なぜ日本は社会実装で詰まるのか。核融合とディープテック支援の現場が語る「見えない壁」
JID 2026セッションレポート――核融合の産業化とディープテックの社会実装から見えた課題
2026年3月3日、ASCII STARTUPはスタートアップ展示会カンファレンス「JID 2026 by ASCII STARTUP」を開催した。「イノベーションに関わるすべての人をつなぐ」を掲げ、先端テクノロジー、スタートアップ、大企業、行政などが交差する場として企画された本イベント。当日は2つのステージで計10のセッションが行われ、ディープテックの社会実装やオープンイノベーションの現在地が多角的に議論された。
本稿ではその中から、ハブステージで展開された「核融合の産業化」と「ディープテックの社会実装」をテーマとしたセッションを中心に、当日の議論を追う。
ASCII STARTUP編集部の10年の歩みと次の10年
イベントの冒頭には、ASCII STARTUP編集長の北島幹雄と副編集長のガチ鈴木が登壇し、これまでの取り組みと今後の方向性を共有した。
北島は、ASCII STARTUPが10年以上にわたり国内外のスタートアップを取材してきた歴史を振り返り、新しい技術のシードがどのように社会に受け入れられていくのかを一貫して追い続けてきたと説明。ガチ鈴木は、この10年の変化として、初期のハードウェアスタートアップやメイカーズブームへの注目から、アクセラレーションやインキュベーションといったスタートアップエコシステム全体へと関心が広がってきた点を挙げた。
近年は、ディープテックや大学発スタートアップをどう後押しするかに重点を置いている。2025年10月には、ディープテックをテーマとしたイベント「ASCII STARTUP TechDay」も開催した。次の10年のテーマは、新しいテクノロジーがどのように社会に実装されていくのかを追うことだ。北島は「専門家向けの遠い話ではなく、一般ユーザーの興味関心に近い視点で伝えていく」と述べ、核融合やフィジカルAI、エイジテックなど、幅広いテーマを扱っていく方針を示した。
炉心からプラントへ、広がる核融合産業の裾野
ハブステージで実施されたセッション「SFの先へ。加速する核融合産業化で日本企業が取りにいくポジションを解く」には、株式会社EX-Fusion共同創設者の森芳孝氏と、京都フュージョニアリング株式会社 Business Development and Operations Division/Managerの西村美紀氏が登壇した。モデレーターはASCII STARTUP編集長の北島が務め、核融合の産業化に向けた現状と課題について議論が行われた。
左からEX-Fusion 共同創設者/光産業創成大学院大学 准教授 森芳孝氏、京都フュージョニアリング株式会社 Business Development and Operations Division/Managerの西村美紀氏、ASCII STARTUP編集長 北島幹雄
ASCII STARTUPが京都フュージョニアリングの取材を始めた4〜5年前には、実用化は2030年代後半から2040年頃とされていたが、現在は発電実証に向けた取り組みが前倒しで進んでいる。背景にあるのは、プラズマといった炉心技術だけでなく、材料、製造、設計、規制、安全、運転といった周辺領域にもプレイヤーが広がり始めていることだ。
京都フュージョニアリングは、その「炉の外側」を担う企業だ。西村氏は「核融合をプラントとして成立させるために必要な要素を組み合わせて提供する会社」と説明する。発電した熱の取り扱いや燃料循環、化学処理などを含め、プラント全体を成立させるための取り組みを進めており、子会社のStarlight Engineが推進するFAST計画にも参画し、2030年代の発電実証を目指している。
一方、EX-Fusionはレーザー方式という異なるアプローチをとる。森氏は「レーザー核融合の特徴は“小回りが利く”こと。意思があればクイックに動ける」と話し、装置のコンパクトさや開発のスピード感を強調した。秒間10回の模擬標的に対するレーザー照射実証にも成功しており、核融合の実現に向けた道筋は複数存在していることが示された。
足りないのは技術ではなく「意思」と人材
議論の中心となったのは「日本の核融合産業に何が足りないのか」という問いだ。
森氏は「物理的なハードウェアはすでにある。足りないのは、それらを統合して『発電デモ機を作ろう』という意思だ」と指摘する。核融合には複数の方式があり、「一つに絞る必要はない。多様な方式を支える世の中になってほしい」と述べ、幅広いプレイヤーの参画を促した。
西村氏も「特定のハードが欠けているというより、それを核融合技術として昇華させるための研究開発と、それをやり遂げる人が足りない」と語る。既存の高性能な機器であっても、そのままでは核融合環境下では使えない。「自社の技術をどう適応させるか、一緒に考えながら核融合実現に欠かせない技術へと育て上げていきたい」と、企業との協働の重要性を強調した。
非核融合分野の企業との連携について、西村氏は「こちらからニッチな技術を持つ企業に声をかける場合と、企業側から『この技術は使えないか』と提案いただく場合の2つがある」と説明する。「ある程度“このあたりで使えそう”というイメージを持っていただけると、具体的な議論につながりやすい」とのこと。
森氏は「最後は情熱」と言い切る。「本業がしっかりしている中小企業の社長が、『新しいエネルギーを作りたい』という思いで入ってくるケースも多い」と、技術力だけでなく、意思や関心が参入のきっかけになるという実感が語られた。
AIと制度設計、産業化に向けた次の論点
AIやデジタル技術の活用も、産業化に向けた重要なテーマだ。西村氏は「核融合の実装が遅れてきた理由の一つがプラズマ制御の難しさ」としたうえで、「AIによる複雑な制御は非常に有望」と述べる。また、将来的に発電炉が増えていくことを見据え、「設計から運用までをプラットフォーム化する必要があり、デジタルの活用は不可欠」とした。
森氏も、レーザー核融合が「ナノ秒単位の現象を扱うため、すべてがシミュレーションに支えられている」と説明する。「かつて日本はこの分野で先行していたが、今はやや停滞している。ただ、アカデミアには人材が残っており、再加速の可能性は十分にある」と、今後への期待を示した。
最後に、日本としてどのように産業を立ち上げていくかが議論された。西村氏は「規制の最適化」「コア技術の保持」「官民連携」の3点を挙げ、「安全性を担保しつつ、開発スピードを落とさない制度設計が必要」と指摘する。
森氏は、日本の強みとして「エネルギーに困っているという切実さ」や、材料技術、製造業の蓄積を挙げたうえで、「初期の電気代は高くなるが、それを社会で育てていく仕組みが必要」だと述べ、制度面での支援の重要性にも言及した。
セッションの最後に、西村氏は「結集」、森氏は「コツコツ」という言葉を挙げた。最先端の技術でありながら、求められているのは、多様なプレイヤーが関わり、着実に積み上げていくプロセスであることが改めて共有された。
ディープテックを社会実装へ、シードの壁を越えるための条件
続いて行われたセッション「ディープテックを社会実装へ シードの壁を越えるロールモデル」では、産業技術総合研究所の中村則雄氏、NEDOの前野武史氏、NECの藤村広祐氏が登壇し、研究成果を事業化につなげる際の課題や、その乗り越え方について意見が交わされた。モデレーターはASCII STARTUP副編集長のガチ鈴木が務めた。
左から、ASCII STARUP 副編集長 ガチ鈴木、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 研究戦略本部 社会実装加速・スタートアップ推進グループ スタートアップ・マネージャー 中村則雄氏、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) スタートアップ支援部 チーム長 前野武史氏、日本電気株式会社 ビジネスイノベーション統括部ディレクター/NEC X - JAPAN Edition - 代表 藤村広祐氏
シードは増えたが、その先に進む難しさ
冒頭では、ディープテック領域の現状として、大学発スタートアップの創出は着実に増えている一方、その後の事業化フェーズに進むハードルが依然として高い点が共有された。
藤村氏は、事業会社の立場から「シード期から関わることの意味」に触れる。一般的なCVCは事業化が見え始めた段階の企業を対象とすることが多いが、「NEC X」ではあえてシード段階から事業創出・成長支援プログラムとして伴走しているという。「技術起点で考える“ソリューション・ラバー”になりがちだが、顧客の課題から考える“プロブレム・ラバー”(課題愛好家)に視点を移すことが重要」と話し、早い段階から顧客や市場を意識する必要性を示した。
前野氏も、公的支援の現場から同様の傾向を感じていると述べる。NEDOの支援では初期フェーズの採択が多く、事業化に近づくにつれて件数が減る。「審査では研究開発の中身だけでなく、事業性を重視している」とし、「誰にどう売るのか、どのように運用するのかまで具体的に考えられているかが重要になる」と語った。
技術そのものに加えて、それをどう社会に届けるかという視点が求められている。
「まずシュートを打つ」仮説検証と外部連携
中村氏は、この課題をサッカーに例えて説明した。「日本のスタートアップはボールを持った瞬間にドリブルを始めてしまうことが多いが、目的はゴールを決めること」とし、「まずはシュートを打つ、つまり仮説を持って社会に問いかけることが大切」と語る。
さらに自身の経験として、大企業との連携の重要性にも触れた。「大企業をいかに利用するかというマインドが重要」とし、自身の触覚技術を展開する際に、大手投資会社、日本とGAFAMなどのグローバル企業と連携した経験を紹介。「潤沢なリソースを使わせてもらい、課題と技術の検証、思い切りシュートを打ち続けた結果、5年でエグジットまでたどり着いた」と振り返った。
技術単体で完成度を高めるのではなく、外部の力を取り込みながら試行を重ねる。そのプロセスが、結果的に事業化のスピードを高めるという実感が共有された。
産学官が連携する理想的な成長シナリオ
後半では、シードの壁を越えた後の成長に向けた連携のあり方が議論された。
前野氏は、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という元プロ野球監督の故・野村克也氏(元は江戸時代の藩主・剣術家の松浦静山)が使った言葉を引用し、「失敗には必ず理由がある」と指摘する。そのうえで、「いかに早く社会に問うかが重要」とし、研究者単独ではなく、VCや事業担当者と連携しながら事業の解像度を高めていく必要性を述べた。
藤村氏は、スタートアップと大企業の役割について「スタートアップは技術とスピード、大企業はスケールさせる力と顧客基盤」と整理する。「創業1日目から、10万人のNEC社員があなたの仲間です」という考え方のもと、社内外のリソースを活用しながら支援を行っているという。
中村氏は、産学官の関係を「学(技術)」「産(現場)」「官(制度)」の三者として捉え、「特に重要なのは現場の“痛み”という情報」と話す。異なる立場のプレイヤー同士が対話を重ねることで、技術と社会の接点が見えてくるという見方だ。
ディープテックの社会実装に向けては、技術の高度化に加えて、それを社会にどう届けるかという視点や、プレイヤー同士の関わり方が引き続き重要なテーマになりそうだ。
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