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知識移転:アップルとアマゾンの活動から「ノウハウの移転」を考える

「ビジネスは、その先に」

連載
アスキーエキスパート

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Amazonが自社物流によりおこる競争の変化

 マイケル・E・ポーターの5Forcesに当てはめてみると環境の変化を見て取ることができる。

 運送業界を中心にしてみると、先に述べた日本通運、日本郵政、ヤマト運輸、セイノー、佐川急便以外にも、日立物流、山九、近鉄エクスプレス、福山通運、鴻池運輸をはじめ、非常に多くの企業が存在している(参照:運送業界売上ランキング)。

 現状のAmazonは、「買い手」の位置づけにある。オンライン・ウェブサイトの圧倒的取引量を背景に、Amazonは強力な買い手の交渉力を持ち運送業界へ値下げの圧力を迫る。売り手では物流業界の代表的課題であるドライバー不足による供給の問題が根深い。代替品(代替サービス)としてAmazonも手掛けているドローン配送や低速の自動走行運搬機などを使った配送の試みはなされているとはいえ、近々に物流業界を破壊するほどの成果はまだ出ていない。そうした環境の中で、Amazonが自ら新規参入を図ろうとしているのである。

米アマゾンが2015年に公開したAmazon Prime Air航空宅配ドローン

 実際に参入することになれば、競争環境はますます厳しくなるであろう。しかし飲食業界などもそうであるように人件費高騰の課題を抱え、働き方改革が進み、さらに若年層が自動車免許を持たなくなりドライバーの確保が困難になりつつある昨今、果たしてどのレベルでローコスト・オペーレーションが図れるのか、大きな挑戦と言える。

 一方で、「ヒト」・「モノ」・「カネ」・「情報」のリソースで言えば、人手不足以外「モノ」・「カネ」・「情報」は十二分に持っているのがアマゾンである。報道では2020年までに首都圏で個人事業者を1万人囲い込むとのことであった(2017年6月22日 日本経済新聞電子版)。

 こうした流れから、参入にあたり事業者に対するM&Aなども含めた大規模スキームも視野に入れている可能性がある。もし仮に現在取引している事業者より低価運営ができるようになれば、低価格物流を自社で担い、プレミアム価格を支払ってもらえる取引に対し社外運送業者へ委託するなど利潤を高める方向に進むだろう。

知識移転の先

 ここまで述べてきた知識移転については経営学を中心に多くの研究がなされており、興味のある方は是非先行研究をあたって頂きたい。本稿は学問領域を俯瞰するものではないが、ここで述べてきた2つのケースはいずれも「インサイダー」としての取引を通じてノウハウが移転することを(可能性を含めて)示したものである。

 知識移転においてハードルになると思われてきた物理的距離や言語の壁、組織の内と外などの環境も、今後は一気に変わる可能性があるのではないかと感じている。これからの未来を考えた場合、これまでとは異なる形で知識移転を越えて知識創造がされる可能性があると思っている。

 昨年「アルファ碁」が話題となった。人類最強と言われていた柯棋士を破った、Google傘下のディープマインド社開発の囲碁人工知能である。

アルファ碁と対戦する柯潔氏(提供:Google)

 人間の過去の棋譜をAIに大量に学習させ、次々と世界トップクラスの棋士を破り、ついにはもう人間との対局を行なわないことを宣言した。その後、アルファ碁の棋譜が公開され人間がそれを見て学習していることもニュースになった。しかし同年10月に飛び込んできたニュースは、そのアルファ碁がほかのAIによって簡単に敗北したというものである(日経夕刊;2017年10月19日)。

 この記事によれば、新しい「アルファ碁ゼロ」は囲碁のルールだけを教え、その後は同じプログラム同士で対局を繰り返すことで強化学習をするものである。そしてわずか3日間で500万回対局し、その後アルファ碁と対局して100勝0敗。人類最強を破ったソフトが一度も勝てない結果となったのだ。このニュースには私自身かなり驚いた。人間の棋譜を用いた「教師付き学習」の上で、アルファ碁が人間を上回るというのはそれなりに得心もいく。しかしルールだけを学習したもの同士で対局させたプログラムが教師なしで成長し、アルファ碁を完膚なきまでに打ち負かして人間の棋譜の圧倒的先を行く状況は、空恐ろしく感じたのである。

 これをビジネスで転じた時にどのような可能性があるか? 一番大きなものは、時間をかけて生み出してきたノウハウそのものが、AIによって一瞬にして時代遅れの手法になってしまうことである。配送の例で考えてみると、各社が長年培ってきた集配ルートや巡回プログラムなどを、基本的な情報(世帯の状況、道路の状況、配送拠点の場所など)をインプットするだけで、これまでよりも効率的かつ効果的な集配の実現が考えらえる。

 またほかの例として、いわゆる「カイゼン」業務において従業員が課題発見アプローチに基づいたソリューションを考察するのが一般的である。しかしその状況を人ではなくAIに学習させることで、人間では思いもつかない別解を見出すこともあり得るかもしれない。つまり知識移転が起こりうる「インサイダー」ポジションにいなくても、AIに考えるデータを最低限与えることで、人間以上のソリューション発見がされる可能性がある。そしてもし「インサイダー」のポジションにいるのであれば、AIにあたえるべきより有用な情報を入手・選択できる立場にあり、現状のビジネス・アプローチの一歩先を予測することもできるだろう。

 アルファ碁ゼロのニュースは、これまで人や組織をベースに議論されてきた知識移転について、AI活用により単なる知識移転を越えた形で知識創造が図られるのではないかという可能性を秘めている。今後AIが適用される範囲の広がりに、大いに期待をしている。

アスキーエキスパート筆者紹介─坪井聡一郎(つぼいそういちろう)

著者近影 坪井聡一郎

株式会社デンソー技術企画部 MaaS戦略室 事業開発課。一橋大学大学院商学研究科修了。2004年株式会社ニコン入社。ブランディング、コミュニケーション、消費者調査、デジタルカメラのプロダクト・マネジャー等を歴任。2012年より新事業開発本部。2014年、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構より「センシングによる農作物高付加価値化」の研究委託を受け、コンソーシアムの代表研究員を務めた。経産省主催の「始動Next Innovator2015」のシリコンバレー派遣メンバーであり、最終報告会の発表者5名にも選抜された。2016年より大阪イノベーションハブにおいて「OIH大企業イントルプレナーミートアップ」を主宰している。2017年デンソー入社。

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