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親が選択しなかった人生を体験できるプラットフォームを創る

連載
アスキーエキスパート

国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。Nei-Kidの神谷渉三氏による個人の創造性を伸ばす教育における日本と世界のイノベーション動向をお届けします。

自分を創造的だと思わない日本の子どもたち

 日本の教育は旧態依然としている――年頃のお子さんを持つビジネスパーソンなら、そう感じたことがある方も多いのではないでしょうか。自分が創造的だと答えた日本の子どもはわずか8%、グローバル平均の5分の1以下です。変化の激しい時代を生き抜くために、教材ではなく生きた人間から子どもたちが学ぶ、新しい教育の形が必要です。

 昨年Adobe社が発表したレポートは、教育関係者に大きな衝撃を与えました。

 「あなたは、創造的だと思いますか?」

 この問いかけに、日本の小学校を卒業したTeenagerの92%が、「No」と答えたのです。「創造的だ」と自分を考える子どもはグローバル平均の5分の1以下でした。さらにいえば、「自分の生徒が創造的だ」と答えた教師の比率はグローバル平均の10分の1以下となっています。

ビジネスの現場から感じた強い危機感と行動

 シンギュラリティーと言われるような世の動きのみならず、世界は指数関数的な速度で、刻々と変化しています。

 私はNTTデータという会社でAI/IoTなどの新しいサービスに日々触れる中で、激しい変化の中で求められるのは、新しい環境にマッチするものを創り出し続ける能力であることを自ら肌で実感しており、この調査結果をみて、現状に強い危機感を覚えました。

 公立の小学校に入学したばかりの私の息子や、その周辺の友人を見渡しても、「小学校で大半の子が創造性を失う」という調査結果には納得感があり、一段とそう感じました。

 次世代を担う子どもたちのために、つまり自分の息子が将来生きる社会のために、”いま””自分が”できることは何か? そう考えて、「Nei-Kid」という事業を複業として始めています。

親が選択しなかった人生を体験できるプラットフォーム

Nei-Kid

 Nei-Kidは、親や教師以外の大人たちとの交流を通じて、日本の小学生に「親が選択しなかった人生」を伝えるサービスです。

 私は子どもが元来持っている創造性を伸ばすためには、3つの条件があると考えています。

1.心理的安全性(何をいっても大丈夫という安心感)
2.フラット(大人も子どもも、全員が対等だという前提)
3.多様な刺激(自分の想像の範囲外からの刺激)

 1、2は、子どもとコミュニケーションするときの大前提です。

 Nei-Kidではこういった場を創り出し、コンテンツとして、3の多様な刺激にあたるさまざまな大人との出会いを用意しています。

 終身雇用制度のもと、ほとんどの教師は、ほかの職業を経験せずに教職に就いています。親も、自分が選ばなかった職業や生き方を、残念ながら自ら子どもにみせることはできません。学童保育で出会うのも、教育産業に従事することを選んだ大人たちです。

 社会に出れば必ず出会うことになる、多様な価値観を持った大人たちとの接点が与えられず、学校と家庭という小さな枠の中に子どもの活動範囲はとどまっている。

 Facebookなどのソーシャルが発達したことで、大人たちはさまざまな人々と交流できるようになったのに、未来を担う子どもたちの目はふさがれている。これは、あまりに不健全です。

 世界の広さを伝えるためにNei-Kidでは、多様な大人と子どもが交流する安心安全な接点を提供しています。

●刀鍛冶のところに行き、刀の造り方、歴史、なぜ刀鍛冶になったかを知る。
●イタリアのワイナリー経営者から、ワイン造りについて直接学ぶ。
●食品メーカーの社員から、本当に美味しいカレーの作り方を学んで、子どもたち10人10様のオリジナルカレーを作る。
●お笑い芸人の、人を笑わせるにはどうしたらいいかのノウハウや、日頃何を考えているかを、仲良く学ぶ。
●九州のお医者様とオンラインでつながって、診療の仕方や病院の設備を教えてもらう。

といった場を小学生のために創り出しています。

 これまで数百人の子どもたちが交流に参加していますが、大切なのは一人一人。1人の子どもの人生を変える決定的な出会いが、Nei-Kidを通じてあれば、親にとってかけがえのない価値がある。そういう想いでやっています。そして実際に、そういう出会いがつながっているのでは、という実感があります。

1on1イベントへのチャレンジ

 3月末には、新しい試みとして、大人と子どもの1on1イベントを開催しました。大人と子どもが対等な立場で1on1で話し合い、お互いの姿をカードにして紹介し合う、というイベントで、今までの1人の大人が大勢の子どもに伝える、という形態からの発想の転換です。

 少子高齢化の日本で、人数が多いのは圧倒的に大人側です。さまざまなバックグラウンドを持つ大人たちを子どもに直接相対させることは、双方にとってさまざまな気づきを生み出します。

 「社長ってコンビニの数より多いんだよ。だから、誰でもなれるよ」

 たとえばこんな話が起業家から小学生に語られ、「ものすっごい楽しかった! 気がついてしまった。大人は子どもを子どもだと思ってるんだよね!」「○○さんは、怠けるのが好きでも本当は怠けてないはずだから。僕もサッカーや割り算をがんばる」といった形で子どもたちはそれぞれにその大人たちの話を受け止めます。

 「これ、大人の側も考えさせられるね」

 純粋な子どもに、自分のことをどう伝えるのか。人と人として、どう相手に伝えて行くのか。大人にとっても学びの機会になります。

 たくさんの大人と子どもたちが、1on1イベントを通じて地域の中で気軽につながりあい、お互い顔見知りになって地域社会を住みよくしていく、そんなサービスに発展させていきたいと思っています。

テクノロジーをどう子どもたちのために活かすか

 大人と子どもの交流の場を創り出すとき、大人側が口にするのは「自分が子どもとうまくコミュニケーションできるだろうか?」「自分の子どもはうまく大人と話せるだろうか?」という自分たちのコミュニケーション能力に対する不安、知らない大人と交流することが自分の子どもにどう影響するか、という不安です。

 テクノロジーの発達で、相手が言語化していない表情や音などの情報も捉えて解析しやすい環境が整ってきました。特に子どもは語彙が少ないので、言語化されていない情報をきちんとみてより安心安全で自由な場を創っていくことが大切になります。

 このため、技術的には、子どもたちの様子をオンラインで検知することで、安心安全かつプライバシーを守って大人へのフィードバックを得る仕組みを検証し続けています。

 Nei-Kidのイベントでは常に動画を撮っており、子どもたちの感情(喜び、驚き、怒り、悲しみ)や集中度合を計測できるようになっています。

 子どもの個人情報を親以外に伝えることは絶対に避けなければいけないので(親に伝えることすら、子どものプライバシーを配慮すれば慎重に考えなければいけません)、サーモグラフィーのように色のみで場の雰囲気を伝える仕組みも作りました。

 お笑い芸人のセッションでは喜びのオレンジが多く、書道のセッションでは集中の緑色が多い、などが、直感的にわかるようになっています。

 もちろん、まだシステムで捉えきれないような情報は多くあります。

 私は自分の息子もイベントに参加させているので、動画はすべて目視でも見直し、息子の様子とシステムの解析結果との対比をみています。

 システムで把握できる内容と、動画を人がみてわかる内容、実際に現場にいてはじめてわかること、それぞれを見極めてサービスをつくっていく必要はもちろんありますが、いままで現場で支援なく子どもたちと向かい合ってきた教師やファシリテーターといった人たちが、Nei-Kidのシステムにより、いままでとは異なる定量的なフィードバックの蓄積とPDCAサイクルの確立、という恩恵を受けられるようにはなると思います。

社会全体を、学校にする

 「世界中の町全体を、子どもにとっての学校にする」

 このプロジェクトをはじめるときに、自分が決めたことです。

 世界中の子どもたちが、日常的に大人たちとも触れあって、自然に学んでいく。社会全体が学校の代わりになり、子どもたちが本来もつ偏りをありのままに認められ、生きていける世界を創る。

 試されているのは、私たち大人です。

 みなさんはまっすぐに、子どもたちと向きあう準備ができていますか?

 次回以降では、今回説明した本プロジェクトを進める中で出会った教育とテクノロジーやイノベーションに関わったなかでの気づきや日本の課題について触れたいと思います。

アスキーエキスパート筆者紹介─神谷渉三(かみやしょうぞう)

著者近影 神谷渉三

「生きている間に一番世の中を変えるのはIT」と考え、IT企業(NTTDATA)に1996年入社。以来、日本初となるデジタル放送のプラットフォーム企画・構築、大手ポータル事業者向けシステム刷新、全社統一ビジネスプロセス制定・施行、DigitalBusinessへのトランジション支援(含LINEとのアライアンスやAI関連事業など)、一貫して新規ビジネスや新規施策に従事。高校一年の時、「MBAに行きたい」と3者面談で話したが親や教師に笑われて諦めた経験を持つ。数十年経った後、全く同様の経験を話す高校生をみて変化のなさに衝撃を受け、小学生が親や教師以外の多様な大人たちと交流できるサービス(Nei-Kid)を立ち上げ。子どもが学び、子どもから学べる環境づくりにライフワークとして取り組み中。経済産業省「始動 Next Innovator 2017」シリコンバレー選抜メンバー。

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