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古田雄介の“顔の見えるインターネット”第61回

死ぬまでに5000本は見たい――巨樹サイトの絶えない愛情

2009年11月23日 12時00分更新

文● 古田雄介

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観光地巡りの先には、巨樹の世界が広がっていた

―― まずは、高橋さんと巨樹との出会いについて教えてください。

高橋 1988年当時はコニカ関連の現像所に勤めてまして、休みのたびに全国各地の観光地を巡るのが趣味でした。ただ、もうメジャーどころはまわりつくしていたので、じゃあ、人が行かないような日本の伝統的な史跡などを見てみようと思い、最初に行ってみたのが天然記念物に指定されていた巨樹だったんですよ。今は枯れてしまったんですけど、会津にあった「前沢の大杉」という巨樹でした。それを見て「これはすごいものがあるな」と。

 それ以来ちょこちょこと巨樹を巡るようになって、1年くらい経ったときに「巨樹の会」を主宰されている画家の平岡忠夫さんにお会いしました。サイトでは平岡さんとの出会いがきっかけと書いていますが、その出会いによって余計弾みが付いたみたいです。

高橋 弘氏。公営の巨樹情報センター「奥多摩町森林館」にて、調査員兼解説員として活動する傍ら、環境省の巨樹データベースの管理も行なっている。また、日本火山学会会員でもある。趣味が仕事になると純粋な楽しみ方を忘れるという人は多々いるが、高橋氏は「そういう変化は全然ないですね」という

―― 巨樹の会と合流して、現在の奥多摩町森林館に勤めるようになったわけですか?

高橋 いえ、10年くらい前まで同じ現像所に勤務していたのですが、会社統廃合の波が押し寄せてきまして、希望退職で辞めました。その後は完全に無職の状態で3年半くらい全国の巨樹を巡ってましたね。その間に全国を二巡したと思います。それでお金がなくなっちゃったので、フォークリフトの免許をとって、倉庫で3年くらい勤めました。そして、5年前に平岡さんから「森林館に欠員が出たからこないか?」と誘われて、現在に至るという流れですね。

―― なるほど。では「日本の巨樹・巨木」をスタートしたのは、現像所にいた頃ですかね。きっかけを教えてください。

全国の巨樹の写真とデータがメインコンテンツだ。現場で調べたデータに加え、脇によくある解説板や環境省所有のデータの併記もしており、場合によっては成長の度合いを測ることもできる。また、「お勧め度」や「到着難易度」の指標は鑑賞しに行く際に重宝する

高橋 そうですね、現像所時代でした。PCに詳しい友人がいて、「それだけ巨樹の写真を撮っているなら、ウェブで公開したほうがいい」と勧められたんです。最初に見た前沢の大杉がその2~3年後に枯れてしまったんですね。そういうこともあるので、巡った巨樹は写真に収めておこうと考えるようになって、当時で2000本くらいの巨樹の写真を持っていたんです。

 ただ、1997年の頃はフリーで使えるホームページ容量は5MB程度がほとんどで、写真を載せまくっているとすぐに足りなくなりました。そこで海外のサービスで「kyoboku.com」というドメインを取得してスタートしたわけです。写真をスキャナーで読み込んでアップしての繰り返しで、結構手間でしたね。最近はデジカメで撮っているので更新が楽ですよ。今掲載していないフイルム時代の写真は、もうめったには掲載しないでしょうね。

―― ただ、手間という意味では、各巨樹に関する歴史的な文献から言及箇所を引用したり、樹木のデーターベースから必要な情報を持ってきたりと、そちらのほうがすごく大変な気もします。もう趣味の域は完全に越えている気がするんですけど、ああいった情報はどうやって集めているのですか?

高橋 神田の古書街などに行って古い本を買ってきたり、知り合いの教授に文献を教えてもらったりして集めています。現職に就いてからは環境省の巨樹データを管理する仕事もするようになったので、そういうデータに触れやすい環境が整っているのも大きいですね。

 基本的に飽きっぽい性格なんですけど、木に関してはきっちりやっているかなと思います。あんまり面倒くさいという感情が沸きません。ただ、フイルムをスキャンする作業だけは、ちょっともういいなかと(笑)。

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