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スタートアップと起業家のさらなる活躍のために知財こそビジネスに生かすべき

【「第5回IP BASE AWARD」スタートアップ支援者部門グランプリ】増島 雅和氏インタビュー

特集
STARTUP×知財戦略

この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。

 第5回 IPBASE AWARDのスタートアップ支援部門でグランプリを受賞した弁護士・弁理士の増島雅和氏。シリコンバレーの法律事務所で学んだスタートアップ支援の経験をもとに、国内のスタートアップエコシステム黎明期から、調達をはじめさまざまなジャンルでスタートアップを支援し、政府の政策立案にも関わるなど精力的に活動を行っている。増島氏がスタートアップ支援の基本理念としている「知のマネタイズ」、日本のスタートアップエコシステムに必要な要素についてお話を伺った。

森・濱田松本法律事務所 弁護士・弁理士
増島 雅和(ますじま・まさかず)氏
2000年東京大学法学部卒業、2001年弁護士登録、2006年コロンビア大学ロースクール卒業。2006年から2007年にWilson Sonsini Goodrich & Rosati法律事務所(米国カリフォルニア州パロアルト市)で執務後、金融庁監督局保険課および銀行第一課に出向の傍ら、シンクタンクのフェローを経て現職。資金調達と金融機関へのコンサルティングを主力に、エコシステム型ビジネスモデル普及のための法制度・実務インフラの確立を目指している。スタートアップ単体の知財支援だけでなく、大企業とのオープンイノベーションとライセンス、大学との共同研究・ライセンスに重点をおき、個別案件にとどまらず、政府の政策立案支援にまでさかのぼって知財に関する取り組みを実践している。

日本のスタートアップの調達環境をもっと良くしたい

 増島氏が東京大学法学部に在学していた1990年代後半はITバブルの真っただ中。IT企業が次々と立ち上がり、増島氏も卒業後は友人たちが立ち上げた会社に関わっていきたいと考えていたそうだ。

 しかし、2000年代に入るとバブルははじけ、景気は低迷していく。増島氏は2001年に弁護士登録するも、仕事は一般企業のリストラに関することや救済ファイナンスの案件ばかりで、スタートアップに関するものはなかったという。それでも業務をひたすらこなすことで、「資金調達と組織再編のスキルセットを身に付けられた」と当時を振り返る。

 その後、本場のスタートアップ支援を学ぶために渡米。シリコンバレーの法律事務所で資金調達とM&A・IPOを中心に携わり、日米の実務の違いに衝撃を受けたという。

「その頃(2006年)、GoogleによるYouTubeの買収が大きな話題になりました。上場企業のGoogleが当時著作権侵害のコンテンツがオンパレードだったYouTubeを買収する意思決定をしたことに、『日本とカルチャーが違う』と驚きました」(増島氏)

 当時、日本は普通株式で小規模な資金調達をするのが一般的。それに対し、米国では優先株を発行して桁違いの資金調達を行う。人材獲得や戦略的提携にもエクイティを駆使するのが米国式のやり方だ。

「当時こうした買収や資金調達の仕方は、日本では『風土的に無理だ』といわれていました。しかし、ファイナンスは経済学の分野であり、文化人類学の話ではありません。合理性が支配する世界であるはずで、経済的に合理的であれば場所によらず同じ結論になるはず。そこに風土が介在する余地はない、と思っていました」

 大切なことはグローバルなスタートアップ実務を多くの人に知ってもらい、日本の人々の「考え方」を変えること。「考え方」さえ変えることができれば、経済的に合理的なシリコンバレーモデルは日本でも展開できるはず。そう確信した増島氏は、日本でも米国モデルを普及させることを決意する。

 しかし、帰国後してみるとリーマンショックのあおりで日本は金融危機に陥っていた。増島氏は2010年から金融庁に出向し、M&Aの経験を生かして金融機関の再編や立て直しに取り組んだ。さらにそこに東日本大震災が起こり、保険領域の業務でも多忙を極める生活が続いていった。

 そうしたある日、深夜まで仕事をして帰宅途中、節電で薄暗くなっていたビルで階段から足を踏み外して右腕を骨折。2カ月間の入院生活を余儀なくされる。それでも入院中に、「左手1本でもできることを」と考え、スタートアップのファイナンスの実務について解説するブログを書き始めたという。

「初めて資金調達をするスタートアップの起業家は知識が少ないため、経験豊富なVCとの契約で不利な条件を受け入れてしまうことがよくありました。米国は対等な交渉をすることでファイナンスが成り立っています。そこで、ブログでは『起業家側に良い条件にするには』、『マーケットの基準に収まる範囲ではどのような交渉が成り立つか』、『起業家はどのようなポジションで交渉するといいか』といったスタンスで記事を書いていきました。起業家の方々に広く読んでいただけたようです」

知財はネットワークを広げビジネスを成長させるためのもの

 2000年代のIT系スタートアップでは、著作物の自由な利用や改変を認める「コピーレフト」という考え方や権利確保より事業スピードを重視する考えもあって、知財への関心が薄い傾向にあった。それが2016年頃から「Society 5.0」の概念が広がり、技術や業界を掛け合わせるX-Techやオープンイノベーションへの関心が高まってくると、スタートアップの間でも知財の重要性が意識されはじめたという。

 しかし、増島氏は知財の考え方についても米国と日本でギャップを感じていたそうだ。

「知財をいかにビジネスに生かしてネットワークを広げて稼いでいくか、『このIPを使って一緒にやりましょう』というのがシリコンバレーの考え方でした。一方、日本では特許の取得そのものが自己目的化してしまい、知財は『他者を排除するためのもの』という発想が強いように思っていました。そこに違和感を感じ、『知財は共有可能な経済財』というコンセプトで学び直し、知財の活用方法を広めていこうと考えました」(増島氏)

 そして2020年には弁理士の資格を取得。スタートアップの知財開発の段階から伴走支援する増島氏の基本理念は「知財は稼ぐためのもの」ということだ。

「ビジネスで大事なのは稼ぐこと。知財はそのための手段であり、権利化されていないデータやビジネスモデルなどすべての無形財産を含めて、これらをどのように使えばしっかりビジネスとして成長していけるのかがポイントだと思っています。

 特にスタートアップを支援してきた中では、そもそもの知財開発から行うケースもあり、開発の工程がどのようになっているのか、分野によってどのような明細書の書き方が良いのかなど、私自身もわかっておかなければならないと思っていました。まだまだ学んでいる途中ですが、起業家と弁理士の専門家も一緒になって、より深い明細書とビジネスの議論ができるようになり、学び直して非常に良かったと思っています。

 起業家に伴走して支援していると、みんなすごい勢いで成長していくんです。最近まで一緒にもがいていた人が、あっという間に上場して何千億円の時価総額を築いた名経営者になったり。こちらも新しいことを学んで『知識のフェーズ』を変え、追いついていかないといけません」

 これまでにも株式会社マネーフォワードや株式会社Gunosy、不正検知システムの株式会社カウリスなどをはじめ、多数のスタートアップを支援してきた。最近は、大学発スタートアップやディープテック領域の支援にも注力しているそうだ。

「大学発スタートアップは、政府の助成金などもあり調達環境は良くなってきましたが、マーケットフィットするプロダクトや研究開発を完成させられるかどうかが課題です。そこをクリアしても、大量生産のフェーズに入るとまた調達が難しくなってきます。というのも、大量生産のファシリティはすでに大企業が持っており、これをまたイチから作ろうとすることは非効率だと市場から評価を得にくいためです。

 近年はディープテックなどへの後押しが盛んになっていますが、重要な知財が生まれるはずの大学は稼ぎ方をあまり知らない。であれば、我々が大学の方に寄っていき、稼ぐための知財、稼ぐための事業化をどのようにやればいいのかを、大学の仕組みの中にインストールしなければなりません」

 大学の知財を事業化してマネタイズしていくために、増島氏は内閣府の「大学知財ガバナンスガイドライン(大学知財GGL)」の策定に参画し、大学ならではの新しい仕組みづくりにも取り組んでいる。

起業家たちは貴重な人材。活躍の場とキャリアをいかにつくるか

 起業家のキャリア感も変わってきていると増島氏は言う。

 上場マーケットでスタートアップ株価の下方調整が行われた結果、非上場マーケットでも投資家は慎重に評価するようになり、一つのプロダクトで勝負するスタートアップは、上場マーケットに出ても値が付きにくい傾向にあるという。資金調達が難航し、グロース期で停滞するスタートアップが増えているのが現状だ。

「IPO後の先が見えずに苦しんでいる先輩起業家の姿を目のあたりにして、IPO以外の道を模索する起業家も見受けられます。日本の経済にとって、『ゼロからイチ』を生み出せ、リーダーシップも備えた起業家は、非常に貴重な人材です。そんな起業家たちに日本の中でいかに活躍してもらうか。起業家のキャリアをどのようにつくっていくのかも、我々の課題です。IPOをして日本を代表する大きな企業をつくるのも一つのパターンですが、伸び悩む大企業を救えるのも起業家なのではないでしょうか。例えば、M&Aしたスタートアップの起業家を大企業の経営陣に組み込めば、より大胆な改革ができるようになるかもしれません」(増島氏)

 日本経済全体を強化するために、起業家のキャリアを大企業の経営に生かすことも考えていくべきと増島氏は提案する。

「実際に、MIXIグループやLINEヤフーグループなどは、買収先の経営陣を引き続き経営に参画させることで事業を強化させています。こうした例を挙げると『彼らはうちとは違う。何か他に例はないのか』と言う伝統的な日本企業の方々も多いのですが、同じ日本の株式会社、同じルールのもとでやっているのですから、私から見ると何も違うところはありません。問題は『うちと彼らは違う』というマインドセットで、それはかつて私が見た『日本とシリコンバレーは風土が違う』と言っていた15年以上前の日本のスタートアップシーンと重なります。上手くやっている企業を見て、うちだって同じようにやればできる、とみんなに思ってもらいたい。そして大企業がそれを手掛けるための手段として、スタートアップのM&Aは大事な要素だと考えています」

 しかし現実には、M&A後のスタートアップは大企業のロジックに組み込まれてしまうケースも多い。大企業側がスタートアップを生かすためのノウハウが不足しているからだ。そこで、2024年4月には、元WiLパートナーの久保田雅也氏や元DeNA CSOの原田明典氏らと『プロジェクトCoalis(コアリス)』を開始。スタートアップのM&Aや戦略投資の支援のほか、大企業にはスタートアップのM&Aやイノベーション投資を支援する活動を始めているそうだ。

 増島氏は、金融や保険などの業務に携わりながらも、大学卒業後から一貫してスタートアップ支援に関わり続けている。その理由を尋ねてみた。

「一番の後悔は、大学生の頃に起業家になれなかったこと。自分はなぜあちら側に行けなかったんだろうという思いがあります。だからこそ、私ができなかったことをいまやっている人を無条件に尊敬できて、彼らがやりたいことを応援するのが自分の存在証明になっているようにも思います」

 最後に、スタートアップ支援に興味のある専門家へのメッセージを伺った。

「日本のスタートアップエコシステム全体の成長のために、スタートアップを相手にスタートアップから稼ぐビジネスをするというのではなく、スタートアップに伴走して成長を支援する気持ちで携わっていただきたい。起業家たちが『ゼロからイチ』をつくりだす過程を一緒になって支え、ともに大きくしていく。結果として、そのスタートアップが成長し、利益を得られるようにしていくことが大事です。

 発明や知財を扱う弁理士の先生方は、もともと新しいテクノロジーやイノベーションに興味がある方々だろうと思います。そうしたみなさんがスタートアップ支援の場にどんどん加わって、新しいカルチャーを一緒につくっていければ、大きな価値を生み出せると思います」

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