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遅れをとる日本型チャットボットの挽回は「おもてなし」にあり

連載
アスキーエキスパート

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米国でのチャットボットブームの社会的背景

 米国でチャットボットに対する期待がふくらんでいる背景の一つは、テキストコミュニケーションの普及形態にある。

 元々、米国では携帯電話が普及してきた当初から、SMSなどのシンプルなテキストによるコミュニケーションが主要なコミュニケーション手段として確立されている。また日常生活では、日本と比較にならないくらい多くの交渉事が日々発生するが、その相手となる米国企業のお客様センターへの電話は、つながるまでに長時間待たされたり、オペレータをたらい回しにされたりするなど、顧客体験としての満足度はかなり低い。

 そのため米国では顧客と企業とのやりとりにおいて、電話を使わずチャットで交渉することが多い。チャットは、とりあえず対話ができる(=まずはちゃんとつながる)連絡手段であること、日頃利用している携帯電話と同じような使い勝手で利用できること、揉め事になった際のやりとりの証拠を残すことができるなど、顧客観点でのメリットがたくさんある。実際、筆者が米国に赴任した際に契約した光熱費やケーブルテレビの連絡は、サービス提供企業のWebサイト上のチャットで行っていたと記憶している。

 つまり、米国でのチャットボットに対する盛り上がりは、単にチャットボットを提供するビッグプレイヤーが存在するという理由だけでなく、現時点で日常生活にチャットが浸透しているという社会的・文化的な背景もあげられる。チャットボットの登場・普及がもたらす(かもしれない)大きな進化への期待が、一般市民にとってもイメージしやすい。

大規模なユーザ基盤があり、チャットボットを作ることができるサービスという意味では Slackも話題にのぼることが多い

チャットボット開発に関する技術環境

 米国でのチャットボットへの期待は、上記のような社会的な背景だけでなく、技術的進化によるものも大きい。特に、チャットボットを実現するために不可欠な要素技術である自然言語解析が(限られた場面においては)実用に耐えられるレベルに到達したことも、チャットボットに対する期待が盛り上がっている大きな要因である。FacebookやMicrosoftは、それぞれのチャットボット開発プラットフォームの中に自然言語解析の機能を含んでいるため、高度なサービスが気軽に開発できる環境が整っている。

 この技術的な背景についても、実は米国(そして英語圏にあるその他の欧米諸国)が一歩進んでいるという実態がある。具体的には、Facebook(厳密には同社が買収したwit.ai)とMicrosoftがそれぞれ提供している自然言語解析機能の対象言語として英語は当然含まれているが、日本語が正式にはサポートされていない(注:2016年4月にwit.aiが発表した新たな対象言語の中には、日本語がβ版として含まれている)。ちなみに、中国語は両社の正式な対象言語に含まれている。

 一方、日本国内では有数のユーザ基盤を持つLINEもボットAPIを提供しているが、あくまでLINEアプリとのインタフェース機能を中心としたシンプルなものでしかなく、日本語の自然言語解析機能は(本記事執筆時点では)提供されていない。

 日本語を対象とした自然言語解析技術自体が存在していないわけではなく、国内大学や個別企業などで研究開発が進められており、たとえばYahoo! Japanでは基本的な機能をAPIとして提供している。したがって、自然言語解析の経験がない開発者であっても、日本語でのチャットボットを作ることはもちろん可能である。

 しかし、チャットボットAPIと自然言語解析技術が同プラットフォームで利用できるという点では、FacebookやMicrosoftの方が明らかにとっつきやすい。しかも、両社とも巨大なユーザ基盤を有している(注:MicrosoftにはSkypeユーザという基盤がある)ため、開発したチャットボットを多くのユーザにすぐに使ってもらえるというメリットがある。

 これに対し、国内随一のユーザ基盤を持つLINEで日本語が話せるチャットボットを開発するためには、あっちこっちのAPIをつなぎ合わせる、もしくは自ら要素技術を開発・調達する必要がある。この手間に加え、元々の言語利用者の人口の差(開発者、ユーザそれぞれに影響)によって、今後のチャットボットの開発レベルに差が生じ、また日本が世界の大きな流れに取り残される不安がある。

 とはいえ、米国で現在登場しているチャットボットのほとんどはおもちゃのようなものであり、現時点ではまだ期待を上回るものは出現していない。今後、自然言語解析だけでなく、その他の人工知能的な技術とチャットボットが融合することにより、徐々に日常生活を大きく改善するチャットボットが生まれてくるだろう。

日本のチャットボットの今後について

 ここまでお読みいただいた結果、また米国・中国に対する日本の悲観論が展開されていると感じている読者が多いかもしれない。しかし、まだチャットボット自体が黎明期なだけに、日本にも挽回の機会は十分にあると考えている。

 その根拠の一つとして、(技術とは全く関係ないが)日本が得意とする「おもてなし」の精神をあげたい。

 前述の通り、米国でのチャットボットへの期待は、元々現地でのリアルな接客に対する不満から生まれている。一方、日本では接客時のおもてなしが非常に重視されており、日常的な接客のレベルが極めて高い。このことが、企業などでのチャットボットの開発・導入を進める上での心理的な障壁となっている可能性がある。

 筆者としては、技術的にはかなり難しいことを理解しつつも、逆にこの日本的な「おもてなし」という発想をチャットボットにも導入することが世界に対する優位性になりえると考える。「おもてなし」を実現するためには、言葉を理解するだけでなく、周辺状況や話し相手の人間の情報などを細かく把握する必要があり、容易には実現できないだろう。しかし、その容易でない「おもてなし」がチャットボットで実現され、世界のユーザが共感できれば、業界全体を凌駕できる可能性がある。さらに、チャットボットの開発成果をロボットに搭載するなどして実世界に展開できれば、労働人口減少への対策としても活用できるかもしれない。

 技術としての人工知能の世界では、いかに大規模なデータをそろえるかが勝負となり、その観点では米国(英語圏)および中国に対する劣位は覆しにくい。しかし、インタフェースとしての人工知能においてはその限りではない。むしろ、世界的にはマイノリティであるからこそ、丁寧な設計を行い、世界に類を見ないUXを実現する可能性に期待したい。

アスキーエキスパート筆者紹介─帆足啓一郎(ほあしけいいちろう)

著者近影 帆足啓一郎

1997年早稲田大学大学院修了。同年国際電信電話株式会社(現KDDI株式会社)入社。以来、音楽・画像・動画などマルチメディアコンテンツ検索の研究に従事。2011年、KDDI研究所のシリコンバレー拠点を立ち上げるため渡米し、現地スタートアップとの協業を推進。現在は株式会社KDDI研究所・知能メディアグループ・グループリーダーとして、自然言語解析技術を中心とした研究開発を進めるとともに、研究シーズを活用した新規事業創出に取り組んでいる。電子情報通信学会、情報処理学会、ACM各会員。経済産業省「始動Next Innovator 2015」選抜メンバー。

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