筆者がNFC(Near Field Communication)に関する取材を本格的にスタートさせたのは2011年初頭のことだ。当時はモバイルに限らず多くのテクノロジー業界でNFCに対する注目が高まっており、今ではあまり考えられないことだが「NFC専門のカンファレンス」が世界各地で多数開催されていた。
またNFC専門というわけではなくても、いくつかあるセミナーのトラックが丸ごとNFC関連で埋められており、関係者が集まって情報交換するという光景が繰り広げられていた。今回紹介するYankee Group(現在は451 Research傘下)主催の「4G World」もその1つで、2011年11月に米イリノイ州シカゴで開催された同イベントでは「NFC専門」のセッション枠が設けられていた。
Apple Pay登場で息を吹き返した「NFC」だが、それは同時にモバイルNFCの用途が「決済」と「カードエミュレーション(CE)」に偏重するというトレンドももたらすことになった。本来、NFCは「カードエミュレーション(CE)」「リーダ/ライタ(RW)」「ピア・ツー・ピア(P2P)」の3モードを使ってデバイス同士が通信する技術であり、CE偏重はそのポテンシャルを活かし切れていないことの現れでもある。
用途も決済に偏ることで、その先の用途に今一歩踏み出せていない印象も受ける。逆に、2011年当時はプレイヤー同士の主導権争いこそあったものの(足の引っ張り合いともいえるが)、さまざまなベンダーがアイデアを持ち寄って議論やプランを重ね合ったりと、将来像に関してはむしろ活気があったと考えている。
あえなく自然消滅という形にはなったものの、この4G Worldが開催される直前の2011年9月に最初のサービスインした「Google Wallet」について、当時Googleで責任者だったOsama Bedier氏がカンファレンスで登壇し、そのプランと狙いについて解説している。
モバイルは“ばらばら”のユーザー体験を紡ぎ出す
もともとPayPal出身で、今後のGoogleのモバイル決済サービスの要となる「Google Wallet」プロジェクト推進のために同社にやってきたのがBedier氏だ。発表されたGoogle Walletは、当時の「Nexus S」デバイスに携帯キャリア「Sprint」の組み合わせでのみ利用可能なサービスだった。つまりSprintとの回線契約(しかも年縛りつき)が必要であり、AT&Tがメイン回線だった筆者はSIMロックフリーでのサービス提供が翌2012年4月に開始される「Google Play版Galaxy Nexus」の登場を待たなければならなかった。
仕組み的には本体に内蔵されたセキュアエレメントにセキュア情報を保存してNFC経由で決済等のサービスを利用する「eSE」方式を採用しており、これが後々携帯キャリアとの軋轢を生み出してGoogle Wallet失敗の引き金となってしまう。Nexus Sの時点では、後に競合することになる「Softcard」(当時の名称は「Isis」で、現在はGoogle傘下に入ってサービスを終了している)と利害関係のないSprintがパートナーなので問題なかったが、同年10月にリリースされた「Galaxy Nexus」ではSoftcardのジョイントベンチャーを構成する1社であるVerizon Wirelessがローンチパートナーだったこともあり、Google Walletアプリの提供を封じられる事態となった。
結局、Googleが本来抱いていた構想はここ4G Worldでの発表が最初で最後になってしまったわけだが、本来各社が目指すべき「モバイルウォレット」の姿を2011年当時に描き出していて興味深い。
モバイルウォレットといえば「複数のカードを1つのデバイス上に集約できる」「決済以外のロイヤリティカードやストアカードも保存できる」「しかもそれを簡単に選んで利用できる」という特徴があり、ここまではApple Payなどの既存のウォレットサービスでもほとんどが実現している。Googleはさらに「AdWordsやモバイル機能との連携」を打ち出しつつ、「セキュリティ的に安全」「オープンなエコシステム」「Googleは間接費用を徴収しない」という点を打ち出して、潜在的なパートナー企業へのアピールをしている。この思想はAndroid Payにも引き継がれているが、「Googleは費用を徴収しないのでエコシステム上でアプリやサービスを自由に開発してほしい、ただし広告関連に必要なデータは収集させてもらう」というスタンスだ。ある意味で、ここが「情報はいっさい取らないが、わずかな間接費用を徴収する」というAppleのスタンスと真逆になっている。
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