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STARTUP×知財戦略第26回

西村あさひ法律事務所 水島淳弁護士インタビュー

ビジネスを法から組み立てる新手法「エクセキューション・デザイン」とは

2019年08月16日 10時00分更新

文● 松下典子 聞き手・編集● 北島幹雄/ASCII STARTUP
撮影● 曽根田元

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この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。

 従来の弁護士業には留まらず、企業のアドバイザーとして新たなサービスを幅広く展開する西村あさひ法律事務所。同事務所では、エクセキューション・デザイン(execution design)として、法律のプロフェッショナルとしての視点から、ビジネスの戦略を組み立てていくサービスを手掛けている。国内大手五大法律事務所の一角として、これまでになかった専門家によるサービスを考案し、現在チームを拡大させている水島淳氏に、その具体的な手法、士業が新たな職域で活躍するためにやるべきことについて、お話を伺った。

西村あさひ法律事務所 弁護士 水島 淳(みずしま・あつし)氏。2004年 東京大学法学部第一類卒業。2013年にスタンフォード大学経営大学院でMBAを取得後、シリコンバレーにてスタートアップ企業を設立し、合計約15億円を資金調達。その経験を活かし、現在は、西村あさひ法律事務所にてエクセキューション・デザイン業務を担当。企業のM&A、事業提携、国際展開、新規ビジネス構築を交渉・取引遂行、条件設計、知財戦略、ロビイング等の法的戦略的な観点からサポートする。

ビジネスの新局面には、必ず法的な要素が発生する

 水島氏が手掛ける「エクセキューション・デザイン」という新しいサービス。聞きなれない言葉だが、企業が直面する事業の新たな局面において、最終的なゴールを実現するための道筋を設計する仕事、だと水島氏は定義している。

 企業には、新しいビジネスの展開、新しい地域への進出、あるいは、外部の競争環境の変化など、さまざまな課題がある。こうした個々の会社の事情、状況に応じて、M&A、投資、事業提携といったトランザクション対応から、ビジネスモデルに関連する知財戦略、事業パートナーとの契約類型・条件の設計、収益機会の分配枠組みのデザイン、といった施策までを提案していくのだという。

 「ビジネスが変化する局面では、交渉、契約、権利配分、リスク回避、法律の順守、といった法的な要素がたくさん顔を出してきます。これらに関して、我々のもつ企業法務の経験と知見から事業上のゴールを法的なアウトプットに落とし込んでいくサービスを展開しています。

 例えば、最近のビジネスモデルでは、一社で完結するものは少なく、データはA社が集め、ソフトウェアはB社のサービスと連携、開発はC社に依頼する、など複数の企業が連携することが多い。このような外部とのやり取りでは、必ず契約が発生します。またこうした一社完結ではないビジネスの場合、プロジェクトが生み出す価値は関係者全員の間で分配されるため、各社の収益機会の配分や割合、その決定方法などをさまざまな要素からルールとして決め込む必要があり、法的にビジネスを組み立てていくことが前提となります。そうした中で、自社の足元の収益を確保し、長期的な差別化、競争優位を担保することがビジネスの持続可能性にとって不可欠になるのです」

「ビジネスはトランザクションの積み重ねでできている」

 エクセキューション・デザインは、一般的な弁護士やコンサルのどちらでもない新しい仕事だ。これは、水島氏のキャリアから生まれた考えだという。

 「もともとM&Aの業務を手掛けていたなかで、経営の意思決定の難しさを感じたのがきっかけです。弁護士は企業経営のもっといろいろな場面で活躍できるのでは、と仮説を立てました。それを検証するため、まずビジネススクールに通い、ビジネスのつくり方とマネジメントを勉強しました。次に、実際に会社を起業してマネジメントを経験したところ、法律実務が貢献できる局面が予想以上に多かった。自分が経営者になって体験したことで、ニーズがあることを確信しました」

 シリコンバレーでの創業ののち、2014年に帰国後、最初の1年間は、スタートアップを対象にいろいろなサービスを手掛けていった。

 「支援のひとつとして、新しい会社の新製品の営業ピッチへの同行、会社の収益見通しの作成支援など、いろいろな提案やサポートをして試行錯誤しました。その経験によってたどり着いたのは、『ビジネスはトランザクションの積み重ねできている』という結論です。トランザクションを設計することは、すごくクリエイティブな仕事。法律家は、何万もの契約書を見て、何千件ものディールをやっているからこそ出せるアイデアと知識がある。これを積み上げていくとビジネスは強くなります。かつてのアウトプットは、M&Aや知財戦略の手続や適法性の助言が主流でしたが、もっと上流の、経営者は何をゴールにしているか、何を切って、何を守るかを真摯に聞き、それを実現するトランザクションをデザインすることによって会社そのもの、経営そのものに貢献できるのでは、という考えに至りました」

 水島氏の考えるトランザクションとは、契約と権利配分を指している。

 2つの法人が何かを一緒に行う際は、それらがないと取引は成立しないが、ここには想定以上の選択肢がある。何をどのように選ぶかによって、ペイオフ(収支)の構造、インセンティブの構造、負うべきリスクの性質などが異なってくる。とりわけ、ゼロから生み出す知的財産、両社がそれぞれに負う義務・債権、モノの所有権やデータの権利などは、権利とその分配枠組みの積み上げと契約条件のデザインが求められるため、企業同士が結びつくオープンイノベーション時代のビジネスモデルにとって重要な要因となる。

あらゆる環境要因とビジネス要因から、取るべき最善の道筋を提案する

 エクセキューション・デザインの原型がはっきりと見えてきたのは、IoTスタートアップとして成長し続けている株式会社ソラコムのケースだという。

 「ソラコムとは創業前からの付き合いです。その当時、玉川さん(ソラコム創業者兼CEO)は、資金調達はしばらく会社を運営してからと考えられていたのですが、IoTはこれから伸びる分野でマーケットが期待できるとお話を聞いて理解できました。しかも、ちょうど通信におけるドミナント規制が改訂になる潮目で、法制的なタイミングもよかった。そこで、企業としてはまだアーリーステージでしたが、早期の資金調達によりこの規制改訂の流れをタイムリーにつかむべきではないか、また、投資家に対する訴求や交渉力が十分あり得るのではないかと考え、すぐに資金調達に動くという選択肢の検討を勧めました。会社をセットアップするところから、資金調達時にどのようなマイルストーンを描くか、交渉力の要因となり得る知財やビジネスモデル上の契約枠組みをアドバイスしました」

少ない初期コストでIoT / M2Mサービスを実現するソラコム

 個別の企業が持つロードマップと世の中の状況がうまく一致すると、ものすごい爆発力になる可能性がある。その道筋を考えるのがエクセキューション・デザインだ。

 これらはそもそも従来の弁護士が手掛ける領域をはるかに飛び出している。こうしたアドバイスに必要な環境要因やビジネスモデルの選択肢を導き出すノウハウは、西村あさひ法律事務所における過去の事案の蓄積に加え、水島氏がハードウェアスタートアップの設立を含め、これまでの経験から得たことだ。

 「私は個々のビジネス領域での知見はあっても技術は素人。ビジネスとのブリッジという観点で、知財をどのように動的に捉えるかという視点、『正しい質問をする』という知見を積み上げてきました」

 さらに、水島氏とタッグを組むのがエンジニア出身の同事務所弁護士である仁木 覚志氏だ。このような事務所内の専門家の持つ知見によって、技術とビジネスをつなぐ部分の質問ができて、必要なナレッジがたまる。また、こうした質問と企業からの答えをまとめ仕組み化して、チーム内で共有しているそうだ。

法律家が産業分析や市場動向をサービス主体にしてしまうのは本末転倒

 ここまでの説明でエクセキューション・デザインそのものがスタートアップの成長と相性が非常にいいことがわかったはずだ。また水島氏にとって、スタートアップをサポートする醍醐味は、経済的なインパクトの大きさも理由としてあるという。

 「社会貢献を目標に据えたとき、企業の大きな転換期にサポートできることは、インパクトが大きいと思っています。もちろん、それだけ責任も大きくなります。法律家プラスアルファの仕事なので、素人が首を突っ込んでいるだけにならないよう、常に自己検証しながらやっています。たまたま素人がいいことを言ったとしても、それはプロフェッショナルじゃない。プロであるためには、ほかの業界でのトランザクションの知見、交渉的な観点が必要。また、我々はあくまで法律家なので、産業分析やマーケットチェックをサービスの主体にしてしまうのは本末転倒です。自分たちのもつ専門知識をベースに、真摯にソリューションを考えることは非常に難しく、最も緊張する部分です」

 チームでも実際にアドバイスをするなかで、何を根拠にしているのかを常にチェックするという。

 「何よりも『正しい質問』によってクライアントの事業環境やその他のファクト、目的や主要指標などのゴールをしっかり勉強すること。その上で、リサーチ、分析、ロジックがない結論はダメ。交渉の論点になっている問題に関しても、知見や根拠がなければ、これ以上踏み込んではいけない、と線引きをするようにしています」

 エクセキューション・デザインのコアチームは現在10名を超えている。加えて、案件ごとにその分野の専門家をチームに招き、ケースごとに提案している。案件の数は、平時で30ケース以上。分野にはこだわらず、AI、バイオ、ヘルスケア、IoT、ロボティクスなど、拡大を見せている。最近は、大企業からの依頼もあり、ニーズはより増えてきているそうだ。

 特に知財戦略については、クライアントの技術分野に通じた弁理士事務所と連携する。エクセキューション・デザインで重要なのは、知財を動的に捉えることだ。

 「特許が侵害された場合、ただ特許を取っていても、自分たちが動かない限り何も起こりません。権利を侵害された場合は、訴える/事前に警告を出す/さらに前段階で相手の特許の情報提供をする、などの様々な対応策が考えられます。競合との関係、資金調達、類似の会社を買収する、といった状況によっても、どのような権利を取るべきかが変わってきます。こうしたコンテクストに適した形で、進めるべきことを進めるという意思決定を積み重ねることで、最終ゴールである企業価値向上につながります」

 会社によって、それぞれに状況やビジネスモデルは異なる。単純に技術があるから特許を取るのではなく、適時に適切な処置をとることが大切なのだという。

士業もいずれコモディティ化する。生き残るには職域の拡大が必要

 西村あさひ法律事務所では、水島氏率いるエクセキューション・デザインのチームのほかにも、新しい取り組みやサービスを展開している。

 「今でこそ、企業の危機管理には、第三者員会や調査などに弁護士を使うのが当たり前ですが、一昔前は、社内のトラブルはすべて広報など社内部署が対応することがほとんどだった。じつはこれも、西村あさひ法律事務所がつくり出した法律分野です。最近では、『アフリカプラクティス』というアフリカでビジネスをする企業の法務をサポートするチームも編成しています」

 水島氏は同事務所の掲げる基本理念の根底にある3つの概念を紹介してくれた。

 「ひとつは、『法の支配の実現』。双方がWin-Winにならないとビジネスは続きません。その意味で、ビジネスではフェアネスが非常に重要だと思っています。2つ目は、『ソリューション・ドリブンであること』。弁護士は間違いが許されない業種であるがゆえ、リスク分析をするだけに留まりがちです。経験・知見の研鑽に努め、解決に向けた方向性をきちんと提案するように努めています。3つ目は、『職域の拡大』。我々がお役に立てる場面はもっとあるはず。法律家が社会に貢献できる機会を創出することが大事だと考えています」

 西村あさひ法律事務所では、AIや自動化技術の導入を開始しており、既存の業務を省力化することで、これまでにはない、新たな価値の創出を模索しているそうだ。

 士業もいずれコモディティ化していく。事業のライフサイクルやニーズがどんどん変わってくるなか、それに応じた付加価値を提供できる専門家が求められる。この先の弁護士や弁理士は、自分たちで付加価値を定義していく必要があるだろう。

強いプロフェッショナルが国の経済を強くする

 水島氏は、スタートアップへの支援は必要だとする一方で、スタートアップへの知財サポートには特有のスキルが必要な面があり、専門家が安易に格安なコンサルを手掛けることには否定的だ。

 スタートアップの知財サポートは、通常の大企業へのサポートとは別の高い付加価値が求められる。例えば、大企業の場合、社内に弁理士や出願経験の豊富な担当者が存在するため、イチからクレーム(明細書)を書くことは少ない。しかしスタートアップの場合、何を特許にすればいいかという相談から始まることも多く、クレームをイチから作っていくという発明自体にも近いタスクが必要となる場合もある。事業の横展開の可能性や競合の動きの予測なども含めて弁理士がサポートすることも多く、広範囲かつ高度な知見が要求される。こうした仕事の内容からすれば、大企業への知財サポートよりもスタートアップへの知財サポートのほうが求められるスキルが高い領域があり、必要な工数も多くなる、というのが水島氏の考えだ。

 「スタートアップだから大企業に対するよりも低いサービスレベルでいいということはなく、スタートアップ固有の観点からのスキルが必要。そういった観点からの付加価値を持つ弁理士の先生が今後も活躍し、認められていくべきです」と水島氏。

 付加価値のある優秀な専門家が活躍し、適切に認められる状況でなければ、次世代の人材も育たない。チームが編成できなければ、強力なサポートも難しい。きちんと市場原理を働かせて、知財専門家業界でもスター弁理士を育てていく必要があるだろう。

 「スタートアップであっても、必要なところには必ず投資しています。技術力が大事な会社であれば、エンジニアには高額な報酬を払ってでも獲得する。マーケティングが大事であれば、資金調達の大部分を広告費に使うことも。それぞれに“使いどころ”というのがあります。知財・リーガルが自社のビジネスに効くという事業内容や事業局面で、そこに付加価値のあるプロフェッショナルがいれば、その付加価値を必要な投資対象・使いどころと考える経営者も多いはずです」

 企業活動において、営業やマーケティング、開発、財務などと同様、知財・法務もビジネスを構成する不可欠な要素のひとつ。契約文化の欧米では当たり前であるが、日本では、モノにはお金を払うが知恵にお金を出したがらない文化が根強いと言われる。しかし、今の世の中の価値の中心は、知恵と経験・体験に移っており、日本の経済を発展させていくには、この価値観を変えていく必要がある。

 「強い国になるには、プロフェッショナルが強くなければいけない。そのために今やるべきことは、個々のプロフェッショナルが実績を積む、すなわち、個々の案件で付加価値を高めること。私たちがもっと付加価値を可視化し、さらに努力しスキルを積んでいい仕事をたくさんこなし、実績を積んでいくことに尽きると思います」

 士業のサービスの本質は、一般にはわかりづらい。出来上がった契約書やクレームなどのアウトプットだけではなく、業務の内容をより分かりやすく説明し、伝える努力をしていくことも大切だろう。

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