メルマガはこちらから

PAGE
TOP

技術と法律を融合させた提案ができる理系の弁護士が増えてほしい

【「第4回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞】iCraft 法律事務所 弁護士/弁理士 内田誠氏インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。

「第4回IP BASE AWARD」知財専門家部門の奨励賞を受賞したiCraft 法律事務所の内田 誠氏は、弁護士・弁理士の両方の資格を持ち、AIやデータ分野のスタートアップを数多く支援している。理系出身のバックグラウンドを活かし、契約面と権利化の両輪で支援しているのが受賞の理由だ。内田 誠氏に、弁護士が知財支援をするメリット、これからの専門家に求められる働き方について伺った。

iCraft法律事務所 弁護士/弁理士 内田 誠氏
2004年、京都大学工学部物理工学科卒業。2008年、立命館大学法科大学院修了。同年、司法試験に合格後、2009年に弁護士登録。岡田春夫綜合法律事務所に入所し、国内外の知的財産権訴訟を担当。2017年、経済産業省AI・データ契約ガイドライン検討会作業部会に参画。2018年に大阪市にiCraft法律事務所を開設。2018年に弁理士登録。2018年度の特許庁スタートアップ支援施策「知財アクセラレーションプログラム(IPAS)」の知財メンターを担当。「第4回IP BASE AWARD」知財専門家部門奨励賞。
(前回インタビュー記事 https://ascii.jp/elem/000/004/005/4005857/

理系弁護士として、発明発掘から契約まで事業スキームの構築を支援

 内田氏は、知財はあくまで事業戦略のひとつであり、ビジネスモデルや製品・サービスを守るための手段にすぎない、と位置付けている。

「知財戦略を構築するには、事業全体を理解する必要があります。発明の話だけを聞いて出願しても、良い権利化はできません。事業の全体像が見えなければ、本来守るべき発明が抜け落ちてしまい、あまり役に立たない特許発明になる可能性があります。事業戦略上、その発明がどういう位置付けにあり、どの部分をどのように権利化すべきか否か、よく考えて出願をすることが大事です」(内田氏)

 スタートアップの場合、出資を得るために特許を得る、という考え方も増えてきている。

「ここ数年で急激にVCや投資家が特許を意識するようになってきています。次のラウンドに進むときに、自社ビジネスのどこをどのように特許権で保護できているかが投資判断において重要になってきています。そのため、バイオ、医薬、ハードウェア系は当然として、以前は特許に関心の低かったIT・ソフトウェア系のスタートアップも投資家を意識して積極的に権利化を図っている印象があります。また、別の視点ですが、特許権で自社サービスが保護できているということを積極的にアピールして営業ツールとして特許権を利用しているスタートアップも増えている印象です」

 スタートアップは予算も限られており、いくつか考えている事業アイデアのうち、すべてを特許権で守ることは難しい。そこで、競合企業の出願動向などを調査して、競合企業がどのような領域を狙っているのかを予想し、その予測を元に自社のストロングポイントや将来の方向性を絞り込みながら知財戦略を立てていくのがポイントだそう。

「私の場合、クライアントからの依頼があった際には、その会社のビジネスモデルや技術の強みを理解したうえで、競合他社の特許出願の状況を調査し、それに基づいて『この辺りは既に取られているため、こちらの方向に進んだ方が良いですよ』と説明しながら先導していくこともあります。スタートアップには知財の知識があまりない方も当然いますので、専門家のほうから特許権がとりやすいスキームなどを積極的に提案していくことが必要になります。そのような積極的な提案は士業として不安に思う方もおられるとは思いますが、スタートアップの支援をする以上、十分な知識と経験に基づいて、積極的に提案をする強いハートが必要だと考えます。

 また、先ほどスキームを積極的に提案するというお話を申し上げましたが、特許権が取りやすいスキームの提案だけではなく、私は弁護士ですから、関連する法律を十分に検討し、適法で、かつ、お金がとりやすいスキームを提案することも行っています。さらにいうと、私はデータを取扱う仕事が多いので、データの利活用がしやすいスキームを構築するのも得意です。スキームを積極的に提案していくことは、クライアントからは好評をいただいています」

 クライアント企業のビジョンを明確にして、事業スキームの構築から支援していくのが内田氏のスタイルだ。

「スキーム検討では、誰とどのような内容の契約を結ぶのかが重要ですが、契約内容にはいろいろありえますので、一番合った契約内容を個別の事情を踏まえて作り込むことが特に重要です。仕事をしていると、明らかにそのスキームにあっていない契約内容を無理矢理当てはめている場面に出くわします。おそらく、市販されていたり、インターネットで公開されているひな型を特に考えずにそのまま使っているのだと思いますが、それでは十分に権利や利益が守れないので、スタートアップ側も支援者側ももっと慎重に対応していただきたいと思うことがあります。

 次に、データを用いるビジネスの相談が多いので、どのようなデータをどのような契約に基づいて、誰からもらうのかという点も重要です。理系弁護士の強みは、技術内容やシステム構成を理解して、その技術やシステムを前提とする権利義務関係を契約内容に落とし込める点だと考えます。サービスの利用規約等を作成するには、システム全体をしっかりと把握してから、そのシステムの特徴を意識して、権利関係であったり、免責事項や禁止事項であったりを工夫していくことが重要ですが、このあたりは得意としています。また、知財弁護士といっても特許系、著作権系、商標系などに分かれますが、私は理系出身の特許系の弁護士であるので、把握した技術内容やシステム構成をベースに、特許出願の提案もできる点も特徴かと思います。

 要するに、スキームをしっかり作り込むこと、データの取扱いに関する部分は個人情報保護法などの理解を踏まえて、特に慎重に作り込むこと。スキームの作り込みの際には、適法かどうかだけではなく、どこでどのようにお金をとるのか、将来に自分たちが予想するデータの利用ができるようになっているのか、今後そのスキームを運用するときに運用しやすい内容になっているかなども考えて構築すること。そして、そのスキームにあった契約を適切に作成し、そのスキームを特許権などで保護するといったトータルな提案が重要だと思います。口でいうのは簡単ですが、結構日々苦労しています(笑)。でも、コンサルタント、弁護士、弁理士の全部のお仕事をさせてもらっているので、やりがいがあって楽しいです」

「私の持論なのですが、法律の限界はシステムで対応するという視点もスキーム構築のときに意識しています。例えば、個人データの第三者提供は、原則、本人の同意を取るということが個人情報保護法で定められていますが、第三者提供の同意を取ることは結構大変なので、アプリケーションなどを利用して、その同意の取得を簡単にするといったスキームを組みます。そのうえで、そのアプリケーションに関して利用規約等で適切な権利義務関係を規定するわけです。『あのアプリケーションの構成がこのシステムで使えるな』といったこともあるので、技術者の方に、『こういうシステム構成ができませんか?』といった提案をしていくこともあります」

 さらにAIやデータ分野では、特許権だけでなく、著作権や商標権なども含めた防御が必要になる。

「プログラム、デザイン、ロゴなどもトータルで守らないと、完全な事業戦略が組めません。例えば、プログラムは特許権や著作権、デザインは著作権や意匠権、ブランドは商標権、情報やデータは不正競争防止法の営業秘密や限定提供データで保護するといった防御網を張っていきます」

 事業スキームの構築には、法律や技術だけでなく、ビジネスにも精通している必要がある。内田氏はどのようにスキルを磨いているのか。

「ビジネスモデルを紹介する本など、ビジネスモデルに関連した書籍などを読み、さまざまなビジネスのパターンでどのようなスキームを組んでいるのかを勉強して、そのスキームを実現するためにどのような契約を組むべきなのかというシミュレーションをしています。また、新しく出たサービスの規約を読んで、どういうスキームをどういう契約で実現しているのかを考えるのも非常に勉強になります。

 私は、スキーム案や契約内容案の引出しが多い弁護士が良い弁護士だと思います。引き出しの多さはスキームを組むときに役立つので、引き出しを増やすために、たくさんの先行情報を読んで勉強するようにしています」

弁護士が知財の発掘から支援することのメリット

 内田氏のように知財と契約をどちらも網羅できる専門家は少ない。スキーム検討やビジネス検討はコンサルタント、契約関係や著作権関係は弁護士、特許出願は弁理士と縦割りになっていて、総合に連携が取れていないことが多いという。

「契約書や規約などを作る際はスキームやシステムの全体を把握するのは弁護士であることが多いので、権利がとれそうな発明の発掘に弁護士が入ってもよいと思います。スキーム全体を把握しているほうがいろいろな角度から発明の発掘ができるからです。ただ、出願書類の作成は自分ではしません。出願書類の作成は弁理士の先生のほうが得意ですから。私は発明の発掘や先行調査までを行って、スタートアップの知財部の代替のようなことしています。弁理士の先生に作成いただいた出願書類について、私の方でチェックをして、『こういう請求項も入れたほうがよいのではないか』とか、『こういう実施例を入れてほしい』とか、『この明細書のこの記載は少し限定しすぎだ』とかいったコメントを出して、より良い出願になるように弁理士の先生と協力して作業をしています。スタートアップからすると明細書を読んでも何をどうコメントしていいのかわからないので、私のほうでも検討していることに安心されるそうです」(内田氏)

 法律知識が十分とはいえないスタートアップであればなおさら、出願と契約を両方カバーできる専門家に伴走してもらうのが安心だ。しかし、スタートアップが弁護士に相談するのは、たいていトラブルが発生した後である。その場合、どのように対処しているのか。

「個人的にはトラブルにならないように予防をすることに全力を注いでいます。スタートアップは紛争になってしまったら、金銭的にも、マンパワー的にも相当きついので、とにかく紛争にならないように対処することが重要です。それでも紛争が避けられなかった場合は、やはり、論理で攻めることしかないです。裁判でもそうですが、弱者が強者を倒すには論理しかありません。強い論理を作り、交渉で優位に立てるように調整します。ただ、裁判外の交渉だと、お互いのメンツのようなものがあって、論理だけでは解決できないこともありますので、論理に加えて、人の感情や周囲の状況なども加味して交渉を進めます。交渉の進め方は、『こう言ったら、相手はこう出てくる』といったことを予想しつつ、落とし所を見据えつつ、スタートアップと意見交換しながら戦略を考えます」

データが関わるビジネスの進め方

 IT・AI系のビジネスでは、データをどのように収集し、どのように活用するかという点も問われる。データを収集する段階で、将来的にどのように活用するか、つまり出口戦略を決めておくべき、と内田氏は指摘する。

「収集したデータのその後の利用に関する相談が以前からとても多いです。例えば、モビリティー関連のデータでは、交通事故予測、渋滞予測、ルート最適化、運送業務における荷物の最適配置、従業員管理など、さまざまな利用方法が考えられます。ところが、この利用方法を想定して、適切な利用条件を定めてデータを取得しておかないと、いざそのデータを利用しようと思っても、利用条件の範囲を超えてしまうので、使えないという事態が起きてしまいます。そのため、データは取得時に将来のデータの利用を見据えて、利用条件を契約等で定めることがポイントです。これが出口戦略です」(内田氏)

 一見、データの取得時に広範な用途に使えるようにしたいところだが、データ取得の際には、相手方が受け入れやすい条項を用意する必要がある。

「データの取得時にとにかく広く利用条件を設定することもできますが、データを提供する相手方にとって受け入れやすい条項を盛り込みつつ、取得者側の将来のデータの利用を阻害しない絶妙な範囲の利用条件を設定するのが弁護士の手腕です。そのときは、ストレートにこういう範囲で使いますと書きすぎると、データを提供する方に『それならデータを提供しません』と言われかねないので、データを提供する側にとって受け入れやすい内容の条項にすることがとても大事です」と内田氏。

 内田氏は現在、企業が収集するデータの利活用スキームの構築や、農業データのプラットフォームの構築、地方自治体のスマートシティプロジェクトや、複数の大学や政府機関での医療データのデータプラットフォームの構築などに関わっている。スキームの検討段階から参画し、システム構成を検討しながらデータを利用しやすいスキームを作り、そこから生まれた技術の特許を出願する、といったケースも複数あるそうだ。

「データを扱う場合、より簡単にデータを取得し、利用しやすいスキーム作りが大事。そのスキームは違法であってはならないので、データに関する法的知識がある弁護士がスキームを組み、そのスキームを前提として特許出願戦略を組んでいく必要があるのです」

ジェネレーティブAIで弁護士・弁理士の働き方も変わる?

 最近では、ChatGPTなどの生成AI関連の出願も増えているという。

「短期的には、『うちのサービスにはChatGPTが組み込まれています』というだけでユーザーがそのサービスを選択してくれることもありますから、サービスに組み込んでいくことは積極的に行われたほうがよいと思います。ただ、業法規制にひっかかる場合もあるので、生成AIの組み入れは慎重な対応が必要にはなります。生成AI関連の出願は、既に結構関わりましたが、生成AIそのものに関するものではなく、生成AIに入力するプロンプトを自社サービスの内容に基づき調整するプログラムといった出願が流行だと思います」(内田氏)

 さらに自然言語処理技術が進化すれば、弁理士や弁護士の仕事は大きく変わっていくと内田氏は予測している。

「弁護士法違反になるか否かの点はおくとして、自然言語処理技術が発展すれば、簡単な契約書の作成などはできてしまいます。そうなると、簡単な契約書の作成や簡単な文書の作成業務では弁護士は稼げなくなります。そこで、契約書の作成の1つ手前にある、スキーム検討やコンサルティングが弁護士の仕事のメインになっていくのではないかと思います。でも、私もそうでしたが、弁護士は、『自分で意思決定はするな、意思決定は依頼者に委ねなさい』と教育されます。そのため、自分で意思決定が必要なスキーム検討やコンサルティングを行うことに恐怖感を覚える弁護士の方も少なくないと思います。ただ、その恐怖感に打ち勝って、自分の責任の下で意識決定をして、積極的に依頼者に提案をしていかなければならない時代がやってくるはずです。もちろん、依頼者との信頼関係がないとこういったスキーム提案はできないです。私は、クライアントには恵まれていると本当に思います(笑)」

 こうした未来の世界観をいち早くキャッチできるのは、出願に関わることの利点だという。

「知財を扱う弁護士は、それ以外の弁護士と比べて技術や最新のトレンドに対する抵抗感が少ない方が多いです。ただ、例えば、特許権侵害訴訟が起きるのは、特許査定を受けてから早くても数年後です。そのため、出願をしている弁理士の先生と比べると、弁護士のほうが数年遅れて時代の流れに直面することが多いように思います。私は、新しいもの好きなので、新しい技術はとにかく一回触ってみますが、出願に関わっていると、出願の過程でこういう技術内容が流行なのかといったことが分かります。この点も出願にかかわるメリットのように思います」

 知財戦略の構築に関する案件だけでも常時10社以上の案件を抱える内田氏は、常にノートPCとiPad2台を持ち歩き、3つの画面に別の資料を表示して、外出先からでもオンラインでクライアントの相談に応じられるようにしているそうだ。

 忙しい中でも情報収集と勉強に時間を割き、一番いいスキームを考えられるように、引き出しを増やしていくことがこれからの専門家には求められると内田氏は強調する。

「技術と法律を融合させたスキームを提案できる理系の弁護士さんが増えてほしい。スタートアップは法律の知識がないことも少なくないので、私たちが提案して先導していかなくてはいけない場面もあります。それができるだけの知識と経験、『本当に大丈夫ですか?』と聞かれたときに『大丈夫です』と言い切れるハートの強さが必要です。時間も労力もかかりますが、本気で取り組んでいくことが必要です」

■関連サイト

合わせて読みたい編集者オススメ記事

バックナンバー