JAPAN INNOVATION DAY 2019 第46回
スタートアップと産学官が登壇、2030年のHealthTechを考えた「Japan Innovation Day 2019」レポート
“データドリブン”化する医療業界、HealthTechと日本の課題は
2019年04月01日 07時00分更新
医療/ヘルスケアの世界では現在、急速な“データドリブン化”の動きが起きている。その中で、HealthTechスタートアップやバイオベンチャーへの期待と注目も大きく高まっているという。
2019年3月22日に開催された「JAPAN INNOVATION DAY 2019 by ASCII STARTUP」では、「2030年のHealthTechを考えよう」と題したトークセッションが催された。HealthTech分野のスタートアップのほか、国内でHealthTechスタートアップを支える仕組みづくりを手がけている産学官それぞれの組織からも登壇。現在の医療/ヘルスケア業界における動向、日本国内における課題、さらにそれぞれの取り組みを語った。

「2030年のHealthTechを考えよう」と題されたトークセッションでは、HealthTech/バイオベンチャー市場のスタートアップと、同市場を支援する取り組みを進める産学官の各代表が登壇した
がんや糖尿病の「精密医療」に対する期待が高めるスタートアップの価値
現在の医療/ヘルスケア市場はテクノロジーによってどう変わろうとしているのか。筑波大学 つくば臨床医学研究開発機構 教授の小栁智義氏は「現在の業界にインパクトを与えた動き」として、まず「Precision Medicine(精密医療)」を取り上げ説明した。
医療業界、特に製薬企業は長年の間、まったく新たな薬効を持ち、ひとつで1000億円以上を売り上げるような医薬品(“ブロックバスター”と呼ばれる)の開発に血道を上げてきた。こうした新薬の開発から一般提供までには、通常、10年以上の期間がかかる。
だが2015年、米国のオバマ大統領(当時)が一般教書演説において「Precision Medicine Initiative」に国を挙げて取り組み、がんや糖尿病といった病気を克服していくと宣言したことが、この新たな医療アプローチへの注目度を一気に高めたという。
Precision Medicine(精密医療)は、個別化医療(テーラーメイド医療)の一分野である。一般にもよく知られるが、同じ医薬品を使っても患者によってその効果には大小が生じる。それは患者個々人の身体や遺伝子構造、環境要因、ライフスタイルなどの違いに起因する。そこで、そうした患者個々人の“違い”をデータ収集/分析し、個々人に最適な医薬品(や治療法)の選択を可能にしようというのがPrecision Medicineの考え方だ。治療効果が高まれば、長期的には医療費抑制の効果も期待できる。
なお個別化医療と言っても、完全にパーソナライズされた医薬を製造する“フルテーラーメイド”のような方法では、大きなコストがかかってしまう。Precision Medicineの場合は、データに基づいて患者をグループ化し、そのグループごとに最適な医薬を検討するかたちをとる。小栁氏自身も2015年、京都大学において、がん患者ごとにがん細胞の遺伝子変化(がんゲノム)を解析して最適な医薬を選択可能にする「OncoPrime(オンコプライム)」の事業を立ち上げた。
患者個々人のデータに基づくこうしたPrecision Medicine市場が、米国ではスタートアップを中心として大きく盛り上がっているという。小栁氏によると、同市場関連スタートアップのシリーズA調達額は平均で3800万ドル(約42億円)に達しており、中にはシリーズAで1億7600万ドル(およそ194億円)を調達、最終的には740億ドル(およそ8兆円)で買収されたケースもある。
もうひとつ、遺伝子情報解析(ゲノム解析)が医薬品開発や治療に多用されるようになる中で、医療データに特化した専門性を持つスタートアップにも注目が集まっているという。たとえば、グローバル大手の製薬企業であるロシュ(Roche)では2018年、がん/腫瘍に特化した電子カルテシステムを開発するFlatiron Healthを19億ドル(およそ2000億円)で買収している。
ジョンソン・エンド・ジョンソン イノベーションの楠淳氏は、データドリブンの動きは「大手製薬企業ではすでに“当然の話”になっている」と述べる。データ取得にとどまらず、その先のデータマイニングや活用手法、事業化までを考えるのが肝要であり、「正直なところ日本はまだそこまで行っていない」という見解を示す。
医療/ヘルスケア業界でデータドリブン化が加速している背景には、ウェアラブルデバイスの登場によって「これまで取得できなかったデータが取得できるようになった」(小栁氏)こともある。特に、治療が始まってから取得されるデータだけでなく、日常生活の中で取得できるデータが新たな「予防医療」を可能にしつつある。病気発症後の治療においても、ライフスタイルや環境などのデータが参照されるようになる。
小栁氏は、幅広いHealthTechの取り組み(本稿冒頭のスライド参照)の中から、将来の実用化を目指したデータドリブンな動きとして「オミックスデータの診断への活用」という取り組みを紹介した。これは、一つ一つのデータではなく、複数種のデータを一度に取得してその「全体」をひとつの現象と捉え、そこから最適な医薬や治療法を探していく手法だという。これもまた、テクノロジーの高度化と日常生活への浸透が可能にする新たな医療アプローチと言えるだろう。

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