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攻殻機動隊とメタバース。神山健治監督が見つめる「今と未来」の世界

神山健治(映画監督)

特集
Project PLATEAU by MLIT

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草薙素子がバーチャル世界を“容認しなかった”ように描かれた理由

――現在「メタバース」がブーム的に盛り上がっている。Project PLATEAUで作られた都市データも、メタバース内で都市や地域を再現するために使われるケースも増えている。メタバースは、まさに『攻殻機動隊』の中で描かれたような世界でもある。

 特に『攻殻機動隊 SAC_2045』の第2シーズン(2022年5月にNetflixで配信開始)では、ポスト・ヒューマンである「シマムラタカシ」が1つの軸になって話が進む。すでにメタバース的ネットワークが存在する『攻殻』世界で、さらにAIを中心としたテクノロジーもからみ、「ネットワークにつながった人間の、さらに先にある進化の姿」として描かれる。

 この点、作中でひとつの物語上のギミックとして登場するのが「Nの世界」である。「現実を生きながら、摩擦のないもうひとつの現実を生きられるようになった世界」と劇中では語られている。「N」はシマムラタカシによって作られたプログラム「ミニラブ」によって、一人一人が強く管理されつつも「それぞれが幸せな世界」で快適に生きる形を生み出すものだった。Nの世界はディストピアにも思えるが、その既成概念に彼らはとらわれなかった。

 そうした世界は、前述の通り「今」を見据えた上で描かれたものだ。監督の目から見た「今」、すなわち2022年とはどんな時代なのだろうか。

神山:前作(『STAND ALONE COMPLEX』)の最後の作業が2006年だったと思うんです。『攻殻機動隊 SAC_2045』の制作をスタートさせたのが2017年で、10年が経とうとしている。当時の段階で、「今」をまず延々話し合って、「今」の正体を考えました。

 インターネットが登場し、現在では『攻殻機動隊』の世界を、ある分野においては現実が追い抜きかけています。もちろん、まったく実現しないものがありますが。その中で、国家と2017年を見ていくという、ある種の思考ゲームみたいなことをしながら開発していくのですが、「本当に個人を規定するものは一体なんなのか」という『攻殻』のテーマをもう一度なぞっても、新しい作品は作れないのです。

 その先に見えてくるものはなんだろうね……とずっと考え、出てきたのが、あの作品です。

©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会

 『攻殻機動隊 SAC_2045』の中では、「バーチャル」の捉え方に世代差を作ったのです。

 これまでの『攻殻』のルールで言えば、身体性に基礎づけられた「ゴースト」(機械化・ネットワーク化されてもなお失われない、人のパーソナリティを司るもの)を失うことが一番ネガティブに捉えられてきました。

 だから、主人公である草薙素子はネットの申し子のような存在ですが、その先に広がっているバーチャル世界を「容認しなかった」ように描いています。

 でも、「N」や「ダブルシンク」がもたらした、個人のアイデンティティが消失した、摩擦のないバーチャル世界を生きることをユートピアと捉えることもできる。この新しい世界へと踏み出そうとしたのが、ポスト・ヒューマンです。

 本来、過去作では、そういう役回りは草薙素子が担ってきました。

 しかし、どうしても「ゴーストがある」のが人間であり、素子にもゴーストがある。ゴーストこそが『攻殻』の世界観での最小単位であり、絶対的ルールです。「さすがにそれをここで破るのはちょっとルール違反かな」ということで、新しいキャラクターで展開した、という部分があります。

 今回、ひとつのモチーフとして、ジョージ・オーウェルの小説『1984』を使いました。『1984』は管理社会のディストピア小説と言われますが、ポスト・ヒューマンであるシマムラタカシは、あれを少年の日に読んで「理想郷だ」と感じたんですよ。彼にとっては、これまでの人にはディストピアと思えるものでも「理想郷」なので、それを実現していくことが自分にも課せられた使命だと考えたわけです。だから「ミニラブ」を作り、「Nの世界」を作った。人類全員を幸せにするトライアルに対して、彼の世代はそういう結論を出した。

 「Nの世界」では、個人を規定するアイデンティティを失うかもしれない。肉体を失い、本当に個人を規定する概念を失うかもしれない。

 けれどそれでも、誰かが管理し、誰かが裁いてくれるほうが、1人1人にとってストレスがなくなっていく世界なんだ……と、シマムラタカシは考えたわけです。

 そこで素子は、先の世界をネガティブに捉えたので「先の世界に行かなかった」わけじゃない。僕の気分としては、彼女は自分が、「人を超えた先の世界」が広がっていく可能性の蓋を開けたことに対する罰として、自分だけは旧世界を守ると決めた、という考え方なのです。

 世代差を描いたのは、新しい世代が先を作っていくのだろう、と考えたからです。

 世代を越えられない、自分たちが慣れ親しんだ時間、あえて「時間」と言いますが、それが変わっていくことを乗り越えていけないかもしれない……ということです。そこには僕の体感も入ってしまっていますが、乗り越えるには1世代くらいはかかるのかな、と。自分が持ち得てしまった価値観をどうチェンジさせていけるかが、次の重要な要素になるかもしれない、と思いながら描きました。

――「Nの世界」へと人々を導くトリガーは「ノスタルジー」だった。そのために、シマムラタカシの作ったミニラブは「郷愁ウィルス」とも呼ばれた。これはどんな発想から来たものなのだろうか。

神山:「郷愁」を選んだ理由は、僕の思考実験とも重なるところがあるのです。

 自己を見つめ直すという意味で、「精神科のカウンセリング」について、少し調べました。そこまで深く勉強したわけじゃないですけれど……。どうやら「成功体験と恐怖」、自分でも忘れている最も古い記憶が、現在の自分の考え方の基礎になってるらしいのですね。

 自分が今いるコミュニティの中でうまくいっていないと感じていた場合、当然みんな、「うまくいきたい」と思いますよね。そこで「うまくいった」ときが、自分の最高の体験として記憶に残る。成功体験に人間は固執するんですよ。

 例えばですね、「泣くとおもちゃを買ってもらえる」という成功体験が、そのまま固着している大人もたくさんいるらしいんです。

 泣けばおもちゃが手に入る、っていう成功体験を社会人になって実践していたら、だいぶ危ない人なわけじゃないですか(笑)。これは極端な例ですけど、それに似たことっていうのは、ほぼ誰の中でも起きているのですね。

 ノスタルジーに潜っていって、そこに閉じこもっているのか、それとも、そこでの成功体験に固執したまま今を生きているのか。もしくは俗にいう「トラウマ」。これはもうちょっと深刻なものですが、どういったトラウマに縛られているだろうかとか。

 そういった過去を潜っていって、どの段階で「体験」がロックされているのか。20代以前の場合が多いらしいんですが、例えば高校時代に受けたトラウマがあって、どうしても自分がそれを超えられない、だから集団の中で生きていくのが生きづらい……みたいなパターンですね。これはわかりやすい例ですけど、それを見つけて、かかっている「ロック」を外さないことには、そこら先に行けず、新しい価値観には変えられないのです。

 シマムラタカシは自分の一番古い、自分のトラウマである体験まで潜って、それを電脳の中で解決したというか、乗り越えたわけです。

 自分のそれまでの正義とは逆の正義に辿り着いた。平等こそが自由、のような。どの世代にもあることです。

 「Nostalgie」に潜っていくと、自分の価値観がリセットされる。「Null」になる。

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