熱狂から現実志向へシフトしたスタートアップ。キーマンが語るVivaTech10年の変化と次の展望
Viva Technology マネージングディレクター、フランソワ・ビトゥゼット氏に聞く
ビジネスを変えるAIと再評価されるディープテック領域
VivaTechにおいても、AIは参加者の期待が最も集まる領域の一つとなっている。
「AIはすでに具体的な価値を提供するフェーズに入っている」と述べるビトゥゼット氏は、抽象的な未来像ではなく、ビジネスの現場でどう活用するかが問われる段階にあると指摘する。実際、物流における効率化や安全性向上、ヘルスケアにおける創薬の高速化やコスト削減など、各産業で実用的なユースケースが広がり始めている。AIは単なる技術トレンドではなく、自律的に業務を完結させるAIエージェントの普及によって、生産・販売・働き方といったビジネスのあり方そのものを変える基盤となりつつある。
興味深いのは、こうした流れの中でディープテックが注目を集めている点である。「これまで量子コンピューターのような、研究から実用化まで時間を要する分野は一種の夢の技術として語られることが多かった。それが、AIの進展で具体的な価値として顕在化している」
この変化は、欧州でのスタートアップの担い手にも影響を及ぼしている。従来は若年層を中心にアイデア主導で起業するケースが多かったが、現在は研究成果を事業化する研究者や科学者が増え、専門性の高い人材がスタートアップ市場に流入しているとビトゥゼット氏は言う。「知識と経験を備えた人材による起業は、エコシステム全体の質を押し上げる要因となっており、業界に深みを与える、良い傾向に感じる」
日本においても、スタートアップ・エコシステムでは、ディープテックへの期待・注目度が同様に高まっている。従来のアプリやITスタートアップからの変遷も含め、豊富な研究基盤を背景にしたスタートアップ成長に期待するのは日本も欧州も変わらないが、ことAIの活用がディープテックに及ぼす影響という点では、欧州における特色の違いが見られる。
テック企業化する大企業と成熟へ向かうスタートアップ
こうした変革の中で、VivaTechに参加するグローバルな大企業自身の自己認識にも変化が出ているという。ビトゥゼット氏は、「大企業は自らを、ある意味でテック企業だと認識するようになった」と指摘する。
そもそもVivaTechは、当初から一貫して「大企業の課題(ニーズ)」と「スタートアップの技術(ソリューション)」のマッチングに特化している。主催となるのは「広告代理店(Publicis Groupe)」と「経済メディア(Groupe Les Echos - Le Parisien)」であり、このイベントを「最新トレンドの紹介」だけでなく「大企業のDXや事業変革を支援する場」として定義しているため、必然的にオープンイノベーションの側面が強かったが、それがより顕著になっている。
例えばL'Oréal(ロレアル)は、従来の化粧品会社からビューティーテック企業へと進化し、外部のテクノロジーやスタートアップを取り込みながら価値創出のあり方を変革している。当初スタートアップへの出資者として関与していた企業は、今は自らイノベーションの主体となって、スタートアップとの関係性をより実質的な協業にシフトしている。
変化したのは、大企業だけではない。スタートアップのマインドセットも、この10年で大きく変わった。
「かつては、スタートアップだと名乗るだけで資金を調達できた」とエコシステム全体が過熱していた当時をビトゥゼット氏は振り返る。だが現在は、「成熟・合理化・現実志向」へのシフトが進んでいるという。この変化を「スタートアップもひとつの企業であるという原則への回帰」だとビトゥゼット氏は表現する。すなわち、顧客の獲得、ビジネスプランの明確化、収益性への意識といった企業にとっての基本要素の重要性が改めて認識されるようになったという。
「キャッシュを燃やして成長する」というスタートアップ特有の性格そのものが否定されたわけではない。それを前提としつつも、従来よりも健全な経営が求められるようになった点が本質だと強調する。資金調達環境の変化を背景に、成長と持続性のバランスを取る経営判断が不可欠になったのだ。単なるコストカットではない、採算性もふまえたスタートアップの成長へと目線が変わってきた。
「従来に比べて、経営責任への意識は明らかに高まったと感じる。CEOとしての意思決定においても、理想やビジョンだけでなく、投資家と顧客の双方を強く意識した現実的な判断を求められるようになった」
そう話すビトゥゼット氏は、この流れを「スタートアップの正常化、あるいは成熟化」だと位置付ける。エコシステム全体としての質の向上も期待され、より持続可能なイノベーション創出基盤へと再編されていることは喜ばしいことだと述べた。
成長をはばむ資金と市場。欧州スケールで問われるテック主権
だが、すべてが順調に進んできたというわけではない。ビトゥゼット氏は、現在のフランスおよび欧州のスタートアップ環境において、投資不足と市場規模という構造的な制約が依然として大きな課題であると指摘する。これは日本も同様であり、シリコンバレーが構築したエコシステムの規模には遠いが、欧州はそれをチームとして進めようとしているようだ。
フランスのスタートアップ・エコシステムは、「La French Tech」やStation Fといった取り組みによって基盤自体は整備されており、人材や起業家も十分に存在する。だが一方で、「現在は投資環境が悪化している」と同氏は述べる。その背景には、フランス国内の経済状況を受けて民間投資が縮小している現実がある。
加えて、フランス市場そのものの規模の制約も無視できない。スタートアップが成長しようとしても、国内市場だけではスケールアップに限界がある。その結果、有望なスタートアップほど、より大きな市場と資金を求めて米国など国外へと流出してしまう。
「La French Tech」でマクロン政権が掲げた“100社のユニコーン”を生み出す目標は、2026年現在、厳しい財政再建と地政学的な要請の中で、「数の拡大」から「主権を担うディープテックへの集中」という、より実利的なフェーズへ進化している。
ビトゥゼット氏は、この状況を踏まえ、「フランス単独ではなく、欧州全体での対応が必要だ」と強調する。具体的には、ドイツやデンマーク、イタリアなどを含めた「欧州スケール」での市場統合と投資拡大の必要性だ。
そうした枠組みがなければ、欧州発のイノベーションは域外に流出し続けることになる。この問題は単なる経済課題にとどまらず、ITを中心とするテクノロジーインフラを他国に依存しない、米中以外の選択肢として掲げる「テック主権(sovereignty)」にも直結するテーマだと同氏は唱える。欧州内でスタートアップが成長し続けられる環境をいかに構築するか。エコシステムの次の10年に向けた重要な論点だと述べた。
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