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「弱いのに勝てる」が戦略の面白さ。スタートアップが世界で勝つには、いかに自分たちを有利にできるか

【「第3回IP BASE AWARD」知財専門家部門グランプリ】大野総合法律事務所 弁理士 森田 裕氏インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

 第3回「IP BASE AWARD」で知財専門家部門グランプリを受賞した森田 裕氏は、スタートアップエコシステムの成熟へ向けて、知財戦略の調査研究や、大学やスタートアップへの知財支援の活動を続けている。これまでの研究から見えてきたこと、知財戦略の実効性を高めるための支援体制づくりについて伺った。

大野総合法律事務所 パートナー 弁理士 森田 裕(もりた・ゆたか)氏
東京大学大学院理学研究科生物科学専攻修士課程修了後、独立行政法人理化学研究所ジュニアリサーチアソシエイトに入職。2006年3月 筑波大学大学院人間総合科学研究科分子情報・生体統御医学専攻博士課程修了。同年4月に独立行政法人科学技術振興機構に入社し、特別プロジェクト推進室および研究プロジェクト推進部に所属し、スタートアップ支援環境の必要性を考えるようになる。2011年2月、協和特許法律事務所入所後、弁理士登録。2014年6月、大野総合法律事務所入所。2020年1月 パートナーに就任。2018年度から特許庁知財アクセラレーションプログラム(IPAS)知財メンターに就任。2022年、第3回「IP BASE AWARD」【知財専門家部門】グランプリ受賞。

調査研究と実践の2つのアプローチで支援体制の強化に取り組む

 森田氏は、バイオ・ライフサイエンスの専門家として、スタートアップやアカデミアへの知財支援、メディアでの情報発信、知財戦略の調査研究などの幅広い活動に取り組んでいる。「第3回IP BASE AWARD」知財専門家部門のグランプリ受賞は、こうした長年の活動が評価されたものだ。

 同氏がスタートアップ支援活動を始めた経緯や知財コンサルティングの必要性については、2019年にもIP BASEではインタビューを行なっている(参照記事「高度な発明は特許制度になじまない 権利範囲を狭めてしまう誤解とは」)。

 グランプリを受賞した森田氏が注力しているのが、調査研究と実践の2つのアプローチで支援体制を構築することだ。調査研究は、2011年に日本弁理士会のバイオライフサイエンス委員会に参加した2011年から10年以上にわたり続けている活動だ。最初は大学発イノベーション支援の検討を中心にしていたが、最近はスタートアップへと対象が移ってきているという。

 実践の場は、大学や研究機関、スタートアップへの知財支援となる。森田氏は2008年から国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」に知財専門家として参加し、東京大学、筑波大学の2拠点で知財顧問を担当している。地方の小さな大学が自力で支援体制を構築するのは、人材的にも予算的にも難しい。このプログラムは、拠点となる国内10大学に専門家を集約させ、必要に応じて他大学も相談に行けるようにするものだ。

「大学の基礎研究を臨床へ活かすことがこの事業の目的であり、スタートアップを設立して事業化するなど、出口に向けた支援を加速する仕組みが整いつつあります。こうした仕組みをいかに広げ、レベルアップさせていくかが次の課題です」と森田氏。

ひとりで活動するには限界がある。活動の輪を広げるため、2021年には外国のスタートアップの成功例を調査する自主研究会(以下、研究会)を発足。初年度は20人が参加、今年は27人にメンバーが増え、それぞれ関心のある分野での調査研究に取り組んでいる。

「外国のスタートアップのビジネスモデルは非常によく練られており、それに対する知財戦略も明確で精緻。それに比べて、日本のスタートアップはビジネスも知財戦略もあいまいで、形骸化された中でやっていることが多いように感じます。外国のスタートアップの多くの事例を学ぶことで、見えてくるものがあるのではないでしょうか」

戦略次第で逆転できるのが知財の面白さ

 海外スタートアップの研究からはどんなことが見えてきているのか、わかりやすい例をひとつ紹介してもらった。

「成功している海外スタートアップは、事業のキーとなる知財の取得にすごく力を入れています。例えば、技術開発の世界では、研究だけに着眼していると、時間経過とともに技術を深堀りすることになりがちで、その結果、開発が進む毎に得られる特許が狭くなっていく傾向があることが知られています。したがって、研究を深掘りしたり、技術の効果を高めるための研究だけに注力するのは、特許戦略上は好ましくない場合があります。

 これに対して、研究会のメンバーの成果の一つなのですが、あるスタートアップは量子コンピューターの技術開発が世界中で進む中で、量子コンピューターの技術そのものではなく、量子コンピューターを使う際に従来型コンピューターから指令を出すインターフェース技術、すなわち、『量子コンピューターの実用化において必須となる技術』に着目することによって、とても広い概念特許を取り、非常に有効に活用していることがわかってきました。

 技術の深化のみに着眼するよりも、この事例のように実用化するときに必須となる技術の特許を取ることで、他者の技術開発を包含する概念特許を成立させられる場合があります。この戦略は実はさまざまなところで実践されている汎用性の高いものであり、後追いでも戦略次第では先行する会社を出し抜く特許を取得できるわけです」

 現時点では可能性が見えずとも、将来急激な成長が見込める分野で、実用化に際しての制約条件をいち早く見出し、当該制約条件を突破する技術を開発して特許化すれば、技術的には後発でも特許戦略で逆転できる可能性があるわけだ。

「強い会社や人が勝てるのは当たり前。後追いで入った人、弱いのに勝つのが戦略の面白さ。スタートアップの体力は弱い。世界で勝つには、いかに戦略をうまく使って自分たちを有利にするかを考えなくてはいけないのです」

 この2、3年は調査研究にフォーカスし、研究会の成果を対外的に公表していく予定だ。

「新しい研究成果を多くの知財関係者に見てもらうことで、有用な戦略を知る人材が増え、新たな支援実務の仕組みを考えられる人が増えてエコシステムが成熟していくと考えています。どのような戦略がどのように有益なのかを理解できれば、戦略を立案し、実行できるようになります。ここが重要です。単に明細書を書くだけではなく、弁理士がより上位の戦略立案から経営者をしっかり支援していく。さらに知財戦略により出願自体を強化していく流れを作っていくのが目標です」

実践できる知財戦略を提示できる専門家を育てるには

 森田氏が考える日本の課題は、知財戦略の重要さはわかっているが、具体的に何をしたらいいのかわからない点にあるという。

「専門家から、このケースであればこの戦略をとれば逆転できる、といったメニューを明確に提示できればスタートアップも心強い。弁理士は単に粛々と明細書を書くだけというのではなく、うまくいけばこの企業を勝たせることができる戦略を導出し、その戦略の面白さ、興奮をスタートアップと共有することで、自分の明細書の意義や位置付けをインパクトのあるものへと昇華させることができ、その楽しみを感じながら仕事をできるとよいのではないでしょうか。これは関与する全ての人にとって非常にエキサイティングな経験になるはずです」(森田氏)

 実際に森田氏は、支援先には全社的に取り組む価値のありそうなメニューをいくつか提示し、そのなかから興味のあるもの、できそうなものを選んで、取り組んでもらっているそうだ。

「(専門家が)支援先が徹底的に追求したいと思える戦略を提示できれば、スタートアップは自発的にさまざまな取り組みを展開していきます。支援者側も非常に忙しくなりますが、やりがいが大きく、支援先と一緒に一つの大きなプロジェクトを達成していくような一体感のある支援が可能となります。このようにして、全員の熱と本気度が高まるからこそ、その会社用にカスタマイズされた有用な戦略が実行可能なものとなり、企業の成長を実質的に後押しすることにつながるわけです。勝ちに向かって整え、狙った通りに戦略が実行されて権利化に成功したときの達成感は何物にも代えがたいものになるでしょう」

 またこのような戦略を立て、実践できる専門家を増やしていくため、森田氏は勉強会を開催し、調査研究から得られた知見を共有している。

「戦略は立てるだけではなく、実践することが前提。調査研究でも実践できる戦略を中心に抽出するようにしています。実践できる形に落とし込んだものを世の中に広めていき、自分たちも使っていく。メニューが増えると、あらゆる場面に対応できるようになってきます。加えて、それが道しるべになり、自分でも新しく作れるようになります」

 研究会のメンバーは領域を限定せず、ITをはじめ、情報通信、機械・デバイス、化学、バイオ、医学などあらゆる分野の専門家が参加しており、また、相互にディスカッションをする体制を整えているために、お互いに他の分野から得られる知識も多い。

「調査は宝の山。調査するほどにどんどん面白い成果が出てきている状況ですので、この状況が続く限りはやっていきたいです。ひとりではやりきれないけれど、研究会を通じて、多くの専門家の方と一緒に研究することでお互いに成果の共有や活用ができます。研究会で重視しているのは、自発的に調べること。自分の興味でどんどん進めてもらっています。批判をして潰すことは決してせず、どんな研究でもほめて加速させていく姿勢で、研究を大きく発展していただいています。

 研究会では、周りのメンバーの研究を見て感じることで、自分の研究能力も磨かれていきます。そうなると研究会を終えても、一人で研究を継続できますし、ここで得た調査能力はその後も様々な戦略導出のための調査に使えますから、その方の一生の財産になるはずです。そして何人もの専門家がそれぞれ何十時間もかけて出した研究成果から得られる興味深い示唆も、研究会に参加して得られる財産です。そのような財産を一緒に共有できることは、非常に大きな喜びですし、参加者各人の実務力を高めることにつながるであろうと確信しています」

 単体で金銭的価値のある知財戦略のコンサルティングを提供している弁理士はまだまだ少ない。森田氏としては、このブルーオーシャンの領域に多くの専門家に挑戦してほしいそうだ。

「コンサルティングではお金を取れない、などとよく言われますが、それは価値が見えていないか、提供ができていないから。むしろ、会社を成功させるための勝てる戦略を立てられる専門家になれば、料金を高く設定しても求めてもらえるはずですし、絶大な信頼を得ることができると考えられます。高級品を高く売る世界で活躍できるのが知財戦略の世界です。

 しかし、まだまだ層が薄いのが現状です。そのため、この先、何十年も活躍できる若い弁理士の先生をコンサルティング分野に増やしていきたいと思っています。若手が活躍するチャンスは十分にあると思います。経験が浅いうちはベストプラクティスの仕事ができないとしても、研究会などを活用して徐々に成長していけばよいのです。また、支援する会社と一緒に成長していくことができます。若く上昇志向で成長盛りの弁理士にお願いしたいという企業は少なくないはずです。重荷を負いながらも自ら大きく成長し、その会社も一緒に成長していただき、そして、成長したらその会社を次世代のリーダーとしてサポートし続ければよいと考えています。

 支援先の経営者にお勧めなのは、若く優秀な弁理士を見つけて、一緒に成長していく形を作ることです。すでに実績を積んでいる弁理士は忙しくて自らは対応しきれないことが多いでしょう。ですので、実績を積んでいる弁理士ではなく、あえて、一緒に成長できる若くて優秀な弁理士を探すのがよいのではないかと思います。専門家に自分の会社のことに深く関わってもらえるかは極めて重要です。優秀な若手を巻き込むことができれば、会社は良い形で成長できるでしょう。そして、優秀な若手をどう探すかをよく尋ねられます。まずは会ってみることがお勧めです。良い弁理士に出会えるまで、何人かに会ってみることは重要です。弁理士の仕事は千差万別。自分たちの会社に合う専門家を何人も会って探すのがおすすめです。

 我々の研究会もコンサルティングに意欲的な専門家が学ぶ場、研究する場を提供し、ベストプラクティスを実践できる専門家の成長を促し、スタートアップエコシステムの発展に寄与していきたいと思っています」

スタートアップには必ずやってくるリスクがあってもチャレンジしなければならない場面

 スタートアップ側も専門家任せにせず、戦略に基づいた権利化を進めることも大切だ。スタートアップは知財の知識や戦略がないままに特許出願して、役に立たない特許になってしまうケースが多い。特許戦略の失敗を防ぐには、特許事務所に出願手続きを依頼する際にセカンドオピニオンを付けることを勧めている。

「現状の日本の代理人は、軍師でもコンサルタントでもありません。代理人というのは、多くの場合には、企業の意向通りに『代理』を行なう種類の専門家と考えられています。したがって、企業側が正しい意向を持たなければ、正しい手続きはなされず、また、戦略的に間違った意向を持てば、手続きも間違ったものになってしまいます。したがって、企業としての意向の内容や、代理人に依頼する手続の内容を戦略的に正しいものに修正していくことが求められます。

 注意事項はそれだけではありません。代理人は、通常は対費用効果の観点から拒絶理由通知を受ける回数を最小限にすることを優先するので、権利を必要以上に狭くしがちである点にも留意が必要です。これ自体は通常の実務なので悪いものではありません。すべての案件で全力を尽くすと費用が膨大になりすぎる可能性があるためです。

 しかし、スタートアップの基本特許は、この通常の実務で対応するべきものではないのです。通常の実務により狭く権利化されてしまうことを防ぐには自分たちの事業をしっかりと守れる形に権利を成型してくれるセカンドオピニオンが必要。例えば、リスクのあるチャレンジングな戦略を代理人から勧めてくることはなかなかありません。それで失敗したら面目がつぶれてしまうからです。出願人に不要な出費をさせたとして責め立てられるかも知れません。

 ですが、拒絶理由が解消しないリスクが多少あっても、「経営的観点」で可能性があるならチャレンジしなければならない場面というのはスタートアップには必ずやってきます。

 代理人からの保守的な戦略提示に対して、案件の重要性に応じて、セカンドオピニオンとして企業側の立場で企業側に有利な権利が取れるように調整してくれる人がいると、バランスが取れて、取得できる権利が変わってきます。セカンドオピニオンを社内で雇えない場合には、外部の専門家と契約してセカンドオピニオンを依頼することがおすすめです。逆にこれをしないと、取りやすい権利が取れるだけで、それが経営的観点で使える権利であることまでは保証されないという状況が生じ得ます。スタートアップの屋台骨になる特許で重視されるのは、取りやすい権利ではなく、経営的観点で使える特許を取ることであることは明白です」

 最後に改めて、今後のスタートアップエコシステム発展に求められることを伺った。

「社会としての人材の流動性をもっと高めたほうがいいと考えています。優秀な人がたくさん入ることで、資金がたくさん入り、それによりさらに優秀な人材が入ってくる、という正のスパイラルを作らなければいけません。人材の流動性が高い米国では、資金も人も集まります。

 例えば、2022年1月、創業と同時に約3000億円もの資金調達を達成した米国のバイオスタートアップAltos Labs(アルトス・ラボ)は、ノーベル賞受賞者が4人も入っており、約1億円もの年収を提示して世界最高水準の研究者を引き抜いています。人が資金を呼び、資金が人を呼ぶという好循環の一例です。

 対して、日本は人材の流動が低く、適材適所になっていません。この点はとても重要な問題であると認識しています。人材が適材適所に配置され、人々の努力が前に進む力に転換されることで、実用化が進み、資金の流入が起こり、新しい優秀な人材がエコシステムに入ってくると考えられます。資金の流入だけでは物事は進まず、資金を生かすためには人が必要であるという観点では、優秀な人材がスタートアップエコシステムに流入するように、人材の流動性がより高められることが重要であると考えています。この点社会システムの大きな変革が必要かも知れず、政治や行政の力が求められているかもしれません。もちろん、我々も優秀な方が参入しやすい環境作り、優秀な方が溢れる環境作りに努めたいと思っています」

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