「いいプロダクトは顧客との対話から」30億を調達し不動産市場DXを目指すestieが得た学び
データ統合基盤と業務システムで変わる日本の商業用不動産市場
株式会社estie(エスティ)は、日本の商業用不動産市場における情報の非透明性を改善すべく、データベースを活用したSaaSプロダクトを提供するスタートアップだ。同社製品「estie マーケット調査」は、全国8万棟以上のオフィスビル情報を網羅し、投資や賃貸の意思決定をサポートしている。設立6年で10本の製品を展開し、直近ではシリーズBで30億円の資金調達を完了している。今後、20製品への拡充を計画する同社代表取締役の平井 瑛氏に、その概要と展開について聞いた。
株式会社estieを創業した平井氏は三菱地所株式会社の出身。海外市場の不動産投資・運用を担当する部署で経験を積み、東京のオフィスビル営業に異動となる。特に米英の不動産投資はデータを前提とした運用だったのに対し、日本は大手ですらデータ整備がされておらず、衝撃を受けたことが、事業を立ち上げるきっかけだった。
米英において不動産情報データが公開されているのは、資産価値の高い不動産物件の多くをファンドが保有しており、出資者に対する説明責任があるためだと平井氏。例えば米国では、40年前から民間企業であるCostar社が全米のデータを集め、それを売っている構造がある。対して日本では、大手デベロッパーも含む不動産会社が所有していることも多く、個々の物件情報をオープンにする商習慣がないため、データ整備が進まなかったという。
estieが現在リリースしている製品は、賃貸市場を対象にした「estie マーケット調査」と「estie 物流リサーチ」、また売買市場に向けた「estie 所有者リサーチ」と「estie 案件管理」、2024年10月に発表された「estie レジリサーチ」、2024年11月に発表された「estie J-REIT」の6つとなる。
一番最初にリリースされた「estie マーケット調査」は、日本最大級のオフィスビルのデータ分析基盤だ。全国8万棟以上のオフィスビルの情報を提供し、物件価格や空き情報などが毎日更新されているそうだ。「estie 物流リサーチ」は、全国2万5千棟の物流施設の情報を提供するサービスであり、どちらも法人向けのプロユースとして提供されている。旧来はPDF、定例会や飲み会などの直接のコミュニケーションでしか得られなかった情報が一か所で閲覧でき、投資や賃貸での意思決定で活用されているという。
「住宅以外の不動産に関しては、ネット検索で手に入る情報は10%未満とわずか。すでにestieは9割以上の物件情報をカバーし、最新の空き施設情報や賃料が調べられます」と平井氏は話す。
また、「estie レジリサーチ」は賃貸住宅のデータベースとなっており、全国220万棟の建物情報、月次で更新される900万件の募集情報、過去数年分賃料データを部屋単位で確認できる。従来、賃貸物件の収益を調べるには、SUUMOなどのウェブで公開されている賃貸情報から手作業で情報を集めなければならなかったが、数分で網羅的な情報分析ができるのは投資検討をするうえで有用だ。
このほか、物件の所有者を調べられる「estie 所有者リサーチ」、不動産の取引業務を支援する「estie案件管理」に加えて、未公表の4製品を含めた10製品を提供している。
なお、設立6年でプロダクト数10本を数えているが、実はこの倍のサービスを立ち上げ、半分は失敗しているという。学んだことは、「いいプロダクトは顧客との対話からしか生まれない、ということ。自分たちだけで考えたアイデアはことごとく失敗しています」(平井氏)。0から1での立ち上げから始まり、プロダクトの構想者が顧客と接点を持つことを重視する。発売初期は開発チームごと客先に出向き、目的の売上を達成するまで営業リソースを使わない体制をとっているとのこと。
estieの目標は、データベースを基盤に取引や運用管理、資金調達など不動産市場に関わるすべての業務のプロダクトを提供して不動産市場をDXすること。データからミドルウェア、SaaS、ERPまで一気通貫で最適化されるべきという考えで、この3年以内に20製品へと拡充していく計画だという。
複数の不動産会社とデータパイプラインを築くことで日本最大級の不動産情報を収集できる仕組みを構築
同社の事業の要となるのがデータの仕入れだ。最新の不動産情報を効率よく収集するため、仲介会社やデベロッパーとデータパイプラインを構築することにより、網羅的なデータが集まる仕組みを構築している。非構造化データが多い不動産情報について、デジタル化のパイプライン、ルールベース、人力などを組み合わせ、オペレーションを練り上げて数万棟を更新しているという。
企業側から見ると、物件の情報管理を自動化するシステムがローコストに手に入るメリットが得られる。
このような業界の情報流通の気運が醸成された背景には、コロナも含めた社会環境の変化があった。「『estie マーケット調査』をリリースしたのは2020年7月。コロナ禍でオフィスの空室が急増し、手入力での情報更新が追いつかなくなっていたことも追い風になった」と平井氏は話す。
すでに大手不動産会社の7割以上がサービスを導入しており、金融機関や外資系ファンドにも導入が広がっているそうだ。上述した通り、一般公開されている不動産のデータは1割未満であり、9割以上の物件について、履歴も含めた情報が入手できるのは大きな価値となっている。
2024年10月には、シンガポールのVertex Growth、日本政策投資銀行など5社からシリーズBの資金調達を実施。また2025年1月には、追加ラウンドにて大手事業者等との資本提携を発表しており、シリーズB累計で30億、創業からの調達総額は約46億円となっている。幅広い商業用不動産の総合サービス及び証券化機能等を有する信託銀行や地図データを有する企業との連携から、さらなる加速を狙う。
海外展開についても、「土地建物に紐づく技術は公益性が高い。アジアの有力な政府系2社に出資いただくことで、中長期的にはアジア全域の不動産データインフラを整えていきたい」と平井氏。国内外の不動産テックのM&A、プロダクトの拡張、AI技術への投資にも意欲的な同社の存在で業界がどのように変わるのか、期待したい。