メルマガはこちらから

PAGE
TOP

人工衛星の材料を金属から木材に 京都大学発「LignoSat」

連載
社会実装に向けた研究、技術 大学発スタートアップがつくる未来を知る

 地球の軌道上を周回し、天気予報やインターネット通信、ナビゲーションなど日常に欠かせないインフラを支える役目を担う人工衛星。一般的に人工衛星の材料は金属がメインだ。しかし、従来の金属製人工衛星は、廃棄の際に生じる地球環境への影響が課題となっている。そこで京都大学農学研究科の仲村匡司教授、同大学研究員であり宇宙飛行士の土井隆雄氏らの研究チームでは、金属ではなく「木材」を材料とする人工衛星の開発を進めている。

金属製の人工衛星が抱える大気汚染という課題

 私たちの生活に欠かせないインフラやサービスを支える人工衛星だが、古くなった人工衛星やその残骸が軌道上に残置されると、宇宙ゴミ、いわゆるスペースデブリとなる。そのため、現在は使用を終えた人工衛星の多くは大気圏に再突入させ、摩擦熱で焼却処分する方法が取られている。スペースデブリの解決にもつながる焼却処分だが、実は大きな課題がある。それが環境負荷だ。

 実は人工衛星を大気圏に突入させて焼却処分しても、完全に燃え尽きることはなく、金属パーツが微粒子となって大気中に放出される。この微粒子が地球環境に影響を及ぼすと指摘されている。

 仲村匡司教授によると、「人工衛星に用いられているアルミニウムは、焼却処分すると『アルミナ粒子』という酸化アルミニウムの微粒子となり、大気中に放出されます。アルミナ粒子は地上に落ちるまで数十年かかるとされています。現在の廃棄サイクルだと環境への負荷は少ないとされていますが、将来的に何万基もの人工衛星が焼却処分されるようになると、大気中のアルミナ粒子が増加。太陽光を反射して気温低下を引き起こしたり、異常気象を引き起こしたりするほか、オゾンホールの拡大にもつながるなど、地球環境に深刻な影響を及ぼす可能性があります」とのことで、事態が深刻になる前に対策が求められている。

 そこで仲村匡司教授や土井隆雄教授らが開発を進めているのが、世界初となる木造人工衛星「LignoSat(リグノサット)」。開発は京都大学と住友林業株式会社の共同研究として始まった。

先述のようにアルミニウムはアルミナ粒子となって大気に放出され、将来的に地球環境に影響を及ぼす可能性がある。しかし、木材の場合は摩擦熱で燃え尽きるため、金属と比較すると大気への影響は少なくなる。「地球環境への負荷が少ない」というのが、人工衛星の材料を金属から木へと変える最大のメリットだ。

日本の伝統技術を用いた木製の人工衛星が完成

 もともと木造の人工衛星をつくるという考えは土井教授が提案したもので、実際に宇宙空間でも使えるのかを調べるために木材のプロである仲村教授にコンタクトを取ったのがプロジェクトの始まりだったという。

土井教授によると、「当時、木で人工衛星をつくるという取り組みは誰も行なっていませんでした。というのも、木だと燃えたり壊れたりしてそもそも人工衛星には使えないと誰もが思っていたからです。過去に宇宙で木材を使った前例はなく、誰も予測できなかったのでしょう。しかし、真空である宇宙空間で使ううえでは木が燃えることはなく、宇宙で木材が使えることを証明する意味も込めて、木造人工衛星をつくることにしました」とのことで、実は非常に画期的なアイデアだった。

 2017年に発足したプロジェクトはまず1年にわたり勉強会を実施し、2018年に実際に木造人工衛星の製作に着手。もともと土井教授が「木箱状」を想定していたこともあり、「CubeSat(キューブサット)」と呼ばれる、縦×横×高さ10センチの木箱状の超小型衛星タイプが採用された。木造人工衛星をつくるに当たって課題となったのが、「できるだけ接着剤や留め金のような金属を使わない」という点だ。熱膨張係数が異なるため、安定して運用するには木材だけで接合して形をつくるのが理想。

そのため、仲村教授は滋賀県の木工職人である黒田工房に依頼し、「留形隠し蟻組み接ぎ」という伝統技法で見事に外箱をつくいることに成功。また、内部の電子機器や回路の設計、充電池の搭載は、「CubeSat」の打ち上げ実績のある九州工業大学が協力する形で実現させたという。しかし、国際宇宙ステーション「きぼう」モジュールから人工衛星を宇宙空間に放出する際は、本体にレールと呼ばれるアルミのパーツを必ず装着するというレギュレーションが定められていることから、最終的にレールを装着することを想定し、木箱をひと回り小さくしつつ容積を確保するために「技術の限界」とされる板厚4ミリでの木箱型の木造人工衛星が完成した。

木材は宇宙での運用に適していた

 木箱型の木造人工衛星をつくるうえで重要なのがやはり「本当に木で人工衛星がつくれるのか」という点だろう。土井教授の話にあるように、放射線や原子状酸素のある宇宙空間で木がどのような影響を受けるのかは誰も実際に試したことはなく、予測ができない。そこで2022年に、国際宇宙ステーションに複数の木材試料を持ち込み、約10カ月間の宇宙空間での木材試験体の曝露実験を実施した。

木材試験体の曝露実験の様子

 その結果、表面的には全く変化はないことが判明。木材は真空、放射線に強く、宇宙空間に適していることがわかった。原子状酸素の影響は今回の実験では見られなかったが、最終的な結論は今後の研究を待つことになった。また、強度についても、「板単体では強度は金属に劣りますが、木材でも構造物としては金属と比肩する強度を持つことがわかりました」と仲村教授は話す。

「木材には『くるう・腐る・燃える』という、地上で使う際の三大欠点が存在します。しかし、宇宙空間は酸素がなく、菌もいないため、湿気で寸法が変わることもなければ腐ることもなく、さらに燃えることもありません」とのこと。木材が宇宙空間に適していることがわかったが課題もある。例えばサイズの問題。今後、より大きな機器を搭載可能なサイズの木造人工衛星が必要とされる可能性もあるが、そもそも何メートルもの大きな無垢の板材を使うのは現実的ではない。

 そこでセルロースナノファイバーや合板など木材由来の材料を使うことも想定し、研究を行なっているという。また、パーツとなる木材の加工は地上で行なうが、やはり加工する環境次第で素材の中に水分が入り、宇宙空間で水分が抜けて変形することを想定する必要がある。「宇宙空間での使用を想定した木材」の製造環境や加工方法の確立も今後クリアすべき課題だと土井教授は指摘している。

金属から木材に変えることで大気汚染を減らす

 では、木造人工衛星が実現した場合、私たちの生活はどのように変わるのだろうか。

 土井教授によれば、「まず木造人工衛星がない未来を考えてみてください。金属衛星のみの世界では、大気中のアルミナ粒子がどんどん増え、現在とは比較にならない規模の気候変動や異常気象、さらにオゾンホールが世界各地で発生するなど、私たちの生活が脅かされるような環境になる可能性があります。また、大気中のアルミナ粒子が異常な数になれば、ジェットエンジンを搭載した飛行機が飛ばせなくなる――ということも考えられます。木造人工衛星を実用化することで、こうした誰もが望んでいない未来を避けることができるかもしれません。さらに、宇宙で木が使えるようになれば、ゆくゆくは他の惑星、例えば火星に設置したユニット内で木を育て、建材に使うなど、宇宙開拓で重要な役割を担う可能性があります」という。

 実際に土井教授は京都大学で「低圧環境での木の育成」にも取り組んでおり、この研究も注目を集めている。また、仲村教授は「人工衛星に使う木材にもスポットが当たる」と話しており、木材の価値向上により、衰退している林業の活発化、後継者不足の解消といった、林業課題の解決につながる可能性も考えられる。

2027年度中には姿勢制御技術を盛り込んだ2号機の打ち上げを予定

 記念すべき1号機は、曝露実験の結果を踏まえてホオノキの木を用いてつくられることになり、2024年に完成。同年11月に地球から打ち上げを実施。同年12月に国際宇宙ステーションから宇宙空間に放出され、約4カ月間実験を行なった後、大気圏突入してその役目を終えたが、「木でも人工衛星がつくれる」ことを証明した大きな一歩となった。残念ながらこの1号機は地上との確実な通信を確立できなかった。そのため、現在は1号機をベースに、通信システムなどの不具合を解消した2号機「LignoSat-1R(ワンアール)」を開発中とのこと。

「1R」は2027年度の打ち上げを目標に開発が行なわれているが、さらにその先を担うモデルとして3号機に当たる「LignoSat-2」の開発にも着手している。「L2」は高度の低い軌道で周回させる防災衛星として運用することを想定し、アンテナを本体内に格納したモデルになる予定だ。「LignoSat」は、金属製人工衛星が抱える「廃棄時の大気汚染」という課題解決につながる重要なプロジェクト。木でできた人工衛星がどのように世界を変えるのか注目したい。

仲村匡司氏(京都大学農学研究科教授)

土井隆雄氏(宇宙飛行士/龍谷大学客員教授・京都大学研究員)

本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ている場合があります

バックナンバー