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スタンフォード流医療イノベーションの起こし方

スタンフォード大は何が違うのか? 起業家精神の源泉を探る

スタンフォード大学と起業家精神

2017年10月27日 09時00分更新

文● スタンフォード大学 池野文昭

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スタートアップから大企業を問わず、新たな挑戦を始める際、ニーズ(需要)に対して不必要なシーズ(技術)の製品開発に陥ってはいないだろうか? スタンフォード大学で200社を超える米国医療機器ベンチャーの創出に関与し、現在もシリコンバレーと日本を行き来する池野文昭氏による寄稿をお届けする。

Leland Stanford Junior University

シリコンバレーの基礎はどこからきたか

 1891年当時、桃畑しかなかったサンフランシスコ郊外の田舎町に、スタンフォード大学が設立された。当時、アメリカ連邦議会上院議員になっていたLeland Stanford氏は、チフスにより15才で突然命を落としたひとり息子にちなみ、大学を自分の土地に作った。それが、スタンフォード大学の始まりである。故に正式名称は、その息子にちなみLeland Stanford Junior Universityである。

 当時、ハーバード大学に代表される東海岸の伝統あるアイビーリーグ大学と違い、まったくの無名大学だった。実際に多くの学生が、卒業後は東海岸へと向かった。つまり、桃畑しかなかったのでいい就職先はなく、卒業生はさっさとこの土地に見切りをつけ東海岸の有名企業に就職を求め去って行ってしまったのである。

 しかし、あるきっかけによりこの状況が一変する。1939年、工学部の学生二人が教授のアドバイスの元、名も無い小さな電気関連の会社を大学近くのガレージで創業した。2人の学生の名をとったHewlett・Packard社という会社はその後、世界第2位のコンピューター会社へと成長。シリコンバレーの基礎を築きあげた。また、その時アドバイスをしたTarman教授は、その無名会社に自己資金を投資し、シリコンバレー初のエンジェル投資家にもなった。

 2人の学生起業家、William Hewlett氏、David Packard氏は、晩年、メンター・エンジェルとしてシリコンバレーの若き起業家達へのアドバイスをし、後進達を育てることに尽力した。後にApple Computer社を立ち上げる若かれし頃のSteve Jobs氏も、彼らからアドバイスを受けた1人であった。

スタンフォード大学は何がほかと決定的に違うのか

 その後、Hewlett・Packard社の周囲にさまざまなコンピューター関連の企業ができ、学生は卒業後、そのまま大学周囲に就職するようになった。また先輩をロールモデルに、革新的なアイデアで新しい会社を起業。その躍動感に憧れる多くの若き起業家達が世界中から集まってますます活気を帯びていき、イノベーションのメッカと呼ばれるシリコンバレーができあがっていったのである。

 そして現在、スタンフォード大学は19名のノーベル賞学者が現役で研究に従事しており、大学世界ランキングでも常にトップ3に入る名門大学へ成長した。

 80年前、何もない桃畑ばかりの田舎町と、そこにある無名私立大学。そこから、学生達の起業によりシリコンバレーが発展し、世界有数の大学に成り上がったのである。

 それでは、優秀な学生を輩出しているスタンフォード大学では、起業家を育成するためにどのような教育をしているのであろうか?

 そうは言っても、スタンフォード大学は研究大学であり、その研究のレベルの高さから多くのノーベル賞学者を輩出してきた。ゆえに、起業家育成がある前に、研究がその本分であることには今も昔も変わっていない。これは、日本の有名大学も同様であろう。

 ただし、決定的に違うところは、その研究成果をできるだけ社会に還元しようという精神が、研究者・大学に宿っているか否かである。「研究成果を社会に役立てる」 その1つの手段が、その研究成果である”シーズ”を社会に応用するために、社会が要求していること、つまり”ニーズ”、特に解決されていないニーズにマッチさせることが必要になってくるのである。

 ”シーズ”が”ニーズ”を見つけに行くという構図である。”シーズ”は、技術にも置き換えられるので、いわゆる、”Technology Push”によるイノベーションの創出である。男女の仲にたとえるとわかりやすいが、たとえば、力強いシーズを男性、ニーズを女性としよう。男性が、結婚を求め、女性を探し求める。そして相性が合えば、赤ちゃん(イノベーション)が生まれるというわけだ。

 しかし、テクノロジープッシュには、陥りやすいピットホールが存在する。それは、研究者が発見・発明したシーズ(技術)は、すべてのニーズを満たす訳ではなく、当然であるが、そのシーズ(技術)と相性がいい最もベストマッチしたニーズとの組み合わせが真のイノベーションを生むが、実際には、その組み合わせが上手く行っていないことが多く、その場合、シーズに合致する市場の要求、つまり、ニーズを上手く掴んでいないので、価値がない商品を出しても売れない、つまり失敗することになる。

「ハンマーしか持っていなければすべてが釘のように見える」

 イノベーションの定義は、新たな価値を生み出して、社会を良くしていくことである。価値のないものを作っても、社会は良くならず、つまり、イノベーションはおきない。男女にたとえたら、自分も経験があるが仲が悪く結局破局するのと同じである。

 なぜ、往々にしてそのようなシーズ(技術)とニーズのミスマッチが起こってしまうのか? 1960年代心理学者のマズローがこう言っている、「ハンマーしか持っていなければすべてが釘のように見える」。つまり、研究者は、自分のシーズ(技術)は、どのようなニーズも満たしてしまうという錯覚を起こしてしまう危険性が高い。いわゆる、「トイレの100ワット」という、無駄に技術が凄い、つまりニーズに対して不必要なシーズ(技術)の製品開発に陥ってしまいがちであるということである。

 男女にたとえると、ハイスペックな男性が勘違いして、どんな女性も自分に恋に落ちると思い込んでしまうのと同じである。実際に私が専門にしている医療機器においても、その失敗原因のトップ3はいずれも、ニーズがシーズにイマイチ合っていないということによる。

 それでは、どのようにしたら、シーズ(技術)が最適なニーズを見つけることができるのであろうか? それができれば、イノベーションをおこすために最大のリスクを軽減できるはずである。

 もちろん、アイデアが素晴らしくとも、事業を興し、それを成功させるにはその過程において、克服していかなければならない多くのリスクがある。そもそも、その最上流であるアイデア、つまり製品コンセプトがニーズをつかんでいなければ、その後、事業化・経営がいくら上手でも、絶対に成功するわけがない。つまり、シーズとニーズの最適マッチングが、事業化成功の最初であり、最大の鍵を握っている。そこを上手くやることが、最も有効な事業失敗リスク回避になるのである。

 シーズとニーズの最適マッチングは、ここでも男女の仲にたとえるとわかりやすいであろう。

 ひとつは、合コン、結婚相談所など、多くの女性が集まる機会を作るということである。多くの中から自分にあったパートナーを探し出すという方法だ。もうひとつは、素晴らしい女性のほうからそれに会った男性を見つけに行くという方法である。

 前者がシーズ(技術)側をニーズ側にアピールする機会を提供すること。後者が、そもそものニーズを見つけ出すところから始め、それにあったシーズ(技術)を探しに行くという逆の方法である。

スタンフォード流、2つの医療起業家育成講座

 私の所属するスタンフォード大学医学部では、2つの起業家育成講座がある。

 ひとつがSPARKという、主に製薬バイオ系の起業家育成講座であり、そのコアは、いかに学生の研究内容からニーズを見つけに行くか? つまり、Technology Pushからいかに適確なニーズを掴んで行くかということを実践しているプロジェクトがある。

 もうひとつは、Stanford Biodesignという医療機器に関する起業家育成講座であり、それは、逆に臨床現場のニーズを最初に見つけ、アイデアを出し、それにあった最適なシーズ(技術)を見つけに行くというNeeds Pullを実践する講座である。

 いずれも、方法論としてはまったく正反対であるが、製薬・バイオ、医療機器分野という同じ医療領域であり、医療イノベーションを起こすことをゴールに設定している。イノベーションの起こし方が根本的に異なる2つの製品群に関して、適確のその違いを理解して、実践を交え教育していく講座である。

 次回から、これらの2つのスタンフォード流医療イノベーションの起こし方を順次説明していくことにする。

池野文昭
スタンフォード大学 主任研究員/スタンフォードバイオデザイン FACULTY
MedVenture Partners株式会社 共同創業者・取締役

浜松市出身。医師。自治医科大学卒業後、9年間、僻地医療を含む地域医療に携わり、日本の医療現場の課題、超高齢化地域での医療を体感する。2001年からスタンフォード大学医学部循環器科での研究を開始し、以後16年間、200社を超える米国医療機器ベンチャーの研究開発、動物実験、臨床試験等に関与する。研究と並行し、2014年からはStanford Biodesign Advisory Facultyとして、医療機器分野の起業家養成講座で教鞭をとっており、2015年設立のジャパン・バイオデザインプログラムにも協会理事として深く関与。また医療機器における日米規制当局(FDA、PMDA)のプロジェクトにも参画。これらに加えて現在、国内複数大学での客員教授やAMED「医工連携における知財権の活用に関する調査研究」の委員、複数の医療機器メーカーのアドバイザーなども務めており、日本におけるシリコンバレー型の医療機器エコシステム、国境を超えた医療機器エコシステムの確立を目指し、精力的に活動している。

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