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STARTUP×知財戦略 第87回

「第8回東北大学スタートアップカフェ」レポート

「知財」の重要性がわかる 東北大発宇宙ベンチャーの考え方

2021年03月23日 06時00分更新

文● 平澤寿康 編集●ASCII STARTUP

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 東北大学は2020年1月21日、セミナーイベント「第8回東北大学スタートアップカフェ」をオンラインで開催した。

 このイベントは、同大学の研究者や、スタートアップ業界で活躍するOB・OG、起業を目指す教職員・学生、そしてそれらを支援する学内外の支援関係者がカジュアルに交流できる場として開催しているもので、8回目の開催となる今回は「特許」がテーマとなった。「経産省特許庁、宇宙ベンチャーispaceからみた特許」と題し、特許庁およびスタートアップからゲストを迎え、スタートアップがとるべき知財(知的財産)戦略についてトークが繰り広げられた。

 トークセッションは2部構成で、1部では特許庁のスタートアップ向けの取り組みや、国内の宇宙ベンチャー企業であるispaceの取り組みを紹介。また2部では、国内スタートアップ企業の知財への考え方についてのトークが行なわれた。セミナーのファシリテーターは、東北大学スタートアップガレージ、株式会社MAKOTOキャピタルの小山田有裕氏が務めた。

特許庁はスタートアップ向け支援策を多数用意している

 トークセッション第1部の前半は、特許庁総務部企画調査課課長補佐の鎌田哲生氏が、「最新のスタートアップ業界の動向 ~特許庁のベンチャー支援取組みについて~」と題して、特許庁が提供しているスタートアップ向けの支援施策について説明した。

特許庁総務部企画調査課課長補佐の鎌田哲生氏

 特許庁では、スタートアップを対象とした様々な支援策を提供しており、そのひとつがスタートアップ向けサイト「IP BASE」である。こちらは、スタートアップがまずはじめに見てもらいたいサイト、そしてスタートアップが知財専門家と”つながる”サイトとしているとのことで、国内外ベンチャー企業の知財戦略事例集や、ベンチャー投資家向けの知財に対する評価支援の手引き、先輩スタートアップの経験をインタビュー形式でシェアするなどしている。

 創業期のスタートアップに対しては、スタートアップ支援経験のある弁護士や弁理士、ベンチャーキャピタル経験者などで構成される「知財メンタリングチーム」によって、適切なビジネスモデルの構築とビジネス戦略に連動した知財戦略の構築を支援する「知財アクセラレーションプログラム」を実施。市場分析やビジネス戦略、資金調達などのビジネス面と、特許の技術分野の特定や弱み、強みの見極め、ライセンス契約などの知財面を両輪で支援する内容となっており、2018年に10社、2019年と2020年に15社ずつの計40社が支援先企業として採択。過去2年の成果としては、81件の特許が出願され、10社が資金調達に成功したという。

 また、これまでのスタートアップへの知財支援によって見えてきたスタートアップがつまずく課題をまとめて解説した事例集を公開したり、スタートアップと大企業が協業するオープンイノベーションを推進するため、スタートアップ企業が不利にならないよう、共同研究契約やライセンス契約等を結ぶ際のひな形として「モデル契約書」を用意している。

 そして、スタートアップの特許出願に関する支援策としては、スタートアップのスピード感に対応した、およそ1ヵ月からおよそ2.5ヵ月という短期間で特許審査を行なう早期審査プログラムや、審査請求料や特許料、国際出願に係る手数料が通常の1/3になるスタートアップ向けの軽減策を用意していることなどが紹介された。

特許庁が用意するスタートアップ向けサイト「IP BASE」。スタートアップの知財戦略について支援を行なっている

「知財アクセラレーションプログラム」では、ビジネス面と知財面の両面でスタートアップを支援している

スタートアップがつまずく知財戦略の課題と対応策を解説する資料も提供

共同研究契約やライセンス契約等を結ぶ場合に留意すべきポイントを解説したガイドライン「モデル契約書」も公開している

スタートアップ向けに迅速に特許の審査を行なう早期審査プログラムを用意

 続いて、宇宙分野に関する特許動向を説明。

 2018年(平成30年)度の産業財産権制度問題研究において、「宇宙分野における知財戦略の策定に向けた、研究機関や国の委託研究による発明の保護の在り方に関する調査研究」において、宇宙分野における人工衛星、軌道上サービス、月・火星探査、輸送という4つの区分に分けて国内で出願されている特許や国際出願されている特許を調査した結果、外国企業が日本において日本企業のビジネスに影響を与えそうな特許を出願していることが判明した。また、2019年(令和元年)度の特許出願技術動向調査において、宇宙航行体分野の調査が行われ、全体の出願動向としては、中国籍の出願人による特許が最も多く、近年著しく増加していることが判明した。また、米国籍、欧州国籍の出願件数は、中国籍と比べると緩やかであるが増加傾向であることが判明した。他方、日本国籍の出願件数は横ばいであり、主要国では最下位の出願件数であった。

 また、国内への日本国籍の出願人による出現件数割合は、欧米や中国といった諸外国に比べてかなり低いことや、日本へは欧米からの特許出願数が多いことがわかったそうだ。

 出願内容としては、再突入技術や軌道上サービス関連技術の伸び率が高いとのことで、それらは技術開発が盛んに行なわれており、今後特許での争いが現れる分野になることが想定されると指摘。また、ベンチャー企業による特許出願数については、企業によって大きな知財戦略の違いが見られるとのことで、あえて特許を出願せず自社技術を守ろうとしているベンチャー企業も存在していると説明した。調査の結果として、日本の宇宙機関・企業は、宇宙業界における環境変化等に基づき、知財戦略を検討し、適切な特許の調査、出願、出願後の対応ができる体制の構築に取り組むべきである。特に、① 他プレーヤーとの接点がある製品や技術、② 第三者や取引先が容易に見ること、リバースエンジニアリングができると思われる製品や技術、他社への開示が必要な技術 、③ 近い将来に実現性の高い技術については早い段階での特許出願や強く広く役に立つ特許権の取得ができるような戦略、体制をとるべきである。との提言がなされた。

特許庁が2018年に宇宙分野における特許出願について調査したところ、中国籍の出願が最も多く、日本は主要国で最下位だったという

日本では、日本国籍の出願人の割合が、諸外国での自国民出願割合と比べて少なく、欧米からの出願が多かった

再突入技術や軌道上サービス関連技術の出願は伸び率が高く、今後特許での争いが現れる分野になることが想定されるという

”月を生活圏にする”という究極の目標に向かうispaceの歩みと知財の考え方

 トークセッション第1部後半は、東北大学 大学院 工学研究科 教授である吉田和哉氏が、「ispaceの歩みと知財戦略」と題して、吉田氏のこれまでの取り組みと、国内の宇宙ベンチャー企業である株式会社ispaceの取り組みついて紹介した。

東北大学 大学院 工学研究科 教授でもある株式会社ispace 取締役 兼 テクノロジーアドバイザーの吉田和哉氏

 ispaceは、「宇宙を人類の生活圏にする」をビジョンに掲げ、月面資源開発の事業化に取り組んでいる国内の宇宙ベンチャー企業で、吉田氏はispaceの創業メンバーとして取締役を務めるとともに、テクノロジーアドバイザーを担当している。そして、このispaceが設立される大きなきっかけとなったのが、Googleがスポンサーとなって2007年から2018年にかけて実施された「Google Lunar XPRIZE」というコンテストだった。

 Google Lunar XPRIZEは、民間企業を対象として、最も早く月面探査を実現したチームに賞金を出す、というものだった。吉田氏は、1997年から東北大学で惑星探査ローバーの研究を行なっており、吉田氏が率いる日本のチームが月面探査ローバーを開発し、ヨーロッパのチームが月着陸船を開発するという国際合同チーム(White Label Space)として参加することとなった。2010年に日本チームを発足する際に、吉田氏は現ispace CEOの袴田武史氏、および現ispace COOの中村貴裕氏と出会って意気投合し、まずは合同会社として活動を開始した。2013年に、日本に拠点を置くチーム「HAKUTO」、そしてそれを運営する株式会社ispaceという体制となった。

 Google Lunar XPRIZEへの取り組みは、2015年1月に探査ローバーの月面移動能力を評価するMobility部門で中間賞を受賞。その後、いつでも月面への打上げ可能なフライトモデルである「SORATO」ローバーを完成させたが、2018年3月までにどのチームも月へ向けての打ち上げには至らず、優勝者なしでコンテストは終了した。なお、実際に製作した月面探査ローバー「SORATO」は2019年に米国のスミソニアン航空宇宙博物館に寄贈され、近々展示される予定だ。

Googleが2007年から2018年にかけて実施した「Google Lunar X Prize」。このコンテストが吉田氏の人生を大きく変えたという

Google Lunar XPRIZEへの挑戦を通して意気投合した現ispace CEOの袴田武史氏(中央)と、現ispace COOの中村貴裕氏(右)。2011年8月に最初の記者発表を行った

Google Lunar XPRIZEへの取り組みでは、2015年1月に探査ローバーの月面移動能力を評価するMobility部門で中間賞を受賞

実際に製作した月面探査機「SORATO」は2019年に米国のスミソニアン航空宇宙博物館に寄贈

 このGoogle Lunar XPRIZEへの取り組みを通して吉田氏をはじめとしたHAKUTOのチームメンバーは、月を舞台にして我々のライフスタイルを変えるような新しい産業を作り出すこと、そして人が豊かに幸せに暮らせる生活圏を宇宙に拡げていくことが究極の目的であると考えているという。そして、その考えのもと、月面に存在するであろうと考えられている水資源によるエコシステムの確立を究極の目標と設定し、企業としてispaceが進むべきビジョンを策定した。

 ispaceでは、小型で高性能な月着陸船や探査ローバーの開発によって、低価格での月面へのアクセスが行なえるようになる点を強みとしているという。そこで、特許戦略でも小型化や軽量化技術を中心に出願を行なっているそうだ。そして近年は、月面探査に関する全方位での特許を押さえることも重要と考え、月面での資源探査と利用に関する手法やプロセス、新産業創出のコアとなるアイデアについても積極的に特許を出願しているという。

 月を生活圏にするというispaceの最終目標を実現するには、自分たちで月面に自由に到達できることが重要となる。そこでispaceでは、XPRIZE終了後、「HAKUTO-R」プロジェクトを立ち上げ、月着陸船の開発に軸足を移し、2022年の打ち上げを目指しているという。開発を進めるとともに、ispaceが独占的に利用できる知財をいかに押さえていくか、ということを考えつつ活動を行なっていると説明した。

ライフスタイルを変える新しい産業を作り出すこと、人が豊かに幸せに暮らせる生活圏を宇宙に拡げていくことを究極の目的としてispaceを立ち上げ

ispaceでは、小型で高性能な月着陸船や探査ローバーの開発によって、低価格での打ち上げが行なえる点を強みとしている

ispaceの特許戦略では、小型化や軽量化技術に加えて、月面探査に関する全方位での特許を押さえることも重要と考えている

ビジネスモデル特許や商標など調査と把握、早期の出願は重要だが、出願しない戦略もある

 トークセッション第2部は、株式会社TBA(株式会社WiLの子会社)の市川大樹氏をファシリテーターとして、鎌田氏と吉田氏に話を聞く形で進められた。

 市川氏は、ベンチャー企業が主に出願することの多い、いわゆる”ビジネスモデル特許”について、近年では、シンガポールを拠点とする「ティラミスヒーロー」の日本での商標権が、他の企業に取られていたという件が大きく話題となったが、どのようにベンチャーは対処すべきかという問いを立て、それに対して鎌田氏は「特許権と同じように商標権も先願主義なので、思いついたり使う可能性があるならとりあえず出願するようにお願いしたい」と述べた。

 例えば、あるサービスを始めようと思ったら、そのサービス名の商標がすでに取られていたというケース。近年では、シンガポールを拠点とする「ティラミスヒーロー」の日本での商標権が、他の企業に取られていたという件が大きく話題となったが、鎌田氏は「特許権と同じように商標権も先願主義なので、思いついたり使う可能性があるならとりあえず出願するようにお願いしたい」と述べた。

 この他にも、他社特許権の調査をしていなかった、という事例が良く見られるとのことで、こういった問題を避けるには、商標権や特許権についてしっかりと調査し把握することがまずは重要になると説明された。

 続いて吉田氏が、ispaceでの知財戦略を説明。ispaceでは、知財は資金調達と並ぶ重要なテーマであると認識し、グローバルで打ち勝っていくための知財戦略を積極的に取り組んでいると説明。現在ispaceでは、米国のスペースXとロケット打ち上げ契約を結んでいるそうだが、「月で資源を探して獲得し、貯蔵する」という月資源探査の流れそのものに権利を主張する原理特許を2019年に米国で出願したという。これは、打ち上げを予定している米国での知財を確保しておく狙いがあるという。この他にも、すでに9件の特許を国際出願しているそうで、広い視点で権利を押さえる試みを行なっているとのことだ。

 吉田氏自身は、もともと特許は得意ではなく、とっつきにくいと思っていたそうだが、「自らがベンチャー企業の一員として活動している中で、日々その認識が変わってきている」と述べ、ベンチャー企業にとっての知財戦略の重要性を説いた。

ispaceでは、知財は資金調達と並ぶ重要なテーマであると認識し、広い視点で権利を押さえる試みを行なっているという

 そして、ベンチャー経営者はいつ知財を意識すべきかという市川氏の問いに鎌田氏は、できれば設立時と言いたいが、優先度はそこまで高くないので気が付いたら社名やサービス名などの商標権を出願したほうがいいと回答。ただ特許権については安易に出願すると損をする場合もあるので、よく考えて出願した方がいい、とした。

 最後に、知財の相談はだれにすればいいのか、という問いに鎌田氏は、特許庁が47都道府県に設置している「知財総合支援窓口」を利用してほしいと回答し、「経験豊富な担当者が相談内容に応じてアドバイスするとともに、相談料は無料、専門家からのアドバイスも無料で受けられるので、困ったことがあったら全てこちらに相談してほしい」と述べた。

鎌田氏は、知財の相談は特許庁が47都道府県に設置している「知財総合支援窓口」を利用してほしいと述べた

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