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量子は次のインターネット。政府が掲げる1000万人が量子技術を利用する環境とは

連載
大河原克行の「2020年代の次世代コンピューティング最前線」

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1000万人が量子技術を利用する環境を目指す

 量子技術の具体的な活用イメージも示している。

 たとえば、ビッグデータのAI解析に量子コンピューティングを活用した事例では、デジタルサイネージや個人のデバイスに表示される広告枠をリアルタイムに最適化。ユーザーに最適な広告を提供できるようになる。製造現場では量子コンピューティングにより、製造プロセスや、人的配置やシフト、搬出や物流などを最適化。ベテラン職員が豊富な経験に基づき数時間かけて行う業務を、数分から数十分程度で処理するなど、圧倒的に生産性を向上し、より高度な工場のスマート化を実現するという。

 また、金融分野おいては膨大な計算量と時間を必要とするタスクを量子コンピューティングで高速処理し、より高度な金融取引戦略や、金融ポートフォリオの最適化を実現。交通・物流分野では、渋滞緩和やEVシェア、運行トラブルの早期解決などの多様なニーズを満たす次世代モビリティサービスを展開できる。量子センサーを活用することで、EVのバッテリーを従来比100倍もの高精度でモニタリングし、バッテリー電力を無駄なく最大限使用し、EVの走行距離を向上したり、次世代環境材料開発において、組み合わせ最適化問題を高速に処理できる量子コンピューティングの強みを活かし、従来手法では到達できない精度と速度で革新的な機能を持つ素材の発掘、材料開発に貢献できたりするという。

 さらに、量子コンピューティングで電力供給をリアルタイムに最適化するスマートグリッドの実現、次世代暗号技術によるデータ通信の安全性の確保、義手コントロールなどの非侵襲のブレインマシンインタフェイス(BMI)の実現、量子計測技術を活用したがんや認知症の早期診断および治療の実現、リアルタイム大規模計算処理による防災、減災への対策なども想定されている。

 「量子未来社会ビジョン」で注目しておきたいのは、「2030年に目指すべき状況」を提示している点だ。

 そのなかで、関係者から関心を集めているのが、日本において、1000万人が量子技術を利用する環境を目指すという点だ。

 日本をはじめとする先進諸国では、インターネットの利用者比率が人口の5~10%を超えると普及が爆発的に加速した。量子技術においても、同様の動きが見られると判断。量子技術の国内利用者が同様の比率となる1000万人となることで(2030年の国内人口は1億1913万人を想定)、利用が一気に拡大すると見ている。それに向けて、多様なユーザーが量子技術にアクセスし、ユースケースを探索、創出するために、量子コンピュータを利用できる環境を整備していくことを盛り込んでいる。

 また、量子技術による生産額を2030年に50兆円規模に拡大することを目指すほか、量子コンピュータ、量子暗号通信、量子計測・センシングの量子主要3分野のそれぞれにおいて、評価額が10億ドルを超えるユニコーン企業を数社ずつ創出。このために、官民が一体となって、起業家育成や研究開発支援、投資家とのマッチング、政府系ファンドを活用したリスクマネーの供給など、総合的な起業環境を整備するという。

 問題は、この「量子未来社会ビジョン」が、絵に描いた餅にならないようにすることだ。

 技術開発のフェーズに続き、実装のフェーズにおいても、日本が引き続き存在感を発揮し、その技術が社会に還元されなくては意味がない。また、「量子未来社会ビジョン」で示されたように、2030年度には、いまのインターネットがそうであるように1000万人以上の国民が、意識をせずに量子を体感できる社会を構築することが大切である。

 政府では、量子技術に関しては、ムーンショット型研究開発制度、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期、光・量子飛躍フラグシッププログラム(Q-LEAP)といった取り組みも同時に行っている。そして、量子技術に関わる政府予算も、米中とは桁違いに少ないと言われるものの、徐々に増加しているところだ。

 技術フェーズで先行しても、実装フェーズで離されるのが日本の産業の弱いところである。だが、量子技術に関しては、そうしたことがないように着実に歩みを進めたい。

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