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欧州最大のAIコンソーシアムが目指す未来

Cyber Valley アレクサンダー・ディール(Alexander Diehl)氏インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。

 Cyber Valleyは、AIやロボティクス分野の起業を支援するドイツのマックス・プランク研究所とフラウンホーファー研究機構が設立した欧州最大のAIコンソーシアムだ。欧州各国の大学と連携し、研究者の起業促進に取り組んでいる。Cyber Valleyシニアアドバイザーのアレクサンダー・ディール氏に、ドイツ、そして欧州におけるAI領域の起業支援についてお話を伺った。

Cyber Valley シニアアドバイザー アレクサンダー・ディール(Alexander Diehl)氏
アレクサンダー・ルドルフ・ディール(1975年生)。ドイツの起業家、エンジェル投資家、スタートアップ企業や成長段階の企業のアドバイザー。2006年にベルリンでデジタルデザインスタジオKKLDを設立し、2012年にWPP plcに売却。また、ニューヨークでArchitizer Inc.を共同設立し、2022年にMaterialBankに買収される。2011年、BMW iVenturesを設立し、2015年までマネージングディレクターを務める。Cyber Valleyのシニアアドバイザーであり、Wandelbots、Decentriq、Meshcapade、Reasonal、JF&Cといったヨーロッパのテクノロジー企業へのエンジェル投資も積極的に実施。ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックとキングス・カレッジ、英国マンチェスターのロイヤル・ノーザ・カレッジでクラシック音楽を学んだ。

AI領域の研究と起業をリードするCyber Valley

 Cyber Valleyは、ドイツ・バーテンヴュルテンベルグ州を中心にマックス・プランク研究所とフラウンホーファー研究機構が設立した欧州最大のAIコンソーシアムだ。シュトゥットガルト大学やテュービンゲン大学などドイツ国内だけでなく、ケンブリッジ大学やパリ大学、プラハ大学、アムステルダム大学など欧州各国の教育・研究機関と提携。また、AmazonやBMW、ダイムラー、ボッシュなどの民間企業、BMW i Ventures(米国およびドイツ)、Atlantic Labs(ドイツ)などのベンチャーキャピタルと提携し、AIやロボティクス分野の才能あふれる研究者たちの起業をサポート、業界の発展を推進する。

 Cyber Valleyに参加する学部は約100に上り、2000人以上のAI研究者が切磋琢磨しながら起業のチャンスを狙っている。中でも同取り組みの求心力のひとつとなっているのが、AI分野の博士課程向け学際プログラムIMPRS-IS(International Max Planck Research School for Intelligent Systems)だ。毎年世界中から1000人近くの出願者を集めるIMPRS-ISは、AI研究分野の最高峰として名高い。

「IMPRS-IS」
https://imprs.is.mpg.de/

「科学やディープテック領域の優秀な人材は大学院修了後、大手テック企業に就職するか、博士課程に進学することが大半です。そこに起業という選択肢が加われば、業界はさらに盛り上がります」。Cyber Valleyでシニアアドバイザーを務めるアレクサンダー・ディール(Alexander Diehl)氏は、同取り組みの背景を説明する。

 一昔前と比べれば、アーリーステージ向けの情報源は増え、投資も集まりやすくなっている。それでも、まだまだスタートアップの数は少なく、そこを伸ばしたいとディール氏は言う。

「研究からシードステージへステップアップするには、もっと注目を集める必要があります。シリコンバレーのような起業文化やエコシステムが成熟していない国・地域の場合、後押しをする仕掛けが重要。そこを担うのが、Cyber Valleyです」

スタートアップの卵を雛に育てるプログラム

 2019年に始まったCyber Valleyの取り組みはすでに芽吹き、スタートアップやVCのネットワークも徐々に拡大。起業成功事例も着実に出始めている。

 例えば、MARKT-PILOTは、AIがスペアパーツの市場ニーズをリードタイムなどに基づき分析し、最適な価格を提示するサービスを開発するスタートアップだ。ドイツ南西部は古くから重工業の中心地。町工場にグローバルな競争力をもたらすサービスとして評価も高く、2022年のアーリーステージで620万ユーロ(約9億円)の資金調達に成功している。現在は米国にも進出し、さらなる事業拡大を図る。

「MARKT-PILOT」
www.markt-pilot.com

 急成長株のAleph Alpha も、Cyber Valley発のスタートアップだ。画像処理と自然言語処理とを組み合わせたマルチモーダルAIを開発する同社は、ハイデルベルグの行政サービスで導入されたAIチャットボットが代表事例。学校の開校・閉校時間やパスポート更新の方法などを自然な会話で回答するチャットボットは、現在は5ヵ国語に対応し、方言も使いこなす。

「Aleph Alpha」https://www.aleph-alpha.com/

 取り組みをさらに加速させるべく、Cyber Valleyは2022年にインキュベーションプログラムを試験的に実施した。開催場所はシュトゥットガルトとテュービンゲン。全行程6週間のプログラムで、週1回オンサイトで終日ワークショップを実施し、起業のアイディアを研磨する。参加資格は、Cyber Valleyに関わり、AIや先端ロボティクス領域に取り組むスタートアップすべて。ドイツで起業していなくても、Cyber Valleyとコラボレーションするのであれば、日本を含む他の国や地域のスタートアップも参加できる。

 パイロット版では、研究機関や企業などさまざまな領域で活躍する人材が集まり、6チームを結成。AmazonとBoschが協賛し、事業評価にも参加。最後は3チームがめでたく起業した。この成功を受けて、2023年度からの正式開催が決定した。

「同じ分野で起業を目指す仲間を探す場としても最適です。参加者には、VCからのプレシード投資や機関投資の機会も与えられる。起業ノウハウや投資家など豊富なリソースに接することで、何かしたいという最初のひらめきを起業へ昇華できる場になります」(ディール氏)

スタートアップ育成に政府や行政の支援は重要か

 Cyber Valleyがここまでの発展を遂げた理由のひとつに、政府がスタートアップ支援施策を打ち出し、州の行政機関が強力にバックアップしたことが挙げられる。民間企業や金融機関がリスク回避から支援を渋る新興テクノロジーの領域には、国家レベルの支援が入ることは意義があるとディール氏は述べる。

「ドイツは日本のように安定・安全志向が強く、失敗に対する恐怖心から新しいことへのチャレンジに躊躇しがち。そうした国民性のある国・地域では、政府が新興テクノロジーで官民連携を推奨し、起業やチャレンジが評価されることを世間一般や次世代の人材に広く伝えることは重要です」(ディール氏)

 ディール氏は、東京都がスタートアップ育成支援に向けて2024年度の本格開業を目標に1000社規模が入居できる大規模なスタートアップ支援拠点の整備を進めている話題に言及。こうした取り組みが、起業文化の醸成や人材育成に良い影響を与え、市場の開拓や活性化を促すと評価する。

 政府の取り組みは、企業のマインドセットの変革にも良い影響があるとディール氏は指摘する。

「これまでドイツでは、大学を卒業して企業に就職するといった非常に明確なキャリアパスが重視され、企業もそれが当たり前と考えて人材を採用してきました。それが今は、起業する人材の精神面や技術スキル、マネジメントスキルなどでの豊富な経験を重宝するところが増えています」

イノベーションのスピードに合った特許申請のあり方

 Cyber Valleyにおける特許関連や技術移転などについては、例えばインキュベーションプログラムや不定期開催のワークショップなどで特許弁護士が講演することはあっても、Cyber Valleyが直接的にサポートすることはない。特許申請やライセンス契約などは、基本的には提携する大学や研究所などが所属する研究者たちをバックアップする。

「起業を考える人が、インキュベーションプログラムなどで仲間と出会っても、特許申請だけで何年もかかるとわかったとき、それであれば大手テック企業で高給取りになるほうが楽だと起業を断念してしまう可能性もあります。何かを生みだそうとする人たちの情熱の火を絶やさないよう、こうしたハードルはどんどん下げていきたい」と述べる。

 Cyber Valleyは、ドイツの連邦機関SPRIN-Dが計画する、特許や技術移転などに関連する法規制の緩和の取り組みに参加している。SPRIN-Dは、米国のDARPA(国防高等研究計画局)を参考に創設された政府機関で、先進的な研究開発に集中投資し、先進的な埋もれないよう支援する組織。日本のムーンショット型研究開発制度に似ているが、技術分野を絞らず支援するのが特徴だ。「ドイツも基礎研究の実用化に関わる課題を認識しており、イノベーションの芽を枯らさないための改革に挑んでいます」(ディール氏)

「SPRIN-D」
www.sprind.org

さらなる発展が期待される2023年

 2023年は、さらに活動の場を広がる年になりそうだ、とディール氏は言う。その第1弾が、テュービンゲンに開設されたELLIS Institute(European Laboratory for Learning and Intelligent Systems)だ。ELLISは、欧州におけるAIの基礎研究や実用化を促進し、AI分野における欧州のグローバルな競争力を確立することを目的に創立された研究機関。その初の研究施設がテュービンゲンにオープンした。

「European Lab for Learning & Intelligent Systems」
https://ellis.eu/

 欧州以外との取り組みも、これまで以上に活発化させるという。ディール氏自身、KKLDとArchitizer、BMW i Venturesの起業に携わったアントレプレナーでありエンジェル投資家でもある人物。次世代が活躍する未来を信じ、コミュニティの育成と醸成に向けて奔走する。

「AI活用はすでに始まっており、AI分野の起業も今後さらに活発になります。Cyber Valleyの使命は、AIが欧州社会に良い影響をもたらすための研究開発を支援すること。日本ともAIの未来をともに築くパートナーとして協力していければと期待しています」(ディール氏)

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