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がん放射線治療の効果を高めるレブリチン、動物用医薬品販売から逆算でヒトへ挑むエム・ティー・スリー

腫瘍(がん)組織内部の低酸素環境を改善する放射線増感剤「レブリチン」

特集
堺市・中百舌鳥の社会課題解決型イノベーション

提供: 堺市

 大阪府堺市は人口減少や高齢化など、地方自治体が悩む社会的課題の解決に向け、イノベーション創出に取り組んでいる地元企業やスタートアップに対する様々な支援を行っている。2018年に創業した株式会社エム・ティー・スリー(以下、MT3)もそのような企業のひとつで、中百舌鳥にあるインキュベーション施設「S-Cube」からグローバル展開をめざして事業展開を進めている。

 MT3はがんの3大治療法のひとつである放射線治療の効果を高める放射線増感剤「レブリチン」の開発し、販売を行っている。「レブリチン」はもともと人用の医薬品として開発を進めてきたが、人用の薬剤の承認に対する資金リスク及び開発リスクを勘案し、まず競合製品のない動物用医薬品として製品化し、その後人用へと展開する戦略を採用することにした。

 今回は同社の代表取締役社長である福原 崇臣氏に同社のビジョンや事業概要について話を伺うことができたので紹介する。

がん治療のカギの一つである低酸素環境を改善する「レブリチン」

 がんの治療法として放射線治療は広く用いられているが、その効果は患部の酸素濃度によって大きく変わることが知られている。酸素濃度が十分高ければそれだけ放射線治療の効果が高まるが、腫瘍組織の内部には十分な酸素が届かないために、低酸素領域が存在しており、放射線治療の効果を低下させる一因となっている。

 放射線増感剤「レブリチン」は腫瘍内の低酸素環境を改善する(酸素濃度を高める)作用を持ち、より効果的な放射線治療を実現する動物用の医薬品として、日本で薬事承認を得ることに成功した。放射線増感剤として認められた医薬品としては世界初となる。さらに最近の研究では、「レブリチン」の有効成分であるSQAPによる低酸素環境改善作用が放射線治療だけでなく一般的な抗がん剤に対しても補助的役割を果たせる可能性が示唆された。腫瘍の低酸素環境が改善すると、腫瘍組織の微小環境も変化するため、治療の抵抗性や感受性が改善する可能性がある。このことから、抗がん剤の使用量を減らし、副作用を抑えることができるのではないかと考える獣医師も出てきた。

「医薬品向けに開発を進めてきたが結局お蔵入りとなる化合物は世の中にたくさんある。「レブリチン」の素となる天然物(ウニ、スギノリ)由来の化合物もその開発にかかるコスト負担により頓挫しかかっていた。

 通常の創薬ベンチャーはマーケットの大きい人用の医薬品として開発を目指すが、医薬品の開発ではその承認にかかるコストが非常に大きく、特に人用の医薬品ではそれが顕著だ。動物用医薬品は市場の規模からも選択する企業が少ないニッチな事業領域だった。我々はまず動物用医薬品として製品化させ自然発症の疾患で効果を確かめていく戦略を設定し、製品パイプラインとして動物用の医薬品から実用化することにした。ペットも家族の一員、パートナーとして認知され、人の治療と同等の費用をかける飼い主が増えてきていることも追い風になったと感じている。

 現在は獣医師の先生方に製品を浸透させている段階で、その後人用の医薬品として展開することをめざしている。小さい市場であっても同じ命あるものとしてペットの医療に貢献し、企業としての足場を固めてから大きな市場に向けて育てていくことにした」(福原氏)

株式会社エム・ティー・スリー 代表取締役社長 福原 崇臣 氏

 創薬ベンチャーの中にはグローバル展開を急ぐあまりに過大な資金リスクと開発リスクを負い、結果として成長にブレーキがかかってしまうこともある。MT3は動物用医薬品を1stターゲットにするというユニークな戦略によって確固たる経営基盤を構築することを優先し、安心してヒト用の医薬品やグローバル展開を見据えていきたいと考えている。このMT3の経営方針が成功すれば、開発を中断する化合物も減り、新薬ベンチャーの起業もしやすくなることが期待できる。

獣医師や飼い主の認知度向上を通じて「レブリチン」の利用を促進

「レブリチン」はまだ動物用医薬品としての承認を受けたばかりであり、売り上げを伸ばすためにもまずは製品としての医療現場での認知度の向上がカギになる。海外の(人用の)放射線増感剤の多くは副作用が強く、どの医師も積極的に使用してはいなかった。「レブリチン」は天然物であるウニや海藻から発見された化合物を基にしており、副作用が極めて低いことを特徴としている。このことは獣医師が使用に前向きになる重要なポイントとなっている。

「獣医師は犬や猫だけでなく、ハムスターも蛇も診る。だから飼い主の求めに応じた治療を提供するという意味で非常に広い裁量権を持っている。人用の薬を犬の体重や状態に合わせて使ってみることもある。それには良い面も悪い面もあり、その間で獣医師は悩んでいる。

「レブリチン」は動物用の医薬品として承認されたため、獣医師にメリットの説明がしやすくなった。一方でペットの治療には飼い主の決定権が強いので、まず飼い主にアプローチする必要がある。

 今はまだホームページの中でしか情報提供できていないが、ペット関連の雑誌などで露出を増やすようにしたり、SNSなどで認知の輪を広げていきたいと考えている」(福原氏)

 MT3は犬の腫瘍を対象にした放射線治療の臨床試験を大学病院と連携して実施し、その概要をYouTube動画として公開している。また、堺市の保健所や動物愛護センターとタイアップして保護動物の譲渡会などでペットのがん治療に関する情報発信を行っている。特に動物愛護センターとの活動はMT3だからこそ実現できた社会貢献といえるだろう。

 動物に対する臨床試験や実際の治療を通じて、すでに「レブリチン」が重篤な副作用を生じないことやその効能についてデータが蓄積されてきている。人用の医薬品には動物用の医薬品と同じような承認プロセスがあり、動物用医薬品は農林水産省、人用医薬品は厚生労働省と管轄が異なる。MT3は厚生労働省とも連携し将来的にはペットで得られた自然発症の疾患によるデータ蓄積が活かせる環境を整えることを目指している。

手厚い公的サポートを得て、ミッション「いのちを大切に」の実現へ

 MT3は本社を東京に置きつつ医薬品の製造販売業許可を大阪府堺市で取得した。その後本社も大阪府堺市に移転したが、その理由、堺市の環境などについて聞いてみた。

「(本社を堺市に移転したのは)医薬品の原料工場などは堺市の東に、北には医薬品の町である道修町、南には関空という、モノ作りから輸送まで近い距離で手当てできる地域だったことが大きな理由だ。堺市のインキュベーション施設であるS-Cubeは公的支援も拡充されているので入居を決めた。

 堺市で良かったと思うこととして、市役所など公的機関が非常に親身になってサポートしてくれる点がある。保健所などとの関係が構築できたのも大きい。やはり地域に根差した企業として育ちやすい環境だと感じている。

 また、大阪では非常にレベルの高い人材を確保できるという実感がある。(MT3の本社がある)なかもずの近くに大阪公立大学があり、北にある大阪大学とも地下鉄1本でつながっている。通勤にも非常に便利だ」(福原氏)

 日本のみならずグローバルで見ても先進国は高齢化が進んでおり、がん治療をはじめとする新しい医療技術の開発が喫緊の課題となっている。MT3はその社会課題に正面から向き合い、それを克服しようとしている。

「MT3はそのミッションとして「いのちを大切に」を掲げている。日進月歩で進化する医療技術に対し、「医療の先にある未来を切り開く」ことをめざしている。技術革新や新しい提案を世の中に提示し「医療の限界を広げるイノベーターになろう」と考えている」(福原氏)

「レブリチン」はがんに侵されたペットの最後の希望の光となりうる医薬品だ。ペットの病状に不安を抱えている飼い主がいたら是非近くの獣医師に相談をしてほしいと福原氏は言う。獣医師を通じて連絡があればMT3からも積極的に情報提供をしていくとのことだ。

 今後は人用の医薬品としての承認取得や動物薬としてのグローバルへのビジネス拡大など多岐にわたる事業展開を見込んでいる。会社の規模から自社だけで難しい事業領域の場合は、様々なパートナーとの連携も求められる。その際にMT3がより大きな組織に吸収される可能性もありうるが、それが「いのちを大切に」というミッションを達成するため、MT3が育てた化合物を社会実装していくためになるなら選択肢の一つになると福原氏は話してくれた。

 北海道のウニから発見された化合物が、堺市に生まれた小さなスタートアップの手によってがんという世界的課題の解決へと結実しつつある。人命はもちろんのことだが、「レブリチン」によって多くの人のパートナーであるペットの命が救われることを願っている。

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