10万社を見たシリコンバレーのキャピタリストが提案するスタートアップ育成に重要なものとは
Plug and Play ジェネラルパートナー アリレザ・マスルール氏インタビュー
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」に掲載されている記事の転載です。
世界をリードするイノベーションを成長させるプラットフォームの構築を目指すベンチャーキャピタル兼アクセラレーターのPlug and Playは、本社があるカリフォルニア州サニーベールをはじめ、世界20カ国超に60以上の拠点を構え、これまでに2万以上のスタートアップの事業化と成長を支援してきた。同社は米国最大級の支援組織として日本でも著名であり、DropboxやPaypalなど多数のユニコーン企業を輩出し、現在も約40社のユニコーンポートフォリオを抱える。その取り組みはいったいどのようなものなのか。本社のジェネラルパートナーとして、約200名の個人投資家チームとともに活動しているアリレザ・マスルール氏に話を聞いた。

Plug and Play ジェネラルパートナー
アリレザ・マスルール氏
2008年にPlug and Playへ入社。ジェネラルパートナーとして約200名の個人投資家チームとともに活動している。これまでに10万を超えるスタートアップを評価し、投資を決めた100以上のうち15社がユニコーンに成長している。エンジニアリングとマネジメントのバックグラウンドを有しており、入社前には、マーケットプレイスNekatelの創設者兼CEOとして2年間で年商4,500万ドルに成長させた。2007年にはモバイルアプリを販売するVidatelを創設し、両社とも現在は売却している。2018年にシリコンバレーで活躍した40歳未満の人物の一人(シリコンバレー40)に選ばれ、Business Insiderのベンチャーキャピタルの将来を代表する100のライジングスターVCに選出されている。
投資する15社のユニコーンのうち5社の設立に関わる
Plug and Playは、創設者兼CEOであるSaeed Amidi(サイード・アミディ)氏が、30年前に購入したカリフォルニア州パロアルトのビルからスタートし、2006年にカリフォルニア州サニーベールでアミディ夫妻が購入したビルで正式に設立された。常に400社を超えるスタートアップが入居しており、年間150社を超える企業に投資を行っている。
先進技術をもつスタートアップと各業界のリーディングカンパニー、大学や行政機関、そして投資家をつなげることでイノベーションを加速させることをミッションに掲げ、1,000以上のプログラムやイベントを実施しながら、550社を超えるパートナーとともに25の業界で2,000社以上に投資。現在は世界20カ国超に60以上の拠点があり、800人近い従業員がいる世界的なベンチャーキャピタル兼アクセラレーターへと成長している。日本では渋谷を拠点とするPlug and Play Japanが2019年に設立され、京都、大阪にもオフィスがある。
Plug and Play設立2年目という早い時期に入社し、ジェネラルパートナーとして自身も投資家として活躍するアリレザ・マスルール氏は、約200名のチームとともに活動している。創業から数多くのユニコーンを排出し、約40社のユニコーンポートフォリオを持つが、マスルール氏はそのうちの15社に出資し、そのうち5社の最初の投資はマスルール氏だという。スタートアップを創業した経験も持つ同氏は、スタートアップの成長を見抜く高い先見の明を持っている。
マスルール氏は自身の仕事について「私を含め、社員一人ひとりの仕事は、スタートアップのコミュニティが自らの可能性に到達するのを支援し、奉仕することだ。その可能性とは、1,000万ドルの出口かもしれないし、100億ドル(デカコーン)の出口かもしれないが、いずれにしても彼らがそこに到達するのを助けることが使命である」と話す。
また、同社が築き上げた2,000社のポートフォリオにおける十分な成果の理由として、「お互いの助け合い」を挙げた。
「具体的には、技術を持つスタートアップに対し、そのイノベーションを必要としている550以上の企業に紹介している。イノベーションは知的財産に付随するもので、ライセンスやIPがあれば、PoCを始められる。そのPoCは、ウォルマートやダイムラーなど20以上の業界にわたるプログラムで、企業が資金を調達するのに役立てられる。それらの会社がパイロット的な顧客になれば、成長や牽引力を促すことができる。そこで得られた資金でスタートアップは雇用を増やし、さらに成長できるようになる。実際に、これまで関わってきた2万社のスタートアップのうち約3,000社は、企業と何らかの関係を結んでおり、私たちはその関係が持続的に発展することを目指すよう手助けしている」(マスルール氏)
Plug and Playが創業から続けるスタートアップ中心の姿勢は、CEOであるサイード・アミディ氏による功績が大きいようだ。昔も今も、チームはスタートアップのコミュニティのためにできることは何でもし、企業のニーズを見ながらコンセプトを進化させてきたという。
エンジニアの経験から見えたスタートアップに本当に必要なもの
マスルール氏がPlug and Playに入社した当初は、技術的なバックグラウンドを持つ人間として、スタートアップのコミュニティが資金を入れて会社を立ち上げることができるよう支援することから始めた。結果、コミュニティが飛躍的に成長し、大きなインパクトをもたらした。だが、その内容は特別なものではない。会社を設立したばかりで何もわからない人たちに対し、会社を法人化したり、銀行口座を開設したりするのを手伝うという単純なものから、知財を得るために特許を申請したりするというようなことで、これらは創業経験があるマスルール氏にとっては簡単なことだった。
「私は多様なバックグラウンドの一つにエンジニアリングの経験があり、ソースコードにほれこみながらも、『人に比べればそれほど(技術は)重要ではない』ということも学んだ。また、創業者として、会社を立ち上げて人を雇ったのであれば、解雇したり撤退させたりしないようにしてきた。会社とその人の利益のために、可能な限り最善の方法でそれぞれから何を引き出せるかを見極めることで、会社というプレーヤーを取り巻く多次元的な頭脳を構築してきた。私はそのエコシステムの一部として、起業で最初に必要とするものを紹介することでインパクトを与えてきた。そして、ビジネスを構築するうえで最も重要なのは、トラクション(事業の成長や市場での成功を示す具体的な指標や実績)を得ることだと考えている」(マスルール氏)
エンジニアとしての経験から、会社のCTO(最高技術責任者)より自分の方がより多くを知っている場合は投資すべきではないといった判断をすることもあるが、(技術へのこだわりは)それほど意味があることではないとマスルール氏は言う。むしろ、経営陣もエンジニアもそれぞれ違った視点を持っていることが大事であり、より多くの視点があるほど、人々をよりよく助けることができるという。
「適切なチームとテクノロジーがあれば、トラクションを得るのは簡単で、誰かが助けてくれるはずだ。大事なのはトリプルT=Team, Technology and Traction(人材、技術、成長と実績)で、これらが企業とのコネクションなどを牽引する手助けになる」
IPは諸刃の剣でありゲームのようなものである
ユニコーンと知財は深い関係にあると思われるが、マスルール氏からは意外な答えが返ってきた。
「IPは諸刃の剣であり、ゲームであると見ている。IPで戦う場合、最も早いステージの段階で行わなければならないが、限られた資金からそのための費用を割り当てるとランウェイ(資金が枯渇するまでの猶予期間)が減少してしまう。また、守りを固めたとしても大企業に攻められた場合、反撃するためのリソースは同様になくなる。調べたところ、ユニコーンのうち約20%は知財を持っていないし、出願しているのは10件以下だ。私もアイデアやIPだけでは企業を10%以上も成功させることはないだろうと考えている。実際のところ投資家は知的財産ではなく、IPとトラクション、そしてあなたがやりたいことを評価している。だから、知財がないことを恐れてビジネスを止めるべきではない。
また、多くのスタートアップは知財を持っているが、それを出願せず秘密にしておきたいとしても知られるのは時間の問題だ。であれば、どんなアイデアであれ、会社を立ち上げるべきだというのが私の考えだ。大企業でも知財と密接なつながりがある人物を支援し、その人物と一緒に戦った方がいいはずだ。私は基本的にすべてのものはオープンソースで、誰もが自由に使えるようにすべきだと考えている。そうすることで人々はそれを使って起業できる可能性が生まれるからだ。民主主義的なオープンシステムで、自分の会社、チーム、家族、大学、都市、国のため、そしてグローバルなエコシステムのために、より良い未来を築くために、より多く働き、より多く貢献し、より良く実行することができる人が求められている」(マスルール氏)
こうしたグローバルなエコシステムを生み出すことに、ユニコーンを輩出することが貢献するとマスルール氏は言う。さらに、その第一歩となるのが大学であるとしている。
「大学は研究の場ではあるが、研究だけをしていても、それを収益化し商業化しなければ報われない。そのためにも起業家精神を促進し、あらゆる科学のビジネスコンセプトを促進するだけでなく、スタートアップを生み出す場として資本政策を立てるための事業や資金計画の基礎となることでともに成長できる。スタンフォード大学のような優秀な大学では、過去11年間で4,600社のスタートアップを輩出していて、そうしたスタートアップを宣伝するマーケティングに力を入れている。そこに後ろ盾が加わり、資本を注入することも大事であり、米国政府もそこは理解している。5,000人を雇用する製造業をゼロから立ち上げようとするトップダウンのアプローチでは莫大な費用がかかるが、起業家から生まれるのであれば、製造計画の作成と構築にかかるコストは最小限に抑えられる。
Plug and Playは日本の大学とも仕事をしているが、優秀なのにそれほど多くの会社を立ち上げていないように見受けられる。私たちの仕事は、そういう大学を支援してエコシステムを促進し、境界をなくす手助けをすることだ。状況を恐れて足を引っ張ることがなくなれば、必ず成長する。毎年1,000人の学生を抱える大学のポテンシャルを考えると、最低でも100の新しいスタートアップが必要だ。そうするには資金が足りないというが、お金は常に良いアイデアを追い求めているので、良いアイデアがあれば、資金調達に困ることはないだろう」
10万社を見てもわからない成功法。大事なのは失敗をさせないこと
マスルール氏はPlug and Playで精力的に活動を続け、16年のキャリアで10万社のスタートアップを見てきたと語る。その経験が多くのユニコーン輩出につながっているのは間違いないが、それでもまだわからないことが多いと話す。
「入社した当初は1,000社を見れば何でもわかると思っていたが、今になっても何をすればうまくいくのか見当もつかない。しかし、何がうまくいかないかはよく理解している。これまで多くの失敗を目の当たりにしてきたが、それを知ることが私の仕事であり、どのような失敗があったのかを伝え、共有することがチームの大事な仕事だと考えている。
しかし、私たちは『ダメだ、それはうまくいかないからやめろ』とは言わない。仕事のひとつは、会社が立ちいかなくなるなどの壁にぶつからないよう助けることだが、もし明日にはうまくいかなくなるとわかったら、すぐに会社をたたんでピボットした方が時間の節約になると判断することもある。100%うまくいくとは思えないことに資金を集めるのは、誰もが犯しうる最大の過ちだ。だからこそ、スタートアップは投資家に対してはオープンで透明性が高くあるべきだと言っている。共有が早ければ早いほど、より良い助けを得られるからだ。
大事なのは顧客と話すということ。彼らが製品を買うのは、あなたが具体的な何かを持っているからであり、それを知ること、また買われないとしてもそこから学べることがある。誰かが来て何をすべきか教えてくれるのを待つより時間の節約になる。物事は光速で進んでいるので、先手を打つしかない。そうした動きを手助けするのが私たちの仕事だ。顧客や資金が必要な場合、私たちのキャパシティがあれば手助けできるし、助けが必要な人にノーとは言わないだろう」(マスルール氏)
Plug and Playはどのような市場にもアクセスでき、日本からエコシステムに参加する支援もできるが、今のところエコシステムに対する日本のスタートアップの貢献度は、世界人口に対する日本の人口と比べて低いと、厳しい指摘もあった。それでもPlug and Playが日本市場で何ができるかをマスルール氏は楽しみにしており、ぜひ一緒に仕事をしたいとインタビューを締めくくった。