「AI経営者」の前提条件の整理
考察に入る前に、今回のテーマであるAIによってシミュレートされた経営者(以下、「AI経営者」)の前提条件を設定する。
前述のプレゼンの内容、および推測される質問者の意図などに基づき、ここではAI経営者の概念を以下の通り定義する。
「AI経営者」とは、実在の経営者の、その時点までの行動や意思決定過程などの情報を基に、同経営者の思考を計算機上でモデル化したもの。
そして、このAI経営者とは、自然言語によるコミュニケーション(対話)ができることとする。具体的には、自然言語(文章、音声)によって入力された任意の情報を「理解」し、その情報に基づき、自らの言葉(文章、音声)で「発言」できる機能を有することとする。たとえば、自社の社員などからの質問に対し、自身の「考え」にしたがった回答を出力できることとする。
上記の通り、AI経営者は自然言語が理解できるため、必然的に社員は、自然言語で記述された任意の情報(すなわち、普通の人間が読んだり、見聞きしたりするような情報)を入力可能となる。AI経営者は、この入力情報に基づき、単に回答・反応を出力するだけでなく、自らの思考モデルをアップデートできる機能を有することとする。(図2の概念図参照)
なお、AI経営者は、ネットワークに接続するソフトウェアとして実装するため、会社に関する言語以外の情報、すなわち、数値・統計情報やセンサーからのデータなどの直接入力、APIでの自動連携などが技術的には可能となる。しかし、こうしたデータを直接処理することは、実在の経営者の情報処理能力・方法とは大きくかけ離れており、経営者の再現という観点で取り上げるのは適切ではないと今回は考える。したがって、本記事のAI経営者にはこうした非言語的なデータは直接入力せず、あくまで自然言語で表現された情報のみを受け付けることとする。
また、今回の議論をシンプルにするため、AI経営者が担う役割は対話によるコミュニケーションに絞ることとする。具体的には、経営会議などにおいて、重大な局面などにおける判断を行なうための助言を与える相談役のような役割や、経営幹部を含む社員との会話などを、AI経営者の主な役割として想定する。
逆にいうと、他社との交渉や協業などの契約の行為、社内のさまざまな案件に対する決裁、社内外への表敬訪問の対応などといった、人間としての物理的な存在感や責任が求められるような経営者の役務は、AI経営者の対象からは外す。AI経営者がこれらの役務に対応するためには、技術的な実現性の難しさに加え、現状の法制度などの見直しも必要になり、前提条件の設定が困難になるからである。