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ASCII STARTUP 今週のイチオシ! 第83回

Wi-Fiを活用してLANケーブルの敷設コストを大幅に抑える

独自技術でメッシュネットワークをアップデートするPicoCELA

2020年08月21日 07時00分更新

文● 柳谷智宣 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP

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2020年、日本でも5Gサービスがスタートしているが、その特性から小さな基地局を大量に設置する必要がある。つまり膨大な敷設コストがかかるが、その問題を解決し、安く早く対応エリアを広げられる基礎技術を保有する企業がある。今回は、無線多段中継ソリューションやエッジコンピュータの開発・販売を手がけるPicoCELAの古川 浩代表取締役に話を伺った。

 PicoCELA株式会社は、ブロードバンド化がますます進展する未来のモバイル通信が直面する課題を解決するべく、2008年に創業されたベンチャーだ。広大な空間に無線ネットワークを低コストに構築する独自の技術を持ち、様々なソリューションを展開するビジネスを行っている。5Gサービスがスタートしているが、その特性から小さな基地局を大量に設置する必要がある。そこには膨大な敷設コストがかかるが、同社のテクノロジーを使えば安く早く対応エリアを広げられる可能性がある。

PicoCELA 代表取締役 古川 浩氏

 古川氏は元々、NECで第3世代移動体通信(3G)の標準化を行なっていた。その仕事が一段落したときに、今後ブロードバンド化はさらに進むと考えたそうだ。しかし、無線通信のブロードバンド化には、いくつか課題がある。

 たとえば、電波の到達距離の問題。1ビットあたりにかけるエネルギー(=パワー×時間)を増やせば電波はより遠くまで届く。高速通信をするなら1ビットをより短い時間で送らなければならない。たとえば、5Gによって3Gの1000倍の通信速度を得ようとした場合、1ビットを1000分の1の時間で送らなければならない。3Gと同じ飛距離で飛ばすためには、1000倍のパワーが必要となる。しかし、これは不可能だ。なぜなら、1000倍に端末の電力消費が増えるから。バッテリーがあっという間になくなってしまう。

 一方、速度を高めるためには広い帯域も必要だ。しかし、低い周波数ではもはやそのような帯域は確保できない。必然的に高い周波数を利用することになり、日本の5Gでは今まで携帯電話で使われてこなかった3.3~4.6GHzが利用され、高いところでは27~29.5GHzというミリ波まで利用している。

 周波数が高くなると、空気中の水蒸気といった障害物によって電波が減衰しやすくなる。電波が飛びにくくなるなら、基地局をたくさん設置する必要がある。

 「モバイル通信は、やはり対応エリアが重要。かつて、携帯電話とPHSが競合したときに、PHSが負けたのはエリア不足が原因だと考えている。それと同じような問題がセルラーの世界でも起こることが容易に想像できた。次にやるべきことはこれだと考え、2003年から九州大学大学院で研究をスタートさせた」(古川氏)

 人手をかけて大量の小さな基地局(スモールセル)を設置すれば解決するとはいえ、やはり経済合理性の話は出てくるはず。しかし、当時インフラを手がけていた人たちは、高速化のことしか考えていなかったという。古川氏は、未来にはインフラ側の敷設コストダウンが重要になると予測したのだ。

 そのためには、単純にLANケーブルの配線をなくせばいいと喝破。従来は、各基地局には必ずLANケーブルを引っ張ってこなければいけなかったが、ケーブルをなくせるなら設置作業にかかる労務コストを下げられる。

 上述のとおり大学で研究をしており、元々は事業を起こすことは考えていなかった古川氏。しかし、2004~2005年にいろいろな会社にスモールセルを活用した無線ネットワークの提案をしたのだが、ほとんど理解されなかった。「今思えば、早すぎた」と振り返る。

 「技術開発は、人が考えないちょっと先をやらないとうまみが取れない。うまみとはパテントです。知財が一番重要で、早くやらないと誰かやっちゃうよね、という差し迫ったモチベーションがあった」(古川氏)

 そんななか、2007年に初代iPhoneが登場した。当時、スモールセルを研究していた古川氏は、手のひらに載る端末でフルブラウジングできることに驚いた。そして、「こんな小さなモバイル端末でもついにブロードバンドを必要とする時代が到来した。ついに、我々の時代が来た」と確信して、会社を創業した。

 2007年当時、大型プロジェクトの予算を確保し、研究開発で得た知見を試作化する機会に恵まれていた。ある程度動作する試作品でフィールドテストを実施しており、勝算が高い状態で起業したのだという。

LANケーブルを減らすことのコストメリット

米国でメッシュが失敗したのは技術がいけてなかったから

 創業当初の2008年当時は、小規模な試作機を作りながら、九州を中心に実証実験をいろいろと手がけた。2010年には福岡市の複合商業施設・キャナルシティ博多で当時世界最大規模となる200台規模の無線メッシュネットワークの実証実験を行った。この実証実験では、PicoCELAの初号機となる「PCWL-0100」を活用した。

 2011年には、同じ福岡の天神地下街がPicoCELAの技術を全面的に採用して総延長1.2kmに及ぶ広大なフリーWi-Fi空間を実現。プレスリリースを出したところ、SNSでの反響もあり、全国から問い合わせが殺到した。

 PicoCELAの技術を利用すると、LANケーブル配線を著しく削減できるため、早く安く導入できる。実際、天神地下街では敷設したLANケーブルはわずか4本で、85%のLANケーブルの削減に成功。対他社比で導入コストは7分の1に抑えられた。PicoCELA機器を27台導入し、今日では年間180万人が利用する我が国最大級のフリーWi-Fi空間を実現しているという。

福岡の天神地下街での導入事例

 ほかにも、Gala湯沢では、東京ドーム4個分の広さを12台でカバーし、LANケーブルは1本のみ。導入費用はLANケーブルを敷設する場合に比べて数十分の一に抑制できたという。

Gala湯沢での導入事例

 実は、このような複数のスモールセルを広域に配置するメッシュネットワークは、2005~2006年ごろに米国が先行していた。米国ではデジタルデバイド(情報格差)が問題になっており、郊外にもブロードバンドを引く風潮になった。しかし、国土が広大なので、ケーブルを引くのにはお金と時間がかかる。そこで、Wi-Fiを広域に広げればいいとムーブメントが起きた。

 「しかし、いろいろな会社が投資したものの、ことごとく失敗した。私から言わせると、あまりにも電波干渉の対策技術が稚拙過ぎた。その後、それ以上の研究開発投資は行なわれなかったようだ」と古川氏。

 古川氏は創業後、プロモーションと資金調達のためにアメリカに行ったのだが、「何でお前は今頃メッシュをやってる? メッシュは使えない技術だ」と言われたそう。

 「我々のコア技術は無線メッシュでも安定した多段中継を可能にする独自の電波干渉抑制技術。当時の多くの投資家たちは、我々の技術の本質を知ろうともせず、十把一絡げに“無線メッシュ=使えない技術”と烙印を押し、まともに話を聞いてもくれなかった。また、PicoCELAはWi-Fi機器を作っている会社と思われているかもしれないが、Wi-Fiだけに限った技術ではない」(古川氏)

 Wi-Fiの技術の上に載ったPicoCELAのプロトコルにこそ価値がある。Wi-Fiを使っているのは、単にコストが安いため。圧倒的にコモディティー化しており、開発環境も豊富なことが理由だという。

 PicoCELAのIP(知的財産)はハードウェアではなく、無線メッシュ上での電波干渉を抑制するソフトウェアの技術なのだ。ハードを安く作れるところが別にあれば、その上にPicoCELAのソフトウェアを載せればいい。これが「PicoCELA Backhaul Engine(PBE)」というミドルウェアで、これをライセンスするようなビジネスも展開している。

 「我々の技術を使って、どれくらいの距離が飛ぶのかとか、どれくらいのスループット性能が出るのか、とよく聞かれる。それは、組み合わせる無線チップによっていかようにでもスケールできるというのが答えだ」(古川氏)

 干渉を抑え、安定して無線フレームを中継する技術を持っているので、利用する無線チップを選ばないという。たとえば、2010年に上述したキャナルシティの実証実験で利用した「PCWL-0100」の最大スループットは20Mbps程度だったが、最新モデルの「PCWL-0400」では使っているプロトコルはほぼ同じなのに、20~30倍の性能が出るようになっている。あくまで、無線チップの性能の差というわけだ。

 そもそも電波は干渉するものであり、米国で初期に発生したメッシュのムーブメントが失敗したのは、この課題を解決できなかったのが原因だ。メッシュネットワークはノードと呼ばれる中継ポイントが隣接ポイントとつながり、無線でデータを中継していく仕組み。しかし、隣接ノードと干渉してしまうため、例えばノードに信号機を設けて周りの電波の様子を見ながら、交通整理のためにストップアンドゴーをかけている。電波が混んでいる場合は、指示を出すタイミングが得られないため、10秒間待ってくれと指示しなければならないこともあるそうだ。ブロードバンドのバックボーンとして、10秒間電波を送れないのは致命的だ。

 そこでPicoCELAでは、ノードが繋がるルートをツリー構造にした。必ず、末端で途切れる枝葉のようなつなぎ方をしているのだ。電波の中継経路に規律を設けることで、無線フレームのタイミングを調整して干渉を大幅に抑制できるという。

PicoCELAのテクノロジー

 これからは、5Gでスモールセルを大量に設置する時代が来ると古川氏。そこに、PicoCELAの製品を入れていくという。しかし、セルラーでPicoCELAの技術を利用する際、Wi-Fiのチップは使えない。Wi-Fiは誰でも使える周波数帯を利用するため、干渉することがある。そこで、排他的に割り当てられた周波数で動く無線機の上に、PicoCELAのプロトコルを載せる必要がある。すでに、このプロジェクトを進めているという。

 また同時に進めているのが、「エッジクラウド連携」と呼ばれるサービスだ。スモールセルの基地局をばらまくことができたなら、その次には活用方法が重要になる。

 今どきのスモールセル基地局は、CPUやメモリ、OSを搭載する小さなコンピューター。これを単なるスマホとインターネットのための無線ブリッジとして使うのはもったいないと古川氏は考えた。もっと、付加価値の高いサービスが提供できると考えたのが、「エッジクラウド連携」だ。

 屋内ではGPSの測位ができないが、スモールセルをGPSの衛星のようにして利用し、屋内での位置を測位できるようになる。緯度経度だけでなく、たとえば、「JRのある駅の、ある商業施設の、あるスーパーのワインコーナー」といったコンテキストベースの測位ができるようになるという。

エッジクラウド連携の事例

5Gが普及すれば様々な方面にビジネスを展開できる

 本格的に5Gのスモールセルに「PicoCELA Backhaul Engine」を組み合わせるのには開発が必要になる。とはいえ、数年内には出したいというので楽しみだ。

 古川氏は「FWA(Fixed Wireless Access)」にも注目している。5GのモデムとWi-Fiルーターが一緒になったモバイルルーターで、WAN(Wide Area Network)を置き換えるというものだ。

 「FWAは大きな市場があると感じている。日本では光回線が広く普及していると言われるが、例えばうちのオフィスは光回線が開通するのに半年待たされた。5GをFWAとして活用すれば、ルーターを置くだけですぐにインターネットを開通できるようになる」(古川氏)

 2020年4月、PicoCELAは「ケーブルいらず」という新製品をリリースしている。小規模施設向けの新商材で、エッジクラウド連携を多分に意識した作りになっている。ハードを売るのではなく、サブスクリプション型のサービスだ。

 ハードには余力のあるCPUと8GBのストレージ、1GBのRAM、フルエンタープライズ仕様のWi-Fiアクセスポイント機能、そして当然ながらPicoCELAの無線メッシュを搭載。エッジクラウド連携サービスとして、たとえば、「ケーブルいらず」を店舗に導入し、利用者がWi-Fiサービスを利用するときに簡単なアンケートを収集するといった機能を提供する。

ケーブルいらずのサービス概要

 「5GもWi-Fiもそうだが、いい加減、スピード競争は止めた方がいい、というのが持論。無線回線のスピードを高めることはそんなに難しいことではない。しかし今どきの消費者は、“極まれに限定された場所で1Gbpsの速度がでる高額なサービス”よりは、“常にどこでも安定して10Mbpsがでる安価なサービス”のほうに価値を感じるはず。また『端末の電力消費を抑制できる』や『IoT向けに使いやすい』といった、違う価値基準が今後のモバイル通信網には重要になってくるのではないか」(古川氏)

 すでに、年末~年初に向けてチェーン店向けのソリューションで大きな事例が動いているほか、他にもいろいろなマーケットから話が来ているそう。直近の2020年7月には、清水建設との資本業務提携も発表された。この先5Gが普及する際、都市においてPicoCELAの技術が活用されるかもしれない。今後の活躍に注目したい。

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