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年金積立金200兆円が動く!? 日本が世界をリードするディープテック、インパクト投資の可能性

TechGALA Japan「ディープテックが拓く名古屋の可能性:インパクト投資で地域から世界へ」セッションレポート

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 2024年2月4日から6日までの3日間、愛知県名古屋市にてテクノロジーイベント「TechGALA」が開催された。2月5日には「ディープテックが拓く名古屋の可能性:インパクト投資で地域から世界へ」というセッションが行われ、名古屋の研究開発力を活かした社会課題解決の可能性が議論された。

 セッションには、一般社団法人スタートアップエコシステム協会/A.T.カーニー株式会社の藤本あゆみ氏、株式会社UNERI 代表取締役CEO/一般社団法人IMPACT SHIFT代表理事 河合将樹氏、岐阜大学の研究成果を基盤に高機能性素材を開発するFiberCraze株式会社の長曽我部竣也氏、株式会社丸井グループ共創投資部シニアマネジャーの桝井綾乃氏の4名が登壇し、パネルディスカッション形式で議論を展開した。

デング熱対策と地域産業の未来をつなぐFiberCrazeの挑戦

FiberCraze株式会社 CEO 長曽我部 竣也氏

 最初に、ディープテック(研究開発)から社会課題解決へとつながる事例として、FiberCraze株式会社の感染症対策の素材開発の取り組みが紹介された。

 東南アジアやアフリカでは、デング熱やマラリアなどの蚊を媒介とする感染症が依然として深刻な問題となっている。Fiber Crazeは、繊維にナノサイズの微小孔を形成する技術を活用し、穴に防虫成分を閉じ込めることで、蚊に対する忌避効果を持つ素材を開発。この素材の特長は、1)薬剤耐性を持つ蚊にも対応可能、2)通常の技術の4~10倍の薬剤含有量を実現し、繰り返し使用可能、3)化学溶媒やプラズマを使用しない物理的な加工技術で環境負荷を軽減――の3点。

 長曽我部氏は、Fiber Crazeが岐阜で創業した理由として「この地域には歴史のある繊維メーカーが多数ある。彼らとコラボレーションして優れた素材を世界に発信したい」と語っている。現在、岐阜のメーカーと協力し量産体制の構築を進めており、実現すれば、環境改善効果としてCO2排出量を75%、水使用量を80%削減できる可能性も提示している。

 さらに、同社はマレーシアの感染症研究機関マラヤ大学と共同研究を行い、現地での実証実験も進めている。2025年1月末には日本のファッションブランド「doublet(ダブレット)」のパリコレ作品に採用され、これを皮切りに、新素材の世界展開へ向けた活動を加速させている。

マレーシアにおける感染症研究機関「マラヤ大学 TIDREC」と契約締結

FiberCrazeの繊維素材「Craze-tex」がファッションブランド「doublet(ダブレット)」のParis Fashion Week Fall-Winter 2025出展作品に採用

 藤本氏は、「デング熱の解決と地域産業の再発展という2つのインパクトがある。最初から2つを狙っていたのか」と問いかけた。

 これに対し、長曽我部氏は「当初から2つを狙っていたわけではない」という。素材の多孔化技術に関する研究が30年近く続けられてきたが、実用化には至らなかった。その理由として、採算性が取れないことと、事業化を推進するプレイヤーの不在が挙げられる。長曽我部氏は「採算性の問題は量産化によって解決可能。事業化の壁は、大学と民間企業の共同研究では認識の乖離が障壁となることが多いので、自らが研究室を飛び出し事業化を推進することで、効率的に社会へ働きかけができるのでは、と考えたのが起業のきっかけです」と話す。事業化を模索する中で、デング熱の課題解決や地域産業との連携といったアイデアが生まれたそうだ。

新たな投資の潮流「インパクト投資」とは?

 河合氏は、インパクト投資を「リスク・リターン・インパクトの3次元で評価する新しい投資」と説明する。19世紀の投資はリターンのみ、20世紀ではリターンに加えてリスクを考慮し、リターンとリスクのバランスを評価する2軸モデルに発展した。21世紀の投資として提唱されている「投資3.0」は、これに社会や環境への「インパクト(非財務価値)」を評価軸に加えたものだ。この概念はイギリスのロナルド・コーエン氏が提唱し、世界的に広がりを見せている。

株式会社UNERI 代表取締役CEO/一般社団法人IMPACT SHIFT代表理事 河合将樹氏

 インパクト投資は、社会や環境を良くする意図をもち、経済的リターンに加え社会的・環境的リターンを追求するものだ。さらに幅広い金融商品を活用し、インパクト評価マネジメント(IMM)による成果測定を重視する点が特徴である。

 2023年のインパクト投資市場は、世界全体で735兆円、日本では11兆円に達し、前年比197%と急成長を遂げている。日本政府は「インパクトスタートアップ」への支援を強化しており、2025年度には厚生労働省が管轄する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)によるインパクト投資が検討されている。河合氏は「GPIFが約200兆円という世界最大規模の運用額を背景に、来年度からインパクト投資に踏み出すことを宣言した影響で、日本の金融機関もインパクト投資への流れは避けては通れなくなった」と指摘する。さらに、「国策としてインパクト投資を推進し、金融機関が積極的に動く状況は世界でも日本だけだ」と強調した。

 米国や英国の推進団体も「インパクトの分野は日本が圧倒的にリードしている」と認めており、日本発の成功事例に期待が高まっているという。

「遠い領域との共創がより大きな成果になる」丸井グループのインパクト投資

丸井グループ「INPACT BOOK 2024」より

 続いて丸井グループの桝井氏は、丸井グループのインパクト投資への取り組みを紹介。丸井グループは「2050年までにインパクトと利益の二項対立を乗り越える」というビジョンを掲げ、インパクトの実現に向けた共創投資や応援投資を行っている。そのひとつが京都大学と近畿大学発のフードテックベンチャー、リージョナルフィッシュ株式会社の支援だ。同社は、タンパク質危機の解決を目指し、魚の品種改良技術を研究している。

株式会社丸井グループ共創投資部シニアマネジャーの桝井綾乃氏

「丸井グループとは一見シナジーがないと思われるかもしれませんが、水産物の生産性向上という研究成果は、最終的に私たちのお客様の利益につながります。カスタマーに近い私たちだからこそ、プロダクトを販売する企業だけと連携するよりも、少し遠い領域のスタートアップと共創することで掛け算の効果を生み、より大きな成果が得られると考えます」と桝井氏は説明する。

 研究開発系のスタートアップがその成果を社会実装するには、企業との連携は欠かせない。長曽我部氏も「我々は素材の開発から繊維化までを担当していますが、最終的なお客様との距離があり声が届きにくい。その点、丸井グループのようにtoCとの接点を持つ企業と連携できることは非常にありがたいです。アパレル業界は分業化が進んでおり、サプライヤーとの協力が不可欠です。我々は創業前から40社以上と密にコミュニケーションを取り、連携を進めてきました」と語った。

 研究成果を商業化し、多くの人々に届けて初めてインパクトが生まれる。そのためには、従来の枠を超えた連携が必要であり、投資3.0がその支援を可能にする重要な手段となる。しかし、現実にはディープテックスタートアップへの支援は十分とは言い難い。通常、スタートアップ業界では10年以内のIPOが目標とされるが、長期的な取り組みが必要なインパクトスタートアップに対しては、従来のVCが投資をためらってしまうからだ。

 河合氏は、「その点では、丸井グループの取り組みは非常にユニークだ」と評価する。同社はファンドを組成せず、バランスシート(BS)から直接投資を行っているからだ。この理由について桝井氏は次のように説明する。「我々はスタートアップとの連携で、ファイナンスリターンの追求を目的としていません。将来的にIPOによるリターンを受ける可能性はありますが、それ以上に共創から生まれるリターンを重視しています。足りないピースを補い合い、イノベーションを生み出すには何が必要か、スタートアップの皆さんと議論を進めています」。さらに桝井氏は、「技術を持つ企業と共創し、その価値をtoC市場に届けることで、成果を何倍にも拡大することが我々の役割です」と強調した。

一般社団法人スタートアップエコシステム協会/A.T.カーニー株式会社の藤本あゆみ氏

 藤本氏は「企業によるスタートアップの支援の形としては理想的だが、一般的なCVCが同様のことを実施しようとすると、社内の反発があり厳しい状況に直面することも多い。その障害をどのように乗り越えたのか」と質問。これに対し、桝井氏は「丸井グループでも初期の3~4年間は、何のために投資しているのか理解が得られず、『夢物語だ』と否定的な声が多くありました」と振り返る。さらに「事業会社には単年度の利益を追求する役割がありますが、私たちの部署は5年10年先の未来を創ることが役割です。時間軸をどう合わせるかという課題は大きかったですが、役員を含めてグループ全体で共創活動に取り組むことで、ようやく全社的な理解を得ることができました」と述べた。理解が進むにつれ、トップの意識や社員の自己理解にも変化が生まれる可能性がある。

地域連携とグローバル視点で広がる可能性

 一方で、社会課題を解決しつつビジネスの規模を拡大することも重要だと藤本氏は指摘する。「日本では社会課題というと、近い範囲の問題と捉えられがちです。しかし世界的には、エネルギーや食糧、貧困など地球規模の問題解決を指します。その幅と範囲の大きさから資金が世界中から集まり、次の投資につながるサイクルが非常に速いのです。インパクトの定義を変えていきたい」と提案した。

 世界展開を進めているFiberCrazeの長曽我部氏もグローバルの投資家とのコミュニケーションを通じて、スケールの大きさを実感していると話す。ただし、投資回収には時間がかかるのが現実だ。FiberCrazeはVCからの出資に加え、岐阜県の老舗紡績メーカーである長谷虎紡績株式会社から事業投資として支援を受けている。この連携は、将来の繊維産業の発展を見据えた地域企業ならではの取り組みといえる。

 東海エリアはトヨタを筆頭に、製造業が集積している地域だ。地域の企業がシード期のディープテックスタートアップに対して直接投資を強化すれば、再び世界から注目される日本の主力産業が生まれるかもしれない。

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