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P&Gにも失敗事例。チェスブロウらが著したオープンイノベーションハンドブックから何を読むべきか

「The Oxford Handbook of Open Innovation」の紹介⑤

連載
オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド

 オープンイノベーションは本質的に失敗しやすいにも関わらず、成功事例ばかりが喧伝されている。ここでは、ベンチャー企業のQuirky、オープンイノベーション仲介業者のInnoCentive、大企業のP&Gの失敗事例を紹介する。

 本稿では、Chesbroughらが著した「The Oxford Handbook of Open Innovation」(以下、「OIハンドブック」)について、拙著「OI担当者本」(『オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド』)の内容との関連性に触れながら、役立つ内容を取り上げていく中で、「オープンイノベーション活動の実践ノウハウ」について取り上げたい。

*羽山友治 [2023], 『オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド』 https://ascii.jp/serialarticles/3001028/.
*羽山友治 [2024],『オープンイノベーション担当者が最初に読む本:外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』 ASCII STARTUP,角川アスキー総合研究所。

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オープンイノベーションが失敗する原因

 オープンイノベーションを取り巻く環境は失敗の可能性に満ち溢れている。そもそもイノベーションの創出や商業化といった活動の成功確率が極端に低いことを考えると、当然であるだろう。そのためオープンイノベーション活動を実践する大企業にも、それを支援しているオープンイノベーション仲介業者にとっても失敗は日常的なできごとと思われる。

 まずは大企業について考えてみると、オープンイノベーション活動自体がとりあえず立ち上げてみただけで、明確な意図がない場合がある。またオープンイノベーションチームに「協業パートナーの探索に特化した機能部門」のようなはっきりとした役割が与えられていないかもしれない。そもそもの存在意義が曖昧であるなら、担当者や実務責任者としては成果を出しようがなく、必然的に失敗する。

 加えてWFGMモデルのような業務プロセスが存在することを知らなかったり、知っていても組織に根付かせられなかったりする可能性がある。確立できた場合でも、Wantフェイズで筋のよい協業パートナーの探索ニーズに出会う確率、Findフェイズで有望な協業パートナーを特定できる確率、Manageフェイズの協業プロジェクトで想定通りの成果が出る確率を各々仮に0.5とすると、8件に1件ほどしか成果が出ない計算となる。

 オープンイノベーションやコーポレートベンチャリングにはさまざまな手法や仲介サービスがあり、自社の各種戦略が企業文化に合ったものを見いだすには相当な試行錯誤が求められる。例えば後者の場合、サービスの特徴をある程度つかむには、相当数のトライアルが必要となってくる。また個別の案件の違いによってもそれぞれの有効性が異なるため、選択が難しい。

 それなりに業務が回るようになったとして、どうしても属人的になりがちであるが、オープンイノベーションが組織に根付いていないことから持続性が担保されない。研究開発の時間軸を考慮すると、誰もが納得するような金銭的な成果が出るまでには長い時間がかかってしまう。それなのにオープンイノベーションチームのスポンサーとなるトップマネジメントは、数年単位で交代することが多い。

 非上場企業が多いオープンイノベーション仲介業者の内情はわからないものの、顧客である大企業のオープンイノベーション活動がそれほどうまくいっていないことを考慮すると、それなりに問題を抱えていることが推測される。加えてサービスの提供を通じて教育すればするほど大企業側にノウハウが蓄積することで、いずれは内製化されていまい、受注できなくなる恐れがある。

 昨今では中小企業基盤整備機構(中小機構)が提供しているジェグテック(J-GoodTech)が登録社数を増やしていっているが、このような公的機関その他が提供する無料のサービスが拡大すれば、有償のものは競争力が低下せざるを得ない。この種のマッチングサービスはストック型ではなくフロー型であり、常に営業活動を行う必要がある。コンサルティング的な業務が多いため、人材の獲得・維持が拡大のボトルネックになってしまうことも課題である。

 上記のように思いつくだけでも数多くの落とし穴が存在するにも関わらず、ウェビナーなどで失敗した話を聞くことはまずない。これは当然で、オープンイノベーション担当者からすれば所属する企業の評判を損なうリスクは取れないし、大企業にサービスを提供する仲介業者としても新規な仕事の受注に差し支えるから当然と思われる。これらを背景として「OI担当者本」でも、具体的な失敗事例の紹介は後述のQuirkyに限られていた。

クラウドファンディング、仲介業者、著名大企業の失敗事例

「OIハンドブック」の55章はまさに失敗を扱った章である。その導入部分には、事例分析で成功バイアスが掛かっているのは経営学研究の風土病のようなものであり、企業が達成志向で失敗をさらしたくないと思っているところに由来する、と書かれている。事例としてベンチャー企業のQuirkyに、オープンイノベーション仲介業者のInnoCentive、大企業のP&Gが紹介されており、種類の異なる学びが得られるだろう。
*Chesbrough, Henry, “Failure Cases in Open Innovation,” Chapter 55, The Oxford Handbook of Open Innovation.

Quirky
●クラウドソーシングの限界を示した事例である
●2009年に設立され、1億5,000万ドル以上とオープンイノベーション分野で最も資金を集めたベンチャー企業であったにも関わらず、2015年に破産した
●個人の発明家にウェブサイトでアイデアを提案してもらい、従業員が外部の委託先と協力して商業化を進め、自社ブランドで販売するビジネスモデルを採用していた
●アイデアが採用された発明家は、売上高に応じたロイヤリティを受け取ることになる
●Quirkyの失敗が少数のヒット商品への依存度の高さなど、単純にオペレーション能力の欠如にあったとする意見もあるが、ここではオープンイノベーションの視点で検討したい
●第1にクラウドソーシングで提案されるアイデアのほとんどはひどいものであるにも関わらず、提案を要とするビジネスモデルを採用していたことから、各アイデアにタイムリーかつ適切なフィードバックを返す必要があった
●第2の理由は、発明家が製品アイデアを提案するだけで、ビジネスモデルに触れていなかったところにある。Qirkyは商業化プロセスやビジネスモデルと相性がよい/悪いに関わらず、すべてのアイデアの提案者に等しいロイヤリティを支払っていた

InnoCentive
●オープンイノベーションの仲介業務にまつわる問題を提示した事例である
●2001年に設立されたオープンイノベーション仲介業者で、製薬メーカーのEli Lillyからスピンオフした
●主な顧客である大企業から依頼された問題を問題解決者のコミュニティに共有し、提案された解決策を従業員がスクリーニングした後で顧客に受け渡すビジネスモデルである
●総額で3,000万ドルの投資を受けていたにも関わらず、2020年にWazokuに買収されたときの価格は120万ドルであった
●第1の論点は仲介プロセスに関連するコストである。問題提供者のニーズを翻訳して適切な問題に変換し、問題解決者と共有するにはかなりの時間と費用が掛かる。これは自動化できない労働集約的な業務である
●第2に既存顧客からの受注量が増えない問題があった。プロジェクトが成功した場合でも顧客が発注を増やすことがなかったので、常に新規顧客の開拓を行う必要があった
●第3として問題解決者のコミュニティのエンゲージメントが不足していた。50万名の問題解決者が登録していたものの、勝率の低さから積極的に参加する人が限られていた
●第4に問題解決者から受け取った解決策のインパクトが小さかったことがある。問題提供者が受け取った解決策が効果的なものであったとしても、外部への拒絶反応から、組織内部で十分に活用されなかった

P&G
●オープンイノベーション活動を実践する能力を維持することの難しさを示した事例である
●LafleyがCEOに就いていた2001〜2009年にかけては売上高が高い成長率を保っており、オープンイノベーション活動からさまざまな成功ブランドが生み出されていた
●その後はオープンイノベーション活動の規模を拡大していったにも関わらず、売上高が減少していった
●2013年にLafleyがCEOに復帰したものの、2015年に再度降板した
●失敗の第1の原因として、CEO以外にもオープンイノベーション活動を推進していたキーパーソンが次々といなくなったことで関連するスキルが失われたのかもしれないことが挙げられる
●第2に大規模な景気後退や株主総会における委任状争奪戦などによって経営の焦点がオープンイノベーションから外れた可能性がある
●第3にNestle・Unilever・Kraftその他の競合他社がオープンイノベーション活動を模倣し出したことで、差別化できなくなったのかもしれない

 上記の事例で原因として挙げられている理由は、いずれも納得できるものではないだろうか。ただし、QuirkyとInnoCentiveのコミュニティーの運営にしても、P&Gの人事の話にしても、簡単に解決策が思いつく類のものではない。活動の実践にしろサービスの提供にしろ、オープンイノベーションに関わりがあるものは、むしろうまくいくほうが珍しく、だからこそ成功事例だけが取り上げられてきたとも解釈できる。

 日本国内でオープンイノベーション活動を実践している読者の中には、文脈が異なる海外の成功/失敗事例に距離を感じ、学ぶことに意義を見出せない人々も一定数いるだろう。日常的に論文を読んでいる筆者からしても、コストパフォーマンスのよい行為とは言えないことには同意する。それでも何もないよりは、迷った際に考える拠り所にはなってくれる。

「OIハンドブック」の研究者による報告の多くも似たようなものである。実務家にとって役立つ箇所は限られていることから、それほど強く勧められるものではない。逆にオープンイノベーション活動や仲介サービスの提供で競合他社と大きく差別化したい読者には、他の人々が持っていない知見を得るのによい材料かもしれない。本書の内容について議論したい読者は、ぜひとも筆者に連絡してほしい。

著者プロフィール

羽山 友治
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー
2008年 チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。
https://www.s-ge.com/ja/article/niyusu/openinnovationhayama2022
http://www.linkedin.com/in/tomoharu-hayama-1075703b

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