人工知能活用で浮き彫りになる日米の違い
国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。KDDI総合研究所の帆足啓一郎氏による人工知能についての最新動向をお届けします。
人工知能関連の新しい技術の研究開発では、Google・Apple・Microsoftなど、米国の巨大IT企業が依然として世界の最先端を突っ走っている。その一方、人工知能を構築するための基盤となる技術は、研究レベルから徐々に広まってきており、一般企業でも利用可能なビジネスソリューションの提供が本格的に始まっている。とくに米国は、人工知能の研究開発では世界をリードしているが、果たしてビジネスでも同じだろうか? 昨年、奇しくもほぼ同じ時期に日米で行なわれた人工知能関連ビジネスイベントを通じて把握した動向を元に、日本と米国における差について考察する。
人工知能は研究室からビジネスの現場へ
2016年は、AlphaGoの出現など、画期的な人工知能関連技術が数多く世に出てきた1年だった。これらの技術の多くは、巨大な計算機環境と膨大なデータを前提としており、まだ研究レベルのものである。その一方、TensorFlowやChainerなど、深層学習(ディープラーニング)を比較的容易に実装することができるプログラムが無償で公開されており、にわか開発者であってもとりあえず深層学習を使ったプログラムが開発できる状態になっている。こうした動向などから、2017年はいよいよ人工知能関連技術が研究室を飛び出し、ビジネスにおける本格的な活用が進む1年と期待されている。
このような期待感の現れか、昨年後半にはAI関連のビジネスに関するカンファレンスやイベントが増えているように感じる。筆者の本業は研究開発のため、ビジネスの現場からは若干距離があるものの、ビジネス領域での動きの活性化は実感している。そこで、今回の記事では、筆者が参加した日本国内でのイベントと、筆者の周囲の人が参加した米国でのイベントの様子について紹介する。
NEDOピッチ「人工知能」特集
オープンイノベーション協議会と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発(NEDO)が共催で定期的に開催される「NEDOピッチ」というイベントがある。このイベントではオープンイノベーションを創出することが目的となっており、毎回指定されたテーマに関連するスタートアップ企業が登壇し、主な聴衆である大企業との協業を促進する場になっている。
昨年(2016年)の12月に開催された第13回NEDOピッチのテーマはずばり「人工知能」。筆者は初めて参加したが、現在最もホットなテーマということもあり、年末の遅い時間から開始されたイベントにも関わらず、会場は超満員で熱気にあふれていた。
本イベントの冒頭に登壇した、人工知能技術戦略会議 ベンチャー育成・金融連携タスクフォースの栄藤稔 主査(NTTドコモ・執行役員)は、人工知能の分野で日本のスタートアップが米国に追いつくためには、要素技術を持っている大企業が人工知能に対する要件定義を示すことが重要であり、NEDOピッチのような場で大企業とスタートアップを引き合わせることに意義がある……と、今回のイベントの重要性についてアピールした。
その後に登壇したスタートアップ5社は、既に大企業との協業ビジネスの実績がある企業がほとんどであり、いずれの会社も自社の技術と活用イメージをわかりやすく説明していた。イベント終了後の名刺交換の場では、各社との名刺交換を希望する参加者の長蛇の列ができており、人工知能に対する企業側の期待感がうかがえた。なお、イベントの詳細については「人工知能で『超』効率的な未来を実現するビジネス~第13回NEDOピッチレポート~」に詳しく紹介されているので、併せて参照されたい。
米国での人工知能関連ビジネスイベント
では、NEDOピッチで「追いつき追い越せ」の目標として取り上げられていた米国の人工関連ビジネスの動向はどうなのだろうか? 人工知能関連技術の研究開発という点においては、日本は米国の後塵を拝しているというのが(残念ながら)現実だが、こと人工知能のビジネス活用という観点では、実は米国も日本と同様、黎明期にあると考えている。
その根拠として、人工知能を主要テーマとした米国でのイベントが、いずれも昨年中に初めて開催されているという事実がある。筆者は残念ながら自身での参加はかなわなかったが、これらのイベントのうち注目すべき2つについて、その様子を紹介する(補足:以降の内容は筆者が所属するKDDI総合研究所からの参加者からの報告、およびトーマツベンチャーサポート社が企画した参加報告会で得られた情報に基づく)。
O’Reilly AI Conference @ New York
まずは、O’Reilly Media社の主催で2016年9月26~27日にニューヨークで開催された、第1回目の「O’Reilly AI Conference」を紹介する。
このイベントは、Google・Facebook・NVIDIAなどの有名企業からのキーノート講演、人工知能関連技術の実装などに関連した技術中心のセッション、人工知能のビジネス応用に関連する実用寄りのセッションなどから構成されていた。発表内容は、深層学習などのアルゴリズムに関する最新技術動向の発表から、ビジネスの現場にこれらの技術を導入したユースケースの紹介など幅広い構成。キーノート講演には当然ながら多くの聴衆が集まっていたが、それ以外では人工知能のユースケースなどを紹介した実用寄りのセッションや、人工知能関連のプロダクトが展示されていたデモセッションにも多くの来場者が参加し、活発な議論が行なわれた。
このイベントは今回が初回ということもあり参加者の数は数百名程度だったが、好評を博したイベントだったようで、今年の6月にはニューヨーク、9月にはサンフランシスコでそれぞれ規模を拡大したAI Conferenceが早くも企画されている。
AI World Conference and Expo @ San Francisco
次に、昨年の11月にサンフランシスコで開催された「AI World Conference and Expo 2016」について紹介する。こちらのイベントもO’Reilly AI Conference同様、今年が第1回目の開催だった。しかし、初めての開催にも関わらず、参加者は約2200人、スポンサー企業が65社超という、かなり大きな規模のイベントとなった。
本イベントの主テーマは人工知能および機械学習などの関連技術のビジネス活用であり、出展者以外の参加者の大多数の所属は大企業だった。セッションの主な内容は人工知能関連技術のユースケース紹介だったが、イベント全体では、まだ人工知能の産業自体が立ち上がったばかりであることから、人工知能を活用したビジネスの今後の動向や展望に関する議論が多かったようだ。
個別のテーマでは、チャットボットやインダストリアルIoTがこのイベントではホットな話題となっていた。インダストリアルIoTとは、製造現場やプロダクト自体に搭載されたセンサーおよびその活用を指している。多数のセンサーから集められる膨大な情報に対し、人工知能関連技術を適用することによる業務効率化や新規事業創出が期待されているが、実際の現場で人工知能関連技術を導入する際には、多種多様なデータを収集し、統合的に分析するデータマネジメントが極めてチャレンジングな課題である。
本イベントで行なわれたGeneral Electrics社のキーノート講演では、この課題を実際に解決している事例として、同社のインダストリアルIoTの取り組みが紹介された。米国といえどもここまで先進的な事例はまだまだ少数派であり、人工知能をこれから自社事業に導入しようとしている企業からの参加者は、GE社のような数少ない実践者のノウハウを吸収すべく、熱心に耳を傾けていた。
現在、こうした米国企業の人工知能に対する課題を解決しているのがスタートアップ企業である。当然ながら、本イベントにも多くのスタートアップがデモブースを開設するなど、イベントの参加者の多数を占める大企業へのPRを行なっていた。こうした人工知能関連のスタートアップは、基本的なアルゴリズムの開発から、深層学習などの重要な要素技術を活用するためのプラットフォーム提供(例:深層学習関連のソフトやチップなどを開発しているNervana社)、さらにはデータのクレンジングや結合など一見ニッチな課題の解決への特化(例:クラウドソーシングで人工知能のデータ整備などを行なうCrowdflower社)など、さまざまな領域にわたっている。米国の大企業であっても、人工知能を活用するためのノウハウや人材を自社内に抱えているところは少なく、スタートアップとの協業により、人工知能活用のニーズを解決する動きが活発化している。本イベントは、多くのニーズを有する企業とスタートアップを結びつける場として大いに盛り上がっていた。
なお、AI World Conference and Expoも今年の開催が確定している。開催場所をイノベーションの発信地であるサンフランシスコから、コーポレートビジネスが多い米国東海岸のボストンに移し、さらに多くの参加者(2500名超)が集まることを見込んでいる。
日米の人工知能ビジネス動向に差はあるか?
上記の日米での人工知能関連イベントを比べると、ここでも米国が日本の先を進んでいる印象が強い。米国ではこの種のイベントが上記以外にもIBMなど個別企業主催のものがあり、いずれも非常に大きな規模で開催されているからである。しかし、実は人工知能関連ビジネスのフェーズについては日米との間では、現時点ではさほど大きな差はないと筆者は考える。
イベントの規模はさておき、各イベントに参加している企業の様子を見ると、自社内で爆発的に増えているデータを解析し、新規事業の創出やコア事業の効率化実現できている企業は、日米ともに少数派である。さらに、こうした大規模なデータを取り扱えるデータサイエンティストやエンジニアなどの人材が巨大IT企業やスタートアップに流れているという状況も、日米で同じである。そして、人工知能関連技術に対するニーズを有する大企業と、こうした技術を有するスタートアップとの引き合わせを促進し、人工知能関連ビジネスのエコシステムを構築しようとしている動きも、ほぼ同じタイミングで発生している。
米国と日本のビジネス市場を比較すると、米国の方が規模が大きい分、人工知能分野で活躍している人材や企業の数は多い。しかし、自然言語解析など日本固有の課題を除けば、日本の企業も米国のスタートアップと協業を行なうことにより自社の課題を解決することはできる。また、冒頭に紹介したNEDOピッチに登壇した企業など、日本国内でも生きのいいスタートアップ企業が増えてきていることから、わざわざ国外企業との提携を図らずとも人工知能関連技術を活用できる環境が整備されつつあるといえる。
むしろ、日米の企業の間で決定的な差があるとすれば、それは企業の中でのデータ活用に対する意識かもしれない。
前述したAI World Conference and Expoの成果報告会の中で、報告者のトーマツベンチャーサポート・木村氏が印象的な出来事として取り上げていたのが、Monsanto社からの発言である。Monsanto社は米国中部のミズーリ州に本社を置くバイオ化学メーカーであり、業界としては人工知能とは縁遠い印象である。しかし、そんな企業であっても、AI World Conferenceのパネルでは自社を「データアナリティクスの会社」と新たに位置付け、積極的にスタートアップ企業との連携を進めている旨の発言をしていたとのことである。
このように、効率至上主義の米国企業では、自社の業務の無駄を排除するための手段としての人工知能への関心が強い。そして、この効率化を進めるために、自社の貴重なデータをスタートアップに渡すことに対するためらいがない。こうした動きは、今はまだ主流にはなっていないものの、IT以外の業界でもこれから急速に拡大することが予想される。こうして、各社における事業の効率化が進むだけでなく、その結果として人工知能関連ビジネスの強固なエコシステムが構築される可能性が高い。
無論、このような動きを推進している企業はまだ少数派であり、加えていうならば、企業の中の特定の部署や社員がスモールスタートで人工知能の活用を試している事例が多いのが実態のようである。だが、自社内でまだ実績のない人工知能の活用について、「まずはチャレンジしてみよう」という意識は強い。このように、失敗を恐れず新しい技術を積極的に取り入れられるのが米国企業の真の強みであり、多くの日本企業に欠けている心がけであると考える。
繰り返しの主張になるが、本記事を執筆している2017年初め時点では、日米における人工知能関連ビジネスはいずれも黎明期にあると筆者は捉えている。日本企業がここから加速し、グローバル市場において米国に負けない存在感を築くためには、人工知能関連技術を積極的に活用し、事業の効率化を進めることが必須である。その際、一見人工知能とは無縁に見える事業領域や部署であっても、どのように人工知能を活用できるかについて検討すべきタイミングがきているのではないだろうか。
アスキーエキスパート筆者紹介─帆足啓一郎(ほあしけいいちろう)
1997年早稲田大学大学院修了。同年国際電信電話株式会社(現KDDI株式会社)入社。以来、音楽・画像・動画などマルチメディアコンテンツ検索の研究に従事。2011年、KDDI研究所のシリコンバレー拠点を立ち上げるため渡米し、現地スタートアップとの協業を推進。現在は株式会社KDDI総合研究所・知能メディアグループ・グループリーダーとして、自然言語解析技術を中心とした研究開発を進めるとともに、研究シーズを活用した新規事業創出に取り組んでいる。電子情報通信学会、情報処理学会、ACM各会員。経済産業省「始動Next Innovator 2015」選抜メンバー。