このページの本文へ

アスキーエキスパート 第61回

「Ethics(倫理)」と「Empathy(共感)」にまつわるAIの課題

SXSW 2019で議論されたAIと人類のあるべき関係性

2019年06月27日 09時00分更新

文● 帆足啓一郎/アスキーエキスパート

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

「AI天国」中国から感じた蓄積データの凄まじさ

“How AI is Changing Advertising in China”

 上記のように、AIの導入に関するさまざまな社会課題を意識しながら、慎重に事を進める路線に舵を切っている欧米の先進諸国に対し、政府主導で独自路線を突っ走っているのが中国である。その中国におけるAI動向の実態が紹介された本セッションは、多くの聴衆に衝撃を与えた内容であった。

 まず、中国は「AI天国」だという。理由として、中国の人口の多さをベースとした「数の論理」をイメージしがちだが、より重要な要素として、中国における「プライバシー」という概念(のなさ)が紹介された。

 人権を尊重する民主主義の立場からすると、市民のあらゆる行動がデータ化されている状況には、国家による統制・弾圧といったネガティブなイメージが強い。しかし、中国の一般市民にそのような意識はないという。なぜなら、中国のIT企業が提供するアプリがシンプルに便利だと感じられており、利便性を享受するために喜んで情報を提供しているからであるという実情が説明された。

 利便性の高さゆえに普及しているスーパーアプリの代表が「WeChat」だ。New York Timesが公開し、話題となったYouTube動画には、WeChatユーザーの典型的な行動の様子が描かれている。


 この動画を見ると、WeChatは一般ユーザーの間のコミュニケーションだけでなく、さまざまなサービスを提供するプラットフォームになっている様子がわかる。運営元のTencent社はあらゆるユーザーのみならず、企業などの行動も自社データとしてまとめて蓄積している。このデータを元にTencentでのAI関連研究が加速し、同社の新たなビジネスを生んでいる。

 TencentのAI関連技術が実現したビジネス事例のひとつとして紹介されたのが、ターゲティング広告の対象となるユーザーの自動選択だ(図4参照)。某グローバル家庭用品メーカーが、売りたい商品は決まっているが、どのようなユーザーに広告を打てばよいのかまったくわからない、という相談でTencentのAI研究所を訪れた。

 この無茶ぶりに対し、Tencentは自ら構築したAIのモデルに商品の情報を入力。それだけで、広告の対象とすべき20万人のユーザーのリストがあっという間に提示された。そして、そのユーザーリストに対し、実際に広告を示した反応は、そのクライアント企業が過去に経験したことのないほど大きなものだったそうである。

図4:Tencent AI Labによるターゲット広告対象ユーザの自動抽出の概念図

 AIの性能は、モデル構築のために与えられる学習データの量と質に大きく依存する。ユーザーの権利を尊重する欧米諸国や日本では、個人情報保護の観点から、データを収集する前にその用途・目的などを明示し、事前に許諾を得る必要がある。そのうえ、集めたデータを当初目的以外の用途で使いたくなった場合は、改めて許諾を取る必要があるなど、多くの手間がかかっている。

 中国の巨大IT企業は、この承認ステップを超え、ユーザーのあらゆる行動データを蓄積できていることが、本セッションにおいて強烈に示された。データを武器に新たなビジネスを次から次への展開していける中国のスピード感に対抗することは不可能なのでは……? と、絶望的な気持ちになってしまうほどだった。

 筆者が初めてASCIIにSXSW×AIの記事を寄稿した2016年時点では、開催直前にAlphaGoが囲碁の世界チャンピオンを破ったというニュースもあり、AIは新たなブレイクスルーを果たしたクールなテクノロジーとして、各セッションの議論で好意的にとらえられていた。AIがもたらす明るい未来を、誰もが疑っていなかったのである。そこからわずか3年後の今年、AIはこのまま放置しておけば危険だという共通認識が広まっており、今回のSXSWでのEthics議論の盛り上がりにつながっている。

 かつて、総務省が2016年にAI開発ガイドラインのドラフト(PDF)を公開した際には、日本国内のAI関連技術者・研究者の多くはネガティブな反応を示していた。役所が規制をかけることにより、日本が世界的なAI競争にますます遅れをとることを強く懸念した反応である。しかし、非・技術的な国際コミュニティーにおいては高く評価されていた。今年のSXSWで主張されたEthics関連の議論は、かつて総務省が先行的に提言した政府レベルでの規制の必要性が、遅ればせながらテクノロジーコミュニティーでも認められた象徴的な出来事のように思える。

カテゴリートップへ

この連載の記事
注目の特集
ライトニングトーク
最新記事
  • アスキー・メディアワークス
  • 電撃オンライン - 電撃の総合ゲーム情報&雑誌情報サイト!
  • 電撃ホビーWEB - 電撃のホビー雑誌・書籍&ホビーニュースサイト
  • 電撃文庫 - 電撃文庫&電撃文庫MAGAZINEの公式サイト
  • 電撃屋.com - 電撃のアイテムを集めた公式ショッピングサイト!
STARTUP×知財戦略バナー
IoTイベント(300x100)
ASCII STARTUPウィークリー・レビュー登録フォーム
アスキーストア(300x100)

スタートアップお勧め動画

ピックアップ