京都から世界へ。ピッチイベントやアドバイスを通じてヘルスケア領域のスタートアップを支援
【「第4回IP BASE AWARD」エコシステム部門】奨励賞 HVC KYOTO事務局 京都リサーチパーク株式会社 長田 和良氏、HVC KYOTOアドバイザー 小川 聡氏(TMI総合法律事務所 パートナー弁護士)インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。
HVC KYOTO(Healthcare Venture Conference KYOTO)は、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)、京都府、京都市、京都リサーチパーク株式会社が主催する、ヘルスケア分野特化型の英語ピッチプログラムを中心としたイノベーションプラットフォームだ。アドバイザーとして知財法務の専門家が参加し、大学発ベンチャー・スタートアップの知財移転や知財構築に貢献していることが評価され、第4回 IP BASE AWARDエコシステム部門の奨励賞を受賞した。HVC KYOTOを運営する京都リサーチパークの長田和良氏とアドバイザーの小川聡弁護士にHVC KYOTOの活動と知財支援の取り組みについて伺った。
海外展開を目指すヘルスケア領域のベンチャー・スタートアップをサポート
HVC KYOTOは2016年にスタートし、今年で8回目を迎えた。例年夏に開催されるDemoDay(デモデイ)のピッチイベントをメインとしたプログラムで、ピッチは全編英語で実施される。今回を含めた全8回のイベントで延べ162件のピッチが行われ、採択スタートアップのピッチ登壇後の累計資金調達額は約300億円にのぼっている。
「HVC KYOTOは、オープンイノベーションに興味のある事業会社、投資家、インキュベーター、支援機関がパートナーとなり、相互に連携して実施しています。初期は創薬やバイオのシーズ中心でスタートしましたが、最近はデジタルヘルスや医療機器などのシーズが増えてきたことから、デジタルヘルス・医療機器の事業会社や専門家をパートナーやアドバイザーにお迎えし連携を強化しています」と長田氏は説明する。
2023年度の「HVC KYOTO 2023」のデモデイは、7月6日と7日に開催。今回は創薬・バイオ・再生医療などの「Biotech部門」とデジタルヘルス・医療機器などの「Medtech部門」に分けて実施され、採択スタートアップ22件のうち、デモデイでは14のファイナリストが登壇した。
登壇企業は日本国内だけでなく海外も含めて広く募集しており、これまで海外16カ国から22件、今回を含めると24件のピッチが行われている。
「デモデイでは、海外のパートナー企業やアカデミアからの、基調講演もあります。海外スタートアップも登壇するので、日本のベンチャー・スタートアップが海外企業と同じステージに立ち、本場のビジネスピッチを体験する絶好のチャンスです」と長田氏。
ピッチ登壇者に採択された後は、英語ピッチのブラッシュアップと、事業会社や投資家、知財専門家によるアドバイスが実施される。パートナー企業と採択されたスタートアップとのマッチングにも力を入れており、デモデイでは個別商談会を開催しているそうだ。
「やはり“リアル”で直接お会いして話をすることは大切だなとあらためて思っています。その点、京都という地の利はすごく大きいですね。HVC KYOTOにおいても、京都の魅力に惹かれ、多くのスタートアップやアドバイザーが海外や地方から訪れてくれるように思います。京都にはヘルスケア領域の大学や企業も多く集結していますし、産官学のみなさんが一緒になって、まち全体を盛り上げているように感じます」(小川氏)
アドバイザーに知財専門家がいることで早期に知財の課題に注意喚起できる
HVC KYOTOではピッチをブラッシュアップするためのアドバイスセッションを2回実施しており、アドバイザーとして事業会社や投資家のほか、創薬系の知財法務の専門家である小川氏が参加してアドバイスを行っている。第4回IP BASE AWARDにおける受賞は、こうした知財活動の支援や大学などからの知財移転への貢献が評価されたものだ。
小川氏にHVC KYOTOへの参加の経緯について伺った。
「弊所は、ヘルスケア分野における業務を豊富に扱っており、事務所内の数十名の弁護士・弁理士が日頃、さまざまな切り口でヘルスケアビジネスをサポートしています。私自身も京都大学で生命科学の博士号を取得しており、ヘルスケア関連の知財法務案件を専門に扱ってきましたので、日本最大級のヘルスケア分野特化型のピッチイベントであるHVC KYOTOに、TMI総合法律事務所がパートナーとして、また、私個人としてもアドバイザーとして関与させていただくことになりました。ヘルスケア分野、特に、産学間で技術移転を伴うバイオテック分野の知財法務は特有の論点があります。スタートアップ側、製薬会社側、大学側、VC側、それぞれの立場で依頼者を代理した経験、ノウハウを踏まえ、参加されるスタートアップに対してアドバイスをさせていただいています」(小川氏)
大学発ベンチャー・スタートアップ特有の論点について、小川氏はこう説明する。
「自社の中核的な技術が適切に特許で保護されているかどうかを十分に検討しないままに起業するケースが見受けられます。また、起業前の段階では、大学のTLO(技術移転機関)や産学連携本部が懇切丁寧にサポートしてくれますが、いったん、会社が設立されると、大学から特許のライセンスを受ける必要があり、大学は交渉相手となり、スタートアップ企業は、自力で法務や知財の対応をする必要があります。しかし、設立当初は、資金も十分ではないため、専門家のサポートを受けることも難しく、適切に法務および知財の検証がなされないまま、事業を進めてしまう会社が多いのが現状です。そこで、私たちが事業アドバイスを通して少しでもお役に立てればと思っています」
小川氏のメンタリングでは、事業が知財で守られているかどうかを中心に確認するという。
「大きく分けて、自社が知財を持っている場合と、他者が知財を持っている場合の2つのケースに分けられますが、大学発ベンチャー・スタートアップでは、大学などの他者が知財を持ち、ライセンス契約などにより技術移転を受けているケースが多いです。その場合、対象となる知財は事業の中核であるか、ライセンスは独占である必要はないか――といったことを注意しながら、事業内容を確認していきます。多くのスタートアップ企業が直近ではVCから投資を受け、将来的にはIPOやM&Aを行うことを目指しているので、各社の実情に応じて、将来のイベントに耐えうるスキームになっているかという点を常に気を付けています」(小川氏)
そのほか、複数の発明者が強い権利を持っている場合や、学外の共同研究先企業が権利を持っているケースもある。早い段階で手を打っておかないと、後々、投資が受けられないなどの明確なリスクになる。
「VCから投資を受ける条件として大学から合理的な条件で技術移転を受ける必要がある場合など、早い段階から法務や知財リスクを認識することが重要です。例えば、主要な特許の発明者が代表取締役である場合、大学から技術移転を受けるため、代表取締役自らが大学との間で交渉するケースがありますが、利益相反のリスクが生じることを十分に考慮されずに対応されている事例も見受けられます。アドバイザーとしては、各社の事業内容を十分に伺った上で、今後の気づきになるような、アドバイスを心がけています」(小川氏)
ヘルスケア領域は大学発が多く、知財が重要な分野だ。HVC KYOTO の事業アドバイスはビジネスが中心となるため、知財に関するアドバイスは時間こそ短いが、医師や研究者が後回しにしがちな知財への最初の気付きの機会となっているという。
「知財は事業の組み立てをどうするかに直結するので、事業アドバイスを通して知財を意識することで、徐々にプレゼンのレベルも上がっているように思います。事業内容によっては、知財が事業に大きく影響しない場合もありますが、だからといっておろそかにすると将来のリスクにつながります。設立前の早い段階から、知財の重要性を認識してもらうことが非常に重要であると思っています」(小川氏)
ただ、プログラム期間中のアドバイスでは包括的な内容に留まり、知財戦略の構築まではケアできていない。ベンチャー・スタートアップを対象とした知財人材は足りておらず、大企業からの人材流入が課題だ。
「製薬企業や医療機器メーカーの知財部員の能力はすごく高いです。そうした方々がベンチャー・スタートアップに積極的に参入できる環境が整えば、日本のスタートアップの知財意識も向上し、海外VCから大型の投資を受けるような事例も増えてくるのではないかと思います」と小川氏は期待を寄せる。
レンタルラボなど施設の拡充と人材交流の両輪で支援する
京都リサーチパークは、1989年に全国初の民間運営によるサイエンスパークとして設立し、レンタルオフィスやレンタルラボの提供などを通じて研究者の支援を続けている。
「我々は起業初期の段階から支援しているので結果に結びつくまでには時間はかかりますが、HVC KYOTOも8年目を迎え、ピッチに登壇した企業がグローバルで活躍し始めています。京都モデルとして発信していけたら」と長田氏。
ここ数年は特にアカデミアからの登壇者も増えてきているそうだ。
「私が大学の研究室に在籍していた20年前とはずいぶん変わってきました。大学でも特許を取ることがより評価されるようになり、医学をはじめとして理工系のさまざまな学科でベンチャー・スタートアップが立ち上げられています。大学が研究者とともに産学連携に真剣に取り組み、アカデミアで高く評価される研究者がビジネスでも成功するという事例が積み重なることが重要であると感じています。『アカデミアのシーズで事業化できるんだ』、『事業化するほうが医師・研究者を目指した当初の目的をより達成できることもあるんだ』―― と感じる方が少しずつ増えているように思います」(小川氏)
研究者の起業志向は高まってきている一方で、経営人材やVCの不足に加え、民間の研究施設の少なさも課題だ。民間のレンタルラボでは家賃に加えて、実験機器も自分たちでそろえなくてはならず、事業の方向性が固まっていないベンチャー・スタートアップにはハードルが高い。
「研究施設としては2022年に日本最大級のBSL(※)2対応の機器付きシェアタイプのレンタルラボ『ターンキーラボ健都』を大阪(摂津市)にオープンしました。基本的な実験機器・設備を完備、ラボマネージャーも常駐しています。こうしたレンタルラボ(シェアラボ)も充実させていくことで、研究者のみなさんを支援するとともに、人材交流の場となればと考えています。私たちのように『場』を提供する者にとっては、“毎日がHVCのように”とよく言われます。研究施設であっても、毎日出会いがあり、毎日イノベーションのきっかけが生まれるような、そうした場をこれからも育み、ベンチャー・スタートアップの方々をサポートしていきたいです」(長田氏)
※BSL:バイオセーフティレベル(BSL)は、微生物・病原体などの危険性を4段階のリスクグループに分類したもの。BSL2対応の施設ではヒトに疾患を起す可能性はあるが重大な災害となる可能性のない病原体を扱うことができる。