狙いは核融合炉実現の先 脱炭素利用を目指す京都フュージョニアリング
発電にとどまらない、脱炭素・宇宙にも進出を目指す核融合スタートアップ
京都フュージョニアリング株式会社は、京都大学発の核融合スタートアップ。核融合エネルギーの実用化に向けて、発電と燃料サイクルのための排気系とブランケットを始めとする主要コンポーネントの研究開発に取り組んでいる。同社の特徴は、発電だけでなく、その先にカーボンの固定化による脱炭素を目指していることだ。Co-Founder/CEOの長尾 昂氏とCo-Founder/Chief Fusioneerの小西 哲之氏(京都大学エネルギー理工学研究所教授)に、同社の技術と脱炭素の仕組みについて話を伺った。
20年後には核融合エネルギーが身近なものになる
水素の同位体をもちいた原子核同士の反応を利用し、融合時に取り出されるエネルギーを利用したのが核融合炉だ。普遍的に存在する資源を利用できるほか、廃棄物処理問題や原子力発電のようなリスクも少ないため、次世代のクリーンエネルギーとして、その実現が期待され続けている。
超高温かつ超高真空となっている核融合炉の内部は、燃料である重水素(2H)とトリチウム(3H)の粒子がプラズマ状態で飛び回っている。重水素とトリチウムがぶつかることで核融合反応を起こすと、ヘリウム(4He)と中性子が発生する。炉の中心部に展開される1億5000万度のプラズマを囲むブランケット(核融合炉の内壁を構成するパーツ)にこの中性子を取り込み、リチウムと反応させてヘリウムとトリチウムに分裂し、その際に発生する熱を取り出すのが核融合発電の主な仕組みだ。
京都フュージョニアリングではこのブランケットのほか、未燃焼の燃料・核融合生成ヘリウム・不純物を取り出す排気装置(ダイバータ)、プラズマ着火用の高周波マイクロ波ジャイロトロンの開発に取り組んでいる。
核融合エネルギーの実用化はまだまだ先だ思われるかもしれないが、すでに世界には74基の実験炉があり、現在も15基が開発中だという。特に米国では2035年までに1号機の完成を宣言しており、2040年には商用化となる見込みだ。
国際熱核融合実験炉ITER(イーター:International Thermonuclear Experimental Reactor)は2025年の運転開始を予定しているが、2000年ごろの概念設計の終了からすでに20年以上が経過した現在、ITER計画に関わった各国の研究者たちが次々と核融合スタートアップを設立している。
京都フュージョニアリングもITER計画に携わった京都大学 エネルギー理工学研究所の小西 哲之教授が共同創業した日本発の核融合スタートアップだ。世界で約50社の核融合スタートアップがあるなか、他社はプラズマ部分の技術に特化しており、京都フュージョニアリングの担う炉工学の領域とは競合せず、むしろ各社にブランケットやダイバータを提供するパートナー関係にあるそうだ。ちなみに、核融合システム全体の寿命は約60年だが、ブランケットと排気装置は約2年おきの交換となるため、カートリッジビジネスのような安定した収益を見込んでいる。
核融合の熱エネルギーを脱炭素に利用
同社の考える核融合炉は、発電にとどまったものではない。風力発電や太陽光など、発電に関するリソースは今後も拡充されていくことが予想されるが、水素ガスを生成するプラントと空気中のCO2をカーボンに固定化するプラントを兼ね備えたものは核融合炉がなければ難しい。
核融合で発生する950℃の熱を用いれば、バイオマスから水素の生成とカーボンの固定化が可能になる。上述のとおり、現在同社が取り組んでいるのは、融合炉で使われる高周波マイクロ波ジャイロトロン、ブランケットやダイバータの研究開発が中心だが、2030年からは水素ガス生成・カーボン固定化ビジネスを本格化し、2050年までには脱炭素プラントが世界中に建築されることを目指している。
小西教授いわく、「産業革命以降に人間がやったことは、化石化したカーボンを地中から掘り起こしただけ。この掘り出したカーボンを地中に埋め戻して、人類の負債を償却したい。熱効率を考えると核融合エネルギーを使って脱炭素を達成するのはシンプルな発想」だそうだ。
2040年に商用の核融合発電所が完成していると想定すれば、2050年には複数の核融合炉があり、CO2の固定化プラントが入っていてもおかしくない。
将来的には、脱炭素によるカーボンクレジットを発行し、エネルギー取引の事業化も視野に入れている。電気の値段が高くなれば発電し、カーボンクレジットが高く取引されればCO2を固定化させることで、エネルギー価格を均衡に保つことも可能だ。
核融合ロケットエンジンで木星へ
同社が目指すビジョンは核融合炉、カーボン固定化プラントにとどまったものではない。
宇宙放射線の影響から、宇宙飛行は3年以内が限界と言われている。現在のロケットエンジンで火星に行くには8ヵ月、木星までは2年半近くかかってしまう。核融合ロケットエンジンが実現すれば火星には片道3ヵ月ずつしかかからず、木星に行くことも可能になる。
「アルテミス計画が実現すれば、2040年には月に1000人住んでいる状態になっています。子どもたちの時代には、月からシャトル便で火星や木星に行けるかもしれません」と長尾氏は夢を描く。
「核融合の研究が始まった1920年から約100年。ようやく実現できる技術がそろってきたところ。実際に核融合炉をつくるには膨大な費用がかかりますが、一方で我々は1日に100億リットル以上の石油を消費しています。以前は、長い期間のかかる革新的な技術の研究は国や大学に委ねられていましたが、今はスタートアップがその役割を担うようになってきました。お金と人とモノを一気に集めるメカニズムも含めての技術開発だと思います」と小西教授。
これまで核融合の研究を続けるには、大学に残るか量子科学技術研究開発機構(QST)に就職するしかなかったが、スタートアップの設立は同分野の学生にとってもチャンスが開く。
京都フュージョニアリングでは今後、装置の量産化へ向けて、国内に製造工場を建設する予定。現在は15名ほどの規模だが、採用活動も積極的で、海外法人の設立も計画している。