SAKURA DEEPTECH SHIBUYA」にて「Hello Tomorrow Japan Deep Tech Summit 2026」が開催された。国内外からディープテック領域のスタートアップ、投資家、政府関係者が集結し、社会課題の解決に向けた最先端技術の社会実装について議論が交わされた。本稿では、欧州のディープテック・エコシステムをテーマに行なわれたトークセッションの模様をレポートする。
「Highlight on Deep Tech in Europe」と題された本セッションでは、馬場浩史氏(Isomer Capital ベンチャー・パートナー)、アショクマール・スリニディ氏(Nordic Innovation House Tokyo プロジェクト・マネージャー)、フロリアン・ティラー氏(Ucaneo CEO)が登壇し、モデレーターは真島隆大氏(FUSE ext コミュニティマネージャー)が務めた。
左から真島隆大氏(FUSE ext コミュニティマネージャー)、アショクマール・スリニディ氏(Nordic Innovation House Tokyo プロジェクト・マネージャー)、馬場浩史氏(Isomer Capital ベンチャー・パートナー)、フロリアン・ティラー氏(Ucaneo CEO)
欧州のVC事情に精通する馬場氏は、2015年以降でディープテックへの投資規模が約10倍に拡大しており、研究機関と産業界のスタートアップを結びつけるプログラムも飛躍的に改善されている現状を報告。
一方、技術開発に時間を要するディープテックにおいては、資金面だけでなく研究を支える社会的なインフラも重要となる。スリニディ氏は、北欧のエコシステムを例に挙げ、「北欧の病院などはリスクを恐れず、スタートアップのテスト導入に協力的であり、社会実装に向けたスモールステップを踏み出しやすい環境がある」と語った。
現場のリアルな苦労を共有したのは、ドイツで大気中から直接CO2を回収する(DAC)プラントを開発するスタートアップCEOのティラー氏だ。法人登記前は化学薬品すら注文できず、ラボスペースの確保が死活問題だったという創業初期を振り返った。その危機を救ったのは、高額な設備を月額数千ユーロで貸し出してくれた地元の中小企業だったと明かし、製造業の裾野が広いドイツおよび日本における既存産業との連携の重要性を強調した。
さらに、日本と欧州のイノベーションモデルの比較も白熱した。スリニディ氏は、日本が研究者主導で技術を深掘りする「垂直型イノベーション」に強みを持つ一方、欧州はアーリーステージからビジネス志向の起業家を技術に結びつける「水平型イノベーション」に長けていると分析する。これに対し馬場氏も、シリコンバレー型のソフトウェアビジネスとは異なり、持続可能性を見据えたディープテックには発明だけでなく製造やエンジニアリングのノウハウが不可欠であり、モノづくりに長けた日本や欧州にとって独自の勝ち筋を見出せる領域であると同意した。
セッション終盤、優れた技術を持つディープテックがなぜ失敗するのかという問いに対し、ティラー氏は最大の要因を「資金ショート」と断言。多額の設備投資を伴うため、起業家は高いバリュエーションに固執するよりも、いかに早く資金を集めて社会実装を進めるかという「スピードの最適化」が肝要だと実践的なアドバイスを送った。またスリニディ氏は、顧客の要求に応えようとするあまり本来の強みや理念から逸脱してしまう「市場への過剰な適合」も致命的な失敗要因になり得ると警鐘を鳴らした。
「Hello Tomorrow Japan Deep Tech Summit 2026」のハイライトであるピッチコンテスト「JAPAN CHALLENGE 2026」には、国内外から選出された15社のディープテック・スタートアップが登壇。各社が5分間のピッチに臨み、最先端の技術と社会実装への道筋をアピールし、規模も大きく今後の社会を変えそうな事業を審査員へとアピールしていた。
例えば、商用核融合発電の実現を目指す日本発のディープテック・スタートアップ「LINEA Innovations」は、究極のクリーンエネルギーを次世代に届けるための画期的なアプローチをプレゼンする。AIやデータセンターの普及によって世界の電力需要が急増している現状を指摘し、現在も電力の約60%を化石燃料に依存しており、地政学的リスクも高まっている。その解決策として期待される核融合発電について説明する。
しかし、従来の方式には高価な放射性物質であるトリチウムが必要なうえ、発生する高エネルギー中性子が炉の材料を損傷させるため、構造が複雑化して莫大なコストがかかるという大きな障壁があった。この課題に対し、LINEA Innovationsは「水素ホウ素11(PB11)核融合反応」という独自のアプローチをとる。この方式はトリチウムが不要で、中性子も発生しない。これにより、従来の核融合炉で問題とされてきた放射性廃棄物の発生や炉材料の構造的損傷を根本から回避でき、安全性とコストを劇的に改善できるという。
質疑応答では、審査員から現実的な課題についての質問が飛んだ。既存の構造物や建物への導入について問われると「プレゼン資料の画像はあくまでイメージであり、実際には専用の建屋を新設する必要がある」と回答。また、技術的な最大の障壁を問われると、「未だ世界で誰も核融合反応の商業化を実証していないこと」を挙げた。核融合は非常に資本集約的な市場でありハードルは高いと認めつつも、「我々の技術は非常に実現可能性が高いと信じている」と力強く語った。
審査員は、デシャン・ディアン 氏(Hello Tomorrow Japan エコシステムリード)、Yiliguma氏(ユニバーサル マテリアルズ インキュベーター アソシエート)、脊板道雄氏(マイクロ波化学 スタートアップ支援部チーム部長)、前田修作氏(日本貿易振興機構(ジェトロ) スタートアップ支援部門 アドバイザー)、ミサル・ルイス 氏(Air Liquide イノベーション・キャンパス東京 イノベーションエコシステムマネージャー)、山口冬樹氏(Abies Ventures マネージング・パートナー)、谷口浩久氏(ロレアル R&I学術部 オープンイノベーション推進部マネージャー)の7名で、審査の結果3つのチームがアワードを受賞。
「Hello Tomorrow Award(最優秀賞)」を受賞し、2026年6月にアムステルダムで開催されるグローバルサミットへの切符を手にしたのは、石川県を拠点とするスタートアップ・Fermelanta。自然界の植物が持つ有用成分を、微生物を用いた発酵プロセスによって生み出す画期的な合成生物学プラットフォームについて語った。
医薬品や化粧品、サプリメントなどに使われるアルカロイドやカロテノイドといった植物由来の希少成分は、巨大な市場需要がある一方で、従来の農業生産では気候変動や環境負荷、サプライチェーンの不安定さといった課題を抱えている。同社は、遺伝子を組み込んだ微生物(バクテリア細胞)を「細胞工場」として機能させ、糖を原料とした単一の発酵プロセスで目的の化合物を生成する技術を確立した。これにより、植物の栽培に数年かかる工程をわずか1週間に短縮し、土地や肥料を必要としない持続可能な生産を可能にしているとのこと。
すでに日本の企業と10以上のプロジェクトを進行中であり、日本政府のバイオエコノミー戦略の支援も受け、今年5月には3500リットル規模のパイロットプラントを稼働させる予定だという。審査員との質疑応答では、量産化における「死の谷(デスバレー)」への懸念に対し、「まずはCDMO(医薬品製造受託機関)を活用してスケールアップを図る。我々の強みは多数の化合物に対応できるプラットフォーム技術であり、ひとつの製品でつまずいても他の巨大市場を狙えるリスク分散ができている」と力強く答えた。
「Air Liquide Award(エア・リキード賞)」を受賞したのは、水産養殖分野の最大の課題である「データ不足」を解決するAIプラットフォームを提案したNeuralX。「養殖業者は自分たちがどれだけの魚を育てているか、その魚がどれくらいの大きさか正確に把握できていない」と現状の課題を指摘した。
これを解決するのが、同社が培ってきた人工生命シミュレーション技術。この技術はディズニー映画の水や雪の視覚効果(VFX)制作にも採用された最高峰のものである。同社はこの技術を水中世界の解析に応用し、市販の水中カメラの2D映像から魚の3Dサイズ(体長・重量)を算出してバイオマスを推定する技術を開発した。さらに、魚の行動軌跡をリアルタイムで追跡し、病気や寄生虫の兆候を検知したり、給餌の最適化を行ったりすることが可能だという。
質疑応答では、「魚がウイルスなどで一気に死滅すれば、養殖業者は1年分の収入を失うことになりかねない。我々の技術で異常行動をいち早く検知し、そのような悲劇を防ぐことができる」とシステム導入の絶大なメリットを強調。すでにハワイ、イタリア、日本の養殖業者を有料顧客として獲得しているという。
「Founders Nation Award(ファウンダーズ・ネーション賞)」を受賞したのは、世界初にして唯一の中性子線を用いた高速品種改良(突然変異誘発)サービスを展開するスタートアップ「Quantum Flowers and Foods(QFF)」。同社は、急速に進む気候変動に対応するためには、進化という自然現象や時間のかかる従来の品種改良では全く追いつかないことに注目。
同社の技術は、茨城県のJ-PARC(大強度陽子加速器施設)などの高速中性子線ビームを利用し、植物や微生物のDNA二重鎖を切断して大規模な突然変異を誘発するもの。ゲノム編集とは異なり「非遺伝子組み換え(非GMO)」として扱われるため、世界的にも規制が厳しいEU市場などでも規制を完全に回避して展開できるという圧倒的な強みを持つ。これにより、品種改良にかかる時間を従来の3倍の速さに短縮できるとのこと。
ピッチでは具体的な成功事例として、屋内農業向けの耐暑性レタス品種の開発や、バイオエネルギー分野に向けた高効率なバイオガス産生微生物、さらにはプラスチック分解細菌の改良などが紹介された。また、培養肉業界と協力した機能性食品向けの製品開発など、幅広い産業とのコラボレーション実績をアピールした。今後は顧客のサンプルを日本で照射・スクリーニングするだけでなく、イギリスやアメリカの研究施設とも連携してグローバルな事業拡大を目指すと強調した。
今回のピッチコンテストでは、単なるソフトウェアビジネスにとどまらず、バイオテクノロジーやアグリテックといった物理的・化学的アプローチを伴うハードコアなディープテックの躍進が目立った。いずれの受賞企業も「地球規模の課題解決」と「ビジネスとしてのスケール」を両立させる明確なロードマップを提示しており、ディープテック・エコシステムが着実に成熟し、グローバル市場へ羽ばたこうとしている熱気を感じさせるイベントとなった。
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