ASEAN市場の商機獲得は「現地人になる」こと
「ASEANのイノベーション・エコシステム最新動向セミナー」レポート
2018年6月25日に東京・渋谷の三井住友フィナンシャルグループの、オープンイノベーション拠点「hoops link tokyo」で、ASCII STARTUP主催、JETRO共催のセミナー『ASEANのイノベーション・エコシステム最新動向セミナー ~巨大な消費市場ASEANでスタートアップの商機を探る!~』が開催。
登壇したのは、日本だけでなく東南アジアやインドも投資領域にするSpiral Venturesの岡洋氏、ASEANの知的財産についても詳しいGVA法律事務所の恩田俊明氏、タイで開催するCEBITをサポートする日本能率協会ドイツメッセの竹生学史氏、スタートアップ企業の国外進出を支援するJETRO知的財産・イノベーション部の新田浩之氏の4名。
2時間という時間でASEANに対する認識、スタートアップ企業の取り組み方、知的財産の扱い方などを展開。これからASEANを舞台に事業展開を考えている企業や知財ビジネスを展開を学びたい起業家などで会場はほぼいっぱいとなり、熱心に登壇者の話に耳を傾けていた。
セミナーは2部構成で、第1部ではASEANのベンチャー事情、知的財産を活用したビジネス戦略や2018年10月にアジアで初めて開催されるCEBITについて紹介。第2部では第1部で話した内容をもう少し事例を踏まえたトークディスカッションを展開。日本とは違う新興国が先進国を飛び越えて発展している現状と対策が語られた。
メルカリ級ベンチャーが続々、誕生しているASEAN
まず、第1部ではSpiral Venturesの岡洋氏が口火を切った。自社の取り組みの紹介のあと、ASEANに関して押さえとくべき情報として、「釈迦に説法」と前置きした上で次のように語った。
岡氏(以下、敬称略):「ASEANは人口規模6億人といわれています。インドや中国に比べれば半分ほどですが、日本の約6倍、アメリカの約2倍の規模です。このマーケットが10年で10倍ぐらいGDPが成長しており、ここにスタートアップの勝機があると思っています。ASEANはモバイルが中心で、パソコンを持っていません。Wi-Fiスポットはどこへ行ってもフリーで使えるようになっており、日本をイメージしていくと見誤リます。日本人よりも、モバイルでネットを見るのに長け、モバイルでなにかするということが当たり前の国々です」
日本のベンチャーへの投資は2000億円から3000億円に対し、ASEANは3500億円から4500億円と言われており、すでに日本を超えている。さらに中国やインドまで入れると桁が違ってくる。
岡:「シリコンバレーへ行くような気持ちで行かないと、勝てない状況になってきていると感じています。ただ、チャンスは大きいと思います」
先日メリカリが上場したが、ASEANのユニコーン(企業価値が10億ドル以上と評価されている未上場ベンチャー)は、すでに上場したものも含めてたくさんいる。つまりメルカリ級のメガベンチャーがすでにたくさんあふれている市場ということになる。
岡:「みなさんが東南アジアへ展開すると言ったときに、日系企業のベンチャーキャピタルの門をたたくと、いろんな情報や、もしかしたらお金が出てくるかもしれません。ただ、みなさん現地に入っていて、現地の企業に投資するのがメインなのでハードルは高いです。資金調達を海外でやり切るぐらいでないと勝てません」
ここで、知っておくべきメガベンチャーの実態をいくつか取り上げた。
岡:「まずはNinja Van。シンガポールで先日8700万ドル獲得し、欧州の物流企業が30%近く投資したことで話題になりました。東南アジアのラストマイルはまだこれからで、こんな巨大な市場にスタートアップが参画し、それを応援するキャピタルがあります。
次にGrab。ソフトバンクやトヨタが出資したことで日本でも有名です。配車サービスの大手ですが、彼らは配車サービスと言わないでほしいと言うぐらい、モバイルをベースにしたさまざまな市場に参入してきています。さらにインドネシアのO2OであるKudoを買収しました。ベンチャーがベンチャーを買収しています。
もう1つはLAZADA。東南アジアのEC最大手ですが、アリババに買われました。メガベンチャーを中国やインドの巨大企業が資本参加してくるので、こういうお金の流れを見誤ると、EC事業に参入して戦うぞといったときに、相手はアリババだったということになります。みなさんは、これらの企業と戦わなければならないかもしれないということなのです」
LeepFrogもキーワードだ。銀行口座を持たず、カードも持っていない人が大半を占めるASEAN。そんな人たちのためにECを提供したのがKudoであり、ラストワンマイルを抑えていることで、LeepFrogが起きている。
知っておきたいASEANの知財戦略
続いて、GVA法律事務所の恩田俊明氏が登壇。ASEANの知的財産権についての現状を解説した。
恩田氏(以下、敬称略):「知的財産権を活用してベンチャー企業が自分たちのビジネスを守ろうと考えたとき、特許・技術は大事なのですが、正直、東南アジアで特許を取ってくださいとは言いづらいです。国によってばらつきはあるものの、出願から権利化までに5年から7年は平気でかかる国も少なくないからです。シンガポールは審査能力もあり、ここ数年は『ASAENのIP HUBを目指すこと』を国策に掲げてきていたのですが、最近はうまく回っていません。このためアジア各国では、特許で守るのは現実的ではなく、ノウハウをはじめ、技術のコア部分は契約で守るしかありません。
かたや、商標は早くて数ヵ月で取れます。マドリッドプロトコル(マドプロ)国際出願によって、日本の特許庁を通じて直接出願できるため、現地の代理人を雇わなくて済みます。このため費用も安く、かつ早期に権利化されるようになっています。また、リサーチツールが無料で開放されており、ネット上で類似サーチができます。まず、ビジネスの取っ掛かりとして商標を取ってから進出するというのをオススメしています」
ベンチャーも出展可能 アジアで初開催するCEBIT
ドイツメッセ日本代表部の竹生学史氏は、2018年10月18日から20日までタイのバンコクで開催する「CEBIT ASEAN」について説明。ドイツ・ハノーバー開催のCEBITは、20万人が来場し、出展者数は3000という世界有数の展示会だ。スタートアップ向けの展示会というわけではないが、会場ではスタートアップを中心とした展示スペースも確保している。CEBIT ASEANでもベンチャーブースは用意され、ジャパンパビリオンも設置される。そこへ出展したいのであればJETROへ、ブースを単独で持ちたい場合や現地へ訪れたい場合は、竹生氏へ相談してほしいとのことだ。
第1部最後は、JETROの新田浩之氏。知的財産権を持っているスタートアップ企業を支援しており、代表的なプログラムとして、特許庁からの補助金で運営するジェトロ・イノベーション・プログラム(JIP)(関連サイト)がある。同プログラムにおいて、近々ではタイ、マレーシアのエコシステムを活用して、海外進出を考えているスタートアップを支援する。具体的には、両国からアクセラレーターを呼んで、タイ、マレーシアでのビジネスモデルを構築する研修(Boot Camp)、ピッチ指導などのメンタリングや展示会でのマッチング等一気通貫のハンズオン支援するプログラムだ。
第2部では、岡氏と恩田氏、竹生氏が登壇し、トークディスカッションを繰り広げた。
――ASEAN市場のトレンドと日本のベンチャーが活躍できるのかどうか。
岡:「ASEANのトレンドは、市場が勃興している段階で、そこにサービスをチューニングしていくかのフェーズだと思います。ECも金融も不動産も、さまざまなサービスにおいて市場がまだ出来上がっていないところへどうやってサービスを提供していくかが勝負だと思います。日本のベンチャーが活躍できる可能性はもちろんありますが、日本の成功事例を持っていてもダメです。資金調達もプレイヤーも法整備もユーザーも全部違うので、現地へ行って現地でメンバーを募って、日本で起ち上げるのと同じことを現地でやる必要があります」
――仮想通貨周りの動きはどうなんでしょう。
恩田:「東南アジアの文化や嗜好と親和性があるかどうかが、ICOの広がりがキーになってくると思います。実態を伴わないICOが広がることで炎上して規制のトリガーを引かれるのではないかと危惧はしています」
岡:「金融システムは成熟していないので、まだまだ入り込む余地はあると思う一方で、カントリーリスクやリーガルリスクは存分にあります。なので、現状はまだまだわからないですし、足元をすくわれる可能性もあります」
――日本とASEANとで戦略の違いはどうたてればいいのでしょう。
岡:「ビジネスモデルは完全に違うと思ってください。郷に入れば郷に従え、日本の先入観で海外へ行ってしまうと見誤る可能性が高いです。戦略も重要で、たとえばある国で事業展開したいといったとき、国単位で考えがちだけど、このサービスはどこで起ち上げてどこにエンジニアリングを置いてというように、1つの国ではなく東南アジア全体を柔軟に見ないとみないと見誤るので、地域戦略はかなり緻密にやるべきです」
恩田:「海外進出の戦略を緻密にやれる方は少ないと思います。まず場所ありきになりがちで、技術がわからないと、その土地の事情を把握せず、技術だけで突き進んでいこうとすると失敗します」
――著作権や商標の管理はどうすべきでしょう。
恩田:「管理は、管理ツールというのがあって、権利範囲と更新期限とか、過去にどういうアタックを受けたかなどの情報を特許庁のデータベースから取得して活用したりできます。ただ管理は大変なので、外部業者に委託しているところもあります」
岡:「東南アジアで、特許管理を行なうと、どのくらいの費用がかかるものなのでしょう」
恩田:「現地の物価やビジネス規模を考えると、想定的に極めて高いですね。日本で特許管理をするのと変わらないです」
――とりあえず特許や商標を出しておくべきなんでしょうか。
恩田:「裸一貫で参入するわけなので、自社サービスを守る意味でせめて商標ぐらいはという気概で望んでほしいですね。特許のネタになる技術はビジネスの根幹でもあるので、それをおざなりにするのはナンセンス。コスパとして見合う段階になったら、取っていくのがいいですね」
岡:「現地のメンバーが日々ベンチャーと対峙している中で、東南アジアでは、特許の話はあまり出てこないとのこと。特許は大事ですが、その後の運用がわかりづらいですね。類似技術を見つけたときにどうすればいいのか、逆に戦いを挑まれたときにもどうすればいいのか。スタートアップの指針になるようなものがあればいいのですが」
恩田:「現地に進出していないまま特許をとってしまうと、キャッチアップできないので真似されても話が進まない場合があります。現地の言語で分析して警告書を送るようなことは、現地の代理人でないとできないのですが、現地の代理人は結構な額の費用を取ります。不必要なコストを抑える観点からも、社内で技術を語れる人が矢面に立って交渉する必要があります。特許の内容と自社技術の内容とのズレに気がついていない人も結構いるので、自社特許の中身をよく知っておくことが大切です」
――現地での人材確保で有効な方法とは。
岡:「優秀な人材はメガベンチャーがごっそり持っていってしまうため、人材が枯渇しています。技術を追い求める思想は日本より弱い印象なので、エンジニアのライフサポートをするほうが重要だと感じています」
恩田:「知財知財と自社の優位性を強調しても、相手にとっては魅力的に響かないことも多いので、自社の技術を推すより、いっしょに愛せるような関係性をつくるほうが、手っ取り早い気がします」
トークディスカッションの最後には、今回の登壇者からメッセージが送られた。
岡:「使命としてこのマーケットの架け橋にならなければならないと思っています。5年後、10年後に、ASEANとボーダレスに行き来して、日本企業との連携や、あるいは東南アジアベンチャーが日本でIPOする際のサポートなどもやっていきたいですね。みなさんも大きなビジョンを持って一緒にやっていきましょう」
恩田:「東南アジアの人たちとやる仕事は、日本の人たちとやるのと何が違うのかと考えたとき、そんなに違いはないと思っています。逆に違うものだと考えると失敗するかもしれません。知財に関しても同じで、守りたいものがあって、それをどんどん育てたいという思いがあれば、どんな国になっても1つの形になっていきますので、諦めないでください」
竹生氏:「展示会は出展したり来場したりでお金はかかりますが、展示会のいいところは、実際に人とあってコミュニケーションできることです。どんどん活用してほしいと思います」
新田氏:「ASEANのいいところは、間違いが許容されるようなあたたかみがあって、親日的なところ。シリコンバレーとは違い、政府の影響力が大きい等エコシステムは発展途上ですが、だからこそ今がチャンス。ビジネスプランの1つとして考えていただきたいです」