冨田勝所長に聞く。“ダメ元精神でベストを尽くす” 庄内文化と人語(じんかた=人生を語る)が育む鶴岡発起業のマインド
鶴岡発スタートアップの継続する力はどのように醸成されたのか
人語(じんかた)飲み会からイノベーションのマインドが生まれる
―起業した9社全部が存続しているのも、こういった強い信念によるものかと。このマインドはどのように育まれているのでしょう?
「人語(じんかた=人生を語る)」と称する飲み会をよく開いています。「ビジネスって何のためにあるのだろう?」「そもそも人間はなんで生きているのだろう」と人生を深堀りして話をしていくとぼんやりと見えてくるものがある。慶応SFCに勤めて学生を受け持つようになった1990年から30年以上、月に2、3回はやっているので、もう1000回くらいはやっているんじゃないかな。例えば、卒業生とのプチ同窓会や研究会の合宿の夜に、明け方まで飲みながら人語をします。「人語」宣言をしたら、それ以外の話題を話すのは禁止。人生とは、という話のほか、サイエンスや政治の話もアリの「意識高い系飲み会」です。
会議室や教室では優等生的な発言になりがちですが、飲み会の席でなら変なことを言っても許される雰囲気があるから思い切ったことが言える。Spiberの関山(和秀)君たちの人工クモ糸をつくるアイデアも飲み会の席で言ったのが始まりです。もし会議室で同じ発言をしたら、「すでにNASAがやっているし、君たちはどういう戦略でやるんだ?」と馬鹿にされて終わってしまう。飲み会だからこそ、盛り上がっていろいろなアイデアがぽんぽん出る。その9割はただのアイデアで終わってしまうけれど、それでもいいと思う。
―私も参加させていただきましたが、人語は実際に体験した人にしかわからない面白さがありますよね。
意識の高い飲み会は、盛り上がるとエンドレスになるくらいに面白い。日本人はなかなか友人や仲間と意識の高い話をする機会がないけれど、本当はしたいんじゃないかな。大前提として、絶対に善いというものはありません。多くの人がいいというものはあっても、一部の人は違う意見を持っている、と最初に宣言すると話しやすい状況になります。最初のうちはほかの人の話を聞くだけで終わるだろうけれど、そのうちぽつりぽつりと自分の意見を言うようになる。こうしたカジュアルな人語の積み重ねからマインドが醸成されていくのではないでしょうか。
―東京と鶴岡とで違いは感じますか?
鶴岡には「慶應の研究所だからいいかな」という中途半端な研究者がいない。茨城や静岡であれば東京から通えるかもしれないけれど、山形にはさすがに通えませんから、研究をするために思い切った決断をして引っ越してくるわけです。来たからにはやるしかない。この絶妙な距離がいいスクリーニングになっています。もうひとつは鶴岡は食の都で、庄内料理を食して地酒を飲むこと自体が文化的な活動なわけです。飲みに行って人語をするにしても東京とは少し雰囲気が違う気がします。移動はほとんどクルマで帰りは運転代行なので、終電を気にすることもなく、腰を落ち着けて人語ができます。
―HMT、Spiberからメトセラ、MOLCURE、と続いています。具体的に何かを教えられずとも、後輩たちに何かが伝わっているように思います。
例えば、研究会の新人向けのプレゼンや市民講座でSpiberなどの話をよくします。人語飲み会は人数が限られますが、講演で話を聞く機会があるし、雑誌や新聞記事に載ることで刺激を受けるんだろうと思います。Spiberの関山君は「利益を出すのは手段に過ぎない」とずっと言っていて、綺麗事のように聞こえるかもしれませんが、彼は本気でそう思っているんです。そういう人って日本では珍しく、エンジェル投資家も応援したくなるのでしょう。関山君がどんどんスターになっていくのを見て、強い信念を持ってやるのはカッコいいだけじゃなく、成功する秘訣かもしれない、とあこがれるんじゃないかな。
一方で、現実をしっかり見ることもすごく重要。理想は現実から始まりますから、理想に向けてまっしぐらになるのは残念で、足元の石につまづかないようにすることも同時に重要です。理想と現実の折り合いをどうつけるか。それが人生なのだと私は思います。