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技術に経営を合わせ投資を集める 愛知、名古屋が挑むスタートアップを育むグローバルエコシステムへの道

TechGALA Japan「『セントラルからの挑戦』世界に伍するエコシステムになるために」セッションレポート

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 2024年2月4日から6日までの3日間、愛知県名古屋市にて国内外のスタートアップ、事業会社、投資家が一堂に会するグローバルイベント「TechGALA Japan」が開催された。イベントではディープテックからAI、地球、アート、宇宙などをテーマとする80以上のセッションを展開。また、スタートアップのピッチコンテスト、社会課題解決に向けたアイデアソンやハッカソンも注目を集めた。本記事では、2月4日にナディアパークで実施されたセッション「『セントラルからの挑戦』世界に伍するエコシステムになるために」の模様をお届けする。

 前半では、Startup Genome Japan株式会社 代表取締役社長 西口尚宏氏がStartup Genome社の調査結果を基に、世界のスタートアップエコシステムの現状とセントラルジャパン(愛知県、名古屋市、浜松市などを含む中部地域)の強みと課題を解説した。

世界のスタートアップエコシステムを調査分析するStartup Genomeとは?

Startup Genome Japan株式会社 代表取締役社長 西口尚宏氏

 Startup Genome社は、シリコンバレーに本拠地を置き、7大陸の中央・地方行政、民間団体と連携してスタートアップの発展を促進する組織だ。同社は約15年前にスタートアップの成功要因を徹底的に解析し、結論として「スタートアップエコシステムの競争力がスタートアップ自身の競争力を左右する」という知見に至ったという。スタートアップエコシステムは、特定の人々や企業ではなく、「共有リソースの集合体」として定義され、そこでは協力と共有が不可である。さらに、エコシステムの価値は経済的指標、つまりエグジット価値や資金調達額、スタートアップ評価額から測定される。

世界各地のスタートアップエコシステムの現状

 現在、全世界には300のスタートアップエコシステムが存在し、そのほとんどが都市を基盤としている。人々が都市に集まるという特性から、スタートアップエコシステムも都市単位で発展するためだ。Startup Genomeが毎年発表する全世界のスタートアップエコシステムのレポート「THE GLOBAL STARTUP ECOSYSTEM REPORT」は都市ごとのランキングや詳細な分析が示され、政策立案者たちの貴重な指標となっている。このランキングは「パフォーマンス(30%)」、「資金調達(25%)」、「タレント&経験(20%)」、「市場アクセス(20%)」、「ナレッジ(5%)」という5つの要因に基づいて評価される。ナレッジが果たす役割は小さく、パフォーマンスや資金といった他の要因と連動することで初めて大きなインパクトになることがこの指標からも読み取れる。

世界の都市と東京の競争力

 次に、世界のトップ20都市のスタートアップエコシステムを見ると、シリコンバレー、ニューヨーク、ロンドンが常にトップグループを維持し、続いて、テルアビブ、ロサンゼルス、ボストンの3都市が安定して上位に就いている。その後を追う東京を含むアジアの5都市(シンガポール、北京、ソウル、上海)は、上下の変動が大きいそうだ。西口氏は、成功している上位のエコシステムの特徴として「縦割り構造を排し、協力と共有が円滑に行われている」と指摘する。リソースの共有だけでなく、アイデア、人材、資金も共有され、内部の協力体制が強固であることが成果に直結するわけだ。

 興味深いのは、G20の公式会議で発表されたスタートアップエコシステムの価値の調査結果だ。G20加盟国のGDPに対するエコシステムの平均価値は8%である一方、日本はわずか1.7%に留まっている。ポジティブに捉えれば、日本のエコシステムにはまだ大きな伸びしろがあるということだ。今後、この数値を5%、さらには8%に引き上げることが日本のスタートアップエコシステムにとって重要な課題となる。

エコシステム強化には「量・質・ファンディング」の3つが鍵

 セントラルジャパンのスタートアップは300社以下と少なく、エコシステムとしてはまだ発展途上にある。エコシステムから経済効果を引き出すには、まず量を増やすことが重要。その上で、多様な要素を組み合わせ、成功確率を上げることが求められる。その結果として、経済的なインパクトが生まれる。スタートアップの「量」を増やすと同時に、「質」の向上や資金調達の強化など、取り組むべき課題は多岐にわたる。特にタレント人材の育成と、地域の強みを活かすオーガニゼーションの強化が必要だ。セントラルジャパンは、日本の中でメーカーを中心とした産業が集積している地域だが、十分に活かしきれていない。また、エコシステムの核となる「共有リソース」の観点でも、企業間の連携が十分とは言えず、資金調達や地域内でのつながりも依然として課題だ。

 名古屋市のエコシステムを前述の評価軸で見ると、大学や研究機関等のナレッジに偏重し、それ以外の要素が低い。これは日本の他都市のスタートアップエコシステムにも共通する課題であり、世界のエコシステム比べると、その規模は圧倒的に小さいと言わざるを得ない。

 名古屋のエコシステムの競争力を高めるため、西口氏は次の3つのポイントを提案した。

 ひとつは、スタートアップの「量」を増やすこと。具体的には、すべての政策とプログラムの焦点を大学周辺のスタートアップ育成に集中する。2つ目は、スタートアップの「質」を向上するため、世界で活躍するスタートアップの創出や、大企業や中堅企業との協業を促進する。3つ目は、アーリーステージのファンディングを充実させること。初期段階での資金調達環境を整備し、スタートアップを支える土壌を作る。これらの3つが相互に作用することで、エコシステム全体の競争力が飛躍的に向上すると西口氏は強調し、「量と質とファンディングを圧倒的なレベルに引き上げることを目指し、政策からプログラム、人材配置まで一体的に取り組むことで、セントラルジャパンのスタートアップエコシステムを次のステージへ進化させましょう」と呼びかけた。

セントラルジャパンが世界に伍するエコシステムになるには何が必要か

 後半のパネルディスカッションでは、西口氏を司会に、TechGALA総合プロデューサー/株式会社ウィズグループ代表取締役 奥田浩美氏、株式会社ispace 代表取締役 CEO & Founder袴田武史氏、bestat株式会社 代表取締役 松田尚子氏、名古屋市経済局イノベーション推進部スタートアップ支援課長 鷲見敏雄氏が参加し、セントラルジャパンのエコシステムを強化策について議論した。(以下、敬称略)

西口:セントラルジャパンはまだ発展途上であり、言い換えればまだまだ伸びしろがあると考えています。先ほど、量と質とファンディングを増やすことの重要性についてお話ししましたが、これを軸に議論を進めたいと思います。皆さんの創業時代を振り返り、「こんな支援があればよかった」という意見があれば、ぜひお聞かせください。

袴田:新しい技術は当たるかどうか分からず、投資が集まりにくいという課題があります。その中で、エンジェル投資家の存在は非常に貴重です。特にアメリカでは、技術的なバックグラウンドを持つ経営者が成功しており、技術への積極的な投資が多くのスタートアップを生み出していると感じます。ただし、技術だけでは成長できず、それを活かして経営を進める強い意志も重要です。また、顧客を獲得し、フィードバックを得ることでプロダクトの質を向上させる循環を作ることも必要だと思います

株式会社ispace 代表取締役 CEO & Founder 袴田武史氏

西口:まさに、自社を中心としたエコシステムを作り上げていくというイメージですね。

袴田:そうです。特に宇宙ビジネスは市場が限られているため、自ら市場をつくりに行かなければなりません。

松田:私の場合、研究職から起業に進んだため、最初はビジネスの基本すら分からず、請求書の書き方から商品の売り方、お客様との関係構築、資金集めまで全てが手探り状態でした。そんな中、先輩起業家が一から教えてくれたことが非常にありがたかったです。

bestat株式会社 代表取締役 松田尚子氏

西口:海外のエコシステムでは、成功者が後輩を支援する「ギビングバック」の文化が非常に重要とされています。成功したスタートアップがメンターやエンジェル投資家となり、循環する仕組みが機能しているのです。

奥田:実は、このイベントに「TechGALA」という名前を付けた背景も、そうした考えからです。「GALA」はフランス語で祭典を意味しますが、海外では裕福な人々が寄付を集めるガラパーティーが文化として根付いています。しかし、日本ではそのような「お金持ちが誇らしげに地域に還元する」文化があまり見られません。今回のイベントで協賛金が予想を大きく上回る額集まり、この地域には強いエコシステムをつくりたいという思いがあると感じました。この第一歩がセントラルで見えたのは非常に希望が持てます。

TechGALA Japan総合プロデューサー/株式会社ウィズグループ代表取締役 奥田浩美氏

鷲見:名古屋は研究開発型の企業が多く、昔はベンチャーだったという感覚を持つ経営者が後輩を応援する意識は強いと感じます。ただし、非常に手堅い地域でもあるため、資金を出すハードルが高い部分もあります。しかし、いったん流れが動き出せば、大きく変わる可能性があります。世界で活躍してきた企業の知識や経験が蓄積されているので、それを活かすことでスタートアップも成長するはずです。

名古屋市経済局イノベーション推進部スタートアップ支援課長 鷲見敏雄氏

西口:近江商人の「三方よし」の哲学に倣い、これからは「四方よし」、つまり次世代のことも考えてエコシステム全体を強化していくことが重要ですね。

奥田:その一方で、この地域にはすでにグローバルに活躍する企業が多く存在します。特にシリコンバレーに拠点を置き、海外に多額の投資をしている一方で、日本のスタートアップへの投資額は比較的低い。このギャップが技術の問題なのか、チームの問題なのか、知識の差によるものなのか、その解明が今後の課題だと思います。

西口:私たちの調査でも、日本を代表するメーカーがこの地域に集積しているのに、なぜセントラルのスタートアップには投資が向かわないのかという課題が浮き彫りになっています。

袴田:我々のようにグローバルでユニークな成果を出している企業は、もっと自信を持つべきです。月に着陸する事業なんて他に誰がやっていますか? 日本人は評価が苦手ですが、国内でも積極的に評価されるべきだと思います。

西口:コンソーシアムの議論では、名古屋大学にVCが集まる場を作る案や、大企業や中堅企業のメンター制度を設けるといった新たなアイデアが続々と出ています。これらの取り組みが進むことで、セントラルジャパンのエコシステムがさらに発展していくでしょう。

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