GPSもインターネットも軍事だった。いま「デュアルユース」が注目される理由
日本は「Palantir」や「Anduril」を生み出せるのか
株式会社スペースデータが運営するNEXAは2026年6月9日、「防衛費9兆円時代。日本のデュアルユースのあるべき姿とは」と題したトークイベントを開催した(参照)。政府、大学、スタートアップの関係者が集まり、日本のデュアルユース産業の可能性や、防衛イノベーションの将来像について議論した。
デュアルユース(Dual-use)は、民間向けの技術や製品が、防衛・軍事目的にも利用できること、あるいはその両方で活用されることを指す言葉だ。「防衛テック=兵器産業」という印象を持つ人もいるかもしれない。しかし、今回の議論の中心となったのは、「平時にも使われ、有事にも役立つ技術をどう育てるか」という視点だ。「防衛」と「民間」を二分して捉えるのではなく、「世界で戦えるスタートアップをどう育てるのか」という文脈の中で、防衛や安全保障が語られていた。そこには、これまで世界のイノベーションを支えてきた技術発展の歴史がある。
GPSもインターネットも軍事技術から生まれた
私たちが毎日のように利用している技術の中にも、そのルーツをたどれば、安全保障や国家プロジェクトに行き着くものは少なくない。
スマートフォンの地図アプリに欠かせないGPSは、もともと米軍の衛星測位システムとして開発された。インターネットも、その原型は米国防総省の研究プロジェクト「ARPANET」にある。宇宙開発や半導体産業も、大規模な国家投資の中から育ち、その後に民間へと広がっていった。
しかし現在は、その流れ自体が変わりつつある。慶應義塾大学教授の白坂成功氏は、「防衛から民間へ」という見方だけでは現在の状況を十分に説明できないと指摘する。
かつては、新しい技術は防衛分野で開発され、その後に民間へ広がっていくケースが多かった。しかし最近は逆に、民間で生まれた技術が防衛分野へ取り込まれるようになっている。白坂氏は、こうした流れを「民間の方が新しいことをやって、防衛側に入っていく『スピンオン』の時代」だと表現する。
実際、白坂氏が共同創業した宇宙スタートアップ・株式会社Synspectiveも、当初はエネルギーやインフラ分野を主要な用途としていたが、防衛分野でのニーズの高まりを受け、その活用領域を広げてきたという。
つまり現在のデュアルユースは、「軍事技術を民間利用する」という一方向の話ではない。民間市場で生まれたAIや宇宙、通信などの技術が、防衛や災害対応にも利用され、さらにその実装が技術の進化を加速させる――そんな循環へと変化している。
いま、スタートアップ政策の中心に「デュアルユース」がある
デュアルユースが注目を集める背景には、安全保障環境の変化だけでなく、日本のスタートアップ政策における新たな成長戦略の模索がある。経済産業省 イノベーション創出新事業推進課長の石川浩氏は「スタートアップ政策の真ん中に、防衛テックやデュアルユースがある」と説明する。
その理由のひとつは、日本のスタートアップが抱える「スケールアップ」の課題だ。創業数や資金調達は増えてきた一方、世界市場で存在感を示す企業はまだ少ない。政府はAIや宇宙、半導体などのディープテック分野を成長産業として育成しつつ、防衛分野で生まれる新たな需要を、その成長を後押しする機会として位置づけている(参考資料)。
世界の安全保障環境の変化も見逃せない。ウクライナ戦争では、AIによる情報解析やドローン、衛星通信など、民間で発展した技術が重要な役割を果たした。防衛技術を民間へ展開する時代から、民間技術を防衛へ取り込む時代へと変化し、スタートアップが果たす役割も大きくなっている。
日本でも防衛費は約9兆円規模に達し、投資は拡大している。こうした状況の中で期待されているのは、防衛という新たな市場を起点に技術を磨き、その技術を海外市場も含めて展開できる企業の育成だ。
国家プロジェクトが育てた技術は、やがて世界市場へ広がった
米国には、防衛向けAIで知られるPalantir(パランティア)や、自律型無人システムを開発するAnduril(アンドゥリル)といった、デュアルユースを象徴するスタートアップがある。重要なのはこうした特定企業ではなく、それらが生まれた背景にある構造だ。
株式会社スペースデータ代表取締役CEOの佐藤航陽氏は、「AppleやGoogle、SpaceX、Palantir、OpenAIは、民間だけでがんばっているわけではなく、安全保障と産官学が完璧に連動している」と語る。
シリコンバレーは自由競争によって世界的企業が次々と生まれる場所というイメージが強い。しかし実際には、宇宙開発や国防研究など国家プロジェクトへの長期的な投資が数多くの技術を育て、その成果が民間市場へと広がってきた歴史がある。
慶應義塾大学教授の芦澤美智子氏も、アポロ計画を契機にシリコンバレーへ膨大な研究開発資金と人材が集まり、それが半導体やコンピューター産業の発展につながったと指摘する。インターネットやGPSも、その延長線上に生まれた代表例だ。
こうした企業に共通するのは、政府や公共部門が初期の需要を支え、技術を磨く機会を提供していた点だ。その技術はやがて民間・世界市場へ広がり、新たな産業を生み出していった。
近年は、AIや宇宙、ロボティクスといったディープテック分野で同じ動きが加速している。国家安全保障という大きな課題に取り組む過程で技術が磨かれ、その成果が物流やインフラ、防災など幅広い民間用途へ展開される。デュアルユースとは、そうした技術と市場の循環を生み出す仕組みとも言えるだろう。
では、日本も同じようなエコシステムを構築できるのか。登壇者たちが共通して挙げた課題がある。それは、「国(防衛省)だけが買う会社を作っても、世界企業には育たない」という現実だ。
「防衛省だけが買う会社」を作っても意味がない
防衛スタートアップの育成というと、「防衛需要が増えれば企業も成長する」と考えがちだ。しかし、今回の議論では、異なる視点が繰り返し示された。
経済産業省の石川氏は「防衛省だけが買うようなものを作っても、グローバル企業にはならない」と指摘する。防衛市場は重要だが、日本の防衛予算だけを相手にしていては、世界的な企業へ成長することは難しい。
政府調達は技術を育てる機会になりうる。しかしそれだけに依存すれば、政策や予算に左右される脆弱なビジネスにもなりかねない。世界市場で競争力を持つ企業へ成長するには、防衛向けに培った技術を民間市場へ展開し、さらに海外へ広げていくことが不可欠だ。
登壇者から繰り返し示されたのは、防衛省を「唯一の顧客」ではなく「最初の顧客」として技術を育てるという考え方だ。新しい技術は、実証や運用の機会がなければ成熟しない。政府調達はその機会を提供する存在であり、企業側はその技術を物流やインフラ、エネルギー、防災など、より大きな市場へ展開していくことが求められる。
佐藤氏は、「デュアルユースは一方向に行って終わりではない。最初は防衛が支えていたかもしれないが、それをちゃんと外(民間海外)に出ていくものにして、そこで外でも進化したものを防衛側にも返していく。この相互の循環がないと、流行りで終わってしまう」と指摘した。
キーワードは「レジリエントな社会」
イベントを通じて印象的だったのは、多くの技術が防衛と民間の間にある広い領域で活用されることを前提に議論されていた点だ。
AIは政府や企業の業務効率化にとどまらず、災害時の情報分析にも使われる。衛星データはインフラ監視や農業にも役立ち、有事の際には安全保障にも活用される。ドローンも物流・点検・防災・防衛を横断する技術になりつつある。
こうした技術はいずれも、社会のレジリエンスを高めることを目的に開発されている。そして平時に社会を支える技術は、有事においても重要な役割を果たす。今回の議論で語られたデュアルユースとは、新たに軍事専用の技術を生み出すことではなく、平時の社会課題を解決する技術が安全保障にも活用されるという発想だ。
GPSやインターネットは、軍事技術として生まれながら、今では社会に欠かせないインフラとなった。しかし日本が目指すべきデュアルユースは、その単なる追随ではない。防災や物流、インフラ、AIなど、日本のスタートアップが取り組むレジリエンス技術を起点に、防衛と民間が相互に技術を磨き合う循環をつくれるか。そのエコシステムこそが、日本版PalantirやAndurilを生み出す土壌になるのではないだろうか。
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