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オープンイノベーション活動を実施する際のグローバル標準「WFGMモデル」とは

「The Oxford Handbook of Open Innovation」の紹介③

連載
オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド

 オープンイノベーション活動のプロセスであるWant, Find, Get, Manage Model(WFGMモデル)が、グローバルでどの程度一般的であるかについての手掛かりを示す。また今後についても考察する。

 本稿では、Chesbroughらが著した「The Oxford Handbook of Open Innovation」(以下、「OIハンドブック」)について、拙著「OI担当者本」(『オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド』)の内容との関連性に触れながら、役立つ内容を取り上げていく中で、「オープンイノベーション活動の実践ノウハウ」について取り上げたい。

*羽山友治 [2023], 『オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド』 https://ascii.jp/serialarticles/3001028/.
*羽山友治 [2024],『オープンイノベーション担当者が最初に読む本:外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』 ASCII STARTUP,角川アスキー総合研究所。

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業務プロセス導入の解であるWFGMモデル

「OI担当者本」では、オープンイノベーションを「外部を活用するという考え方」と定義した。そして大企業がオープンイノベーションを取り入れるにあたって、「協業パートナーの探索に特化した機能部門」としてのオープンイノベーションチームを立ち上げ、組織に根付かせていくストーリーを採用した。

 この際に担当者や実務責任者の目線では、どのような業務プロセスを導入すべきか、が問題となってくる。

 類似したケースを見てみよう。ある中小企業が成長するにつれて、特許に関する業務が増えていき、知財法務部を立ち上げる場合を考える。ある程度の規模の企業であれば当該部署を有しており、発明の特定から特許の出願までの確立された知財のマネジメントや型通りの契約フローによって運営されているだろう。よってこの場合は話が簡単で、幅広く普及しているプロセスを採用すればよい。

 他方でオープンイノベーションに関しては、位置付けや業務内容が共通化されておらず、それに伴い標準的なプロセスが存在しないと思われているのではないだろうか。それに関して「OI担当者本」では、Want, Find, Get, Manage" Model(WFGMモデル)を紹介した。本モデルは1990年台にSlowinskiによって開発され、2000年代にはほぼ確立した経緯がある。

『オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド』p. 50

 導入手法がすでにあるため、取り入れればよいわけであるが、当時とは状況が異なるところもある。例えば、協業パートナーを探索するFindのフェイズでは、オープンイノベーションの手法とオープンイノベーション仲介サービスの使い分けが肝となってくる。これらはWFGMモデルが開発された当時から存在してはいたものの、それほど選択肢が多いわけではなかった。

 オープンイノベーションコンテストを実施できるプラットフォームも限られていたし、仲介サービスを提供する組織の数もはるかに少なかった。加えてAIを活用したテクノロジースカウティングツールも存在していなかった。このように当時とは違いがあるものの、ニーズ起点で活動することの重要性は変わっていない。WFGMモデルは現在でも有効であり、古くに見出されたノウハウも未だ有効と思われる。

 新たな手法という観点では、ベンチャー企業を対象としたオープンイノベーション活動であるコーポレートベンチャリングの中に、ベンチャークライアントという取り組みがある。これは2010年代後半にコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)やアクセラレータプログラムの欠点を補うものとして開発された経緯があるが、昨今では本手法が新しいトレンドとなる気配が感じられる。

 ベンチャークライアントは戦略的利益を得ることを目的としてベンチャー企業の製品/サービスを開発の初期段階で購入・利用する手法であり、出資が絡まないものに分類される。CVCやアクセラレータープログラムはベンチャー企業に対して資金やコーチングを提供するが、本手法では大企業が最も期待されている顧客としての役割に集中することになる。

 ベンチャークライアントに関する文献を読むと、社内における重要課題の特定から入ることが強調されている。これはWFGMモデルに基づいた活動と本質的に同じであり、より正確には、パートナーをベンチャー企業に限定したWFGMモデルと言えるだろう。その関連性について言及した報告を確認したことがないが、ベンチャークライアントが今後普及していくなら、見直されるときが来るかもしれない。

オープンイノベーション活動を実施する際のグローバル標準

「OIハンドブック」の51章ではビジネススクールにおけるオープンイノベーションに関する教育が取り上げられており、例として以下のようなものが挙げられている。

●学生が特定の企業と組んで業界の課題に取り組むプログラム
●理論その他の基本事項の習得に焦点を当てた半期のコース
●オープンイノベーションとアイデア創出のようなその他のコンセプトを組み合わせたコース
●人間中心デザインなどオープンイノベーションの概念を部分的に含むカリキュラム
*Dąbrowska, Justyna and Jonathan Sims, “Teaching Open Innovation in Business Schools,” Chapter 51, The Oxford Handbook of Open Innovation.

 ビジネススクールで用いられている講義要項をレビューした結果によると、頻繁に引用される文献を用いて理論面が紹介されることが多い他の分野とは異なり、オープンイノベーションのコースでは実践と行動が強調されている。また企業や個人がオープンイノベーションを実践するスキルを開発し、効果的に適用する方法が注目されている。

 2022年に行われたオープンイノベーション教育に関する調査に基づいて、特定のテキストデータ内でどのような単語がよく使われているのかを直感的に捉えることができるワードクラウド分析の結果が載っている。その図において中程度の大きさの字で”want-find”の言葉が見られて興味深い。また本モデルが大企業のアウトサイドイン型のオープンイノベーション活動に関連して教えられていることが言及されている。

 加えて、「OIハンドブック」50章はスペインの大手銀行であるBBVA(ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行)の前オープンイノベーションマネージャーによって書かれたものであるが、その経験を通じてWFGMモデルを活用してきた旨が記載されている。そのほかで見られないのは、本書にオープンイノベーション活動の実務面を扱った箇所が含まれていないためとも考えられる。
*Alvarez, Marisol Menendez, “A Practitioner’s View: Three Dimensions of OI Maturity,” Chapter 50, The Oxford Handbook of Open Innovation.

 WFGMモデルは古いものではあるものの、現在でもオープンイノベーション活動を実施する際のグローバル標準と言えるのではないだろうか。一方で本モデルがそこまで頻繁に話題に登らないのは、新規事業開発のリーンスタートアップのようにニーズ起点で活動を行うことが今となっては当然過ぎる話であるため、あえて言及されることなく使われているのかもしれない。

著者プロフィール

羽山 友治
スイス・ビジネス・ハブ 投資促進部 イノベーション・アドバイザー
2008年 チューリヒ大学 有機化学研究科 博士課程修了。複数の日系/外資系化学メーカーでの研究/製品開発に加えて、オープンイノベーション仲介業者における技術探索活動や一般消費財メーカーでのオープンイノベーション活動に従事。戦略策定者・現場担当者・仲介業者それぞれの立場からオープンイノベーション活動に携わった経験を持つ。
https://www.s-ge.com/ja/article/niyusu/openinnovationhayama2022

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