日本のハードウェアスタートアップ、SaaS、オープンイノベーション、RPAのこれからは?
「2018年度ベンチャー、スタートアップ業界トーク」レポート
アスキー スタートアップは、2018年度にスタートアップ、ベンチャー業界がどうなっていくかの予測を識者が語るトークイベント「2018年度ベンチャー、スタートアップ業界トーク~日本のオープンイノベーションを斬る~」を、2018年4月26日にアクセンチュア・イノベーション・ハブ東京で開催した。
登壇者は、ベーシックCSO、ユニコーンファームCEOの田所雅之氏、株式会社デンソー技術企画部 MaaS戦略室事業開発課の坪井聡一郎氏、合同会社pilot boat代表社員CEOの納富隼平氏、株式会社54代表取締役社長、プロトスター株式会社代表取締役COOの山口豪志氏の4名。司会は株式会社角川アスキー総合研究所ASCII編集部のガチ鈴木が務め、ベンチャー、スタートアップ企業、投資家、大手企業から多数の参加者が集まった。
第1部「注目企業、業界を語るQ&Aトーク」では、登壇者が注目する分野やベンチャー、世界的な動きについての予想を語り、第2部「オープンイノベーションパネルディスカッション」では日本のオープンイノベーションが抱える問題点について熱い意見が交わされた。その内容を一部レポートする。
業界特化型のSaaSがイノベーションを起こす?
納富氏(以下、敬称略):「2016年から2017年にかけて、業界特化型のSaaSでアナログな業界を変えよう、という動きがあります。システムをつくるのはテクノロジー側の人だが、ファッションのBtoBの課題などは、ファッション業界にいないとわからない。監査のSaaSをつくるには、監査の知識がある人じゃないとできない。業界のトラディショナルを知っている人がSaaSなどのITをどんどん取り入れてくれたら、業界のイノベーションが進んでいくのではないでしょうか」
田所氏(以下、敬称略):「SaaSのサービスはいったん導入すると、ワークフローのリプレースが難しいため、非常にライフタイムバリューが高い。たとえば、SmartHRの解約率は0.2%と低い。一度獲得した顧客は離れにくいので、多額のセールスコストがかけられるが、売り込むよりも、ライフタイムを伸ばすための運用支援が重要だ。ここが公式としてわかっているところは伸びている。人材としては、フィールドセールスよりも、カスタマーサクセスが必要になるが、この人材が圧倒的に少なく、カスタマーサクセス経験者は10万人の求職者のなかで、10人ほどしかいない状況です。人材が少ないのが課題です」
山口氏(以下、敬称略):「いま業界がSaaSの導入へと動き始めた理由のひとつは、人材不足だと考えています。日本の労働者は平均年齢40を超えていて若い人が少ない。この先やっていくには生産性をあげるしかなく、そこにSaaSがフィットするのでは」
今や世界最先端のIT国家に成長した中国。BATの勢いに注目
坪井氏(以下、敬称略):「従来はデバイスを作って個人データをとっていたのが、完全にインフラとして、スマートシティという形でデータをとっているのがファーウェイです。数年前まで発展途上国と呼ばれていた地域に、優秀な人材が集まり、あっという間にスマートシティが出来上がる。従来はシリコンバレーだったが、いまや中国がその先を行っており、僕らは中国から学んで模倣しなければいけない。自動車業界においても、BYDが日本の優秀な中小のメーカーをM&Aするなど、中国は完全に無視できないところまできている。中国企業の動きにもっと注目しなくてはいけないけれど、僕らは中国語を読めないせいもあり、情報をキャッチするのが遅れがちです」
田所:「中国からのリバースイノベーション。テンセントの時価総額は、50兆円。これは、東証マザーズの上場企業約250社の時価総額の合計(約6兆4千億円)の8倍です。テンセントの馬化騰CEOは、「10年以内に今のビジネスをすべて変えていく」と言っている。シリコンバレーの4大企業GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に風穴を開けられるのは、BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)でしょう。また、中国は、キャッシュレス化やシェアリングエコノミーが世界で一番進んでいる。中国は、モノを共有することに違和感がない国民性というのもあるだろうが、この風潮は、日本も取り入れていくべきですね」
日本のハードウェアスタートアップの抱える課題と成功へのカギは?
田所:「“プロダクトマーケットフィット”よりも“プロダクトプラットフォームフィット”が大事な段階ではないかと考えています。いまのIoTはプラットフォームが未成熟。前提条件として、セキュリティーや5Gが整わないと、人が繰り返し使える状態にはならない。もう2、3年は待つ必要がありそう」
山口:「僕の知っているIoTベンチャーで、成功しているといえるのはMAMORIOくらい。彼らが成功した理由は、”なくすをなくす”という非常にシンプルなサービスだったからだと考えています。スマホのアプリなら初期投資が安いけれど、モノづくりにおいては、製造ラインをおさえなくてはならず、プロモーションや流通コストも高い。もともとベンチャーには難しいマーケットです。IoTプロダクトベンチャーが成功するには、単機能にしぼり、利益率の高いモデルをつくることがポイントですね」
納富:「大企業がIoTスタートアップにもう少しお金を回してくれるといいですね。実際、自社で新しいプロダクトを研究開発するよりも、いいアイデアをもつスタートアップに出資するほうが合理的だと思いますよ」
山口:「僕がいま注目しているスタートアップは、スマホアプリで荷物の預け入れや受け渡しができるロッカーをつくっている、スペースアール。楽天やJRも宅配ロッカーのサービスを始めているが、スペースアールの特徴は、ロッカーの導入コストが安いこと。一般的な宅配ロッカーが300万円くらいかかるのに対し、6分の1程度で設置できるので、個人ベースでも扱える。シンプルなビジネスモデルではなく、不動産のように筐体のオーナーと、使用料をとるユーザー、メンテナンスユーザー、の3つのモデルを組み合わせて提供しているのがユニーク。これから伸びてくる会社じゃないかな」
田所:「あえて非同期という発想がおもしろいですね。テクノロジードリブンだと何かとリアルタイムにしがちだが、サービスによっては非同期でいい。たとえば、クリーニングはオンデマンドでなくてもかまわない。サーバーへの負荷も少なくて済む」
RPA、新しい採用系サービスで業務環境、働き方はよりよくなる
坪井:「RPAは確実に進んでいる分野で、ありとあらゆることを対象に検討されている。業界や職種による区別なく、当たり前のように浸透していくのではないか」
山口:「昔は人件費の安い海外へアウトソーシングしていたが、人間がやっている限り、24時間働けるわけじゃありません。流通量の多いものについては、システム開発に投資してでもやったほうがいい。相対的に業務量全体が下がれば、コストが下がり、みんなの手間が楽になる。
たとえば、キャスターという会社は、秘書、人事、経理などあらゆる日常業務のアシスタントサービスを提供しているが、依頼が多いのは、経理、予約、人材の面接の日程調整といった業務だそうです。たとえば、日程調整は、ひとりひとりに電話やメールで確認をとっていたらすごく時間がかかるが、ツールを使えば簡単。こうしたボリュームが大きい、みんなが面倒くさいと思っている業務からシステム開発していくのが効果的です」
坪井:「人間の仕事を機械に置き換える際、人間の知見やノウハウをどう扱うか。囲碁の人工知能「AlphaGo(アルファ碁)」は、人間の棋風の学習によって勝つことができた、と言われていますが、この話には後日談があって、同じプログラムの棋風を読ませていないAIと戦わせたら、アルファ碁はすぐに負けたそうです。人間のノウハウが最適とは限らず、実はもっと効率的な手段があったのに、気付いていないこともあり得るんじゃないかな。RPAがAI化してノウハウを解析することで、単純に人間の仕事を置き換えるだけでなく、より新しい方法を見出せるようになるとおもしろい」
山口:「新しい働き方としては、ジョブドラフトという高卒の新卒採用サービスを応援しています。多くの企業では、同じ年齢の会社員が同じ仕事をしていても、最終学歴が高卒だというだけで、大卒者よりも給与が低い。また、高校の新卒採用では、先生が生徒へ推薦して内定を決めてしまうことが多く、アンマッチが発生しやすい、という問題もあります。高卒の働き方を変えていくため、採用やHR系のベンチャーに期待しています」
日本のオープンイノベーション、これからどうなる?
田所:「日本のオープンイノベーションの一番の問題点は、大企業がスタートアップを下請けと思ってしまうところでしょう。課題を一緒に解決するのであれば、大企業側が要件定義をしてから、スタートアップにソリューションを求めるのではなく、より上流の、課題への要件定義の段階から協業していったほうがうまくいきます。スタートアップは、UXデザインに長けている。大企業がこれまで紙ベースでやっていたことを違うプラットフォームに置き換えるなら、スタートアップのほうがいいものができる。お客さんが商品に触れるのはUXであり、テクノロジーやマーケティングはUXの一部でしかない。UXを再定義できるのは、スタートアップの最大の強みです」
坪井:「今は、大企業がスタートアップを中に取り込む活動が中心だが、大企業側がもっているリソースを外へ出す活動もしていくといいですね。大企業では、使わなくなった特許をずっと保持していることがよくあるけれど、使わないのなら放出して誰でも使えるようにすればいい。デンソーの開発したQRコードは無償で使えるからこそ、今あらゆるサービスでQRコード決済が使え、外に経済が広がっている」
山口:「オープンイノベーションの問題点ばかりが挙げられがちだけれど、オープンイノベーションの成功事例がなかなか見えないのは、当たり前の話。日本の大企業も、昔からオープンイノベーションをたくさんしてきており、成功事例はやまほどあります。でも、本当に事業として成功した事例というのは、企業にとってノウハウ。競合他社に真似されたくないので、外部に公表しない。みなさんがメディアで目にするのは、失敗例か、それほど大きくは成功してはいないけれど広告として掲載しているものか、のどちらかになりがちです。本当の成功事例は、メディアには載っていないだけ。大企業側もスタートアップも、前向きにチャレンジしてほしいですね」