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注目のベンチャークライアント。成否のポイントは課題の特定にある

連載
オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド

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 ベンチャークライアントという用語を目にしたことはないだろうか。それは、ベンチャー・スタートアップ企業に限定したオープンイノベーション活動における一手法であり、十分な資金がなくても実施できるというメリットがある。拙著「OI担当者本」(『オープンイノベーション入門:手引きと実践ガイド』)の中でも近年新たに出てきた注目すべき取り組みとして位置付けている。
*羽山友治 [2024],『オープンイノベーション担当者が最初に読む本:外部を活用して成果を生み出すための手引きと実践ガイド』 ASCII STARTUP,角川アスキー総合研究所。

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 実質的にベンチャークライアントに相当する活動自体はこれまでにも多くの企業で採用されてきたと思われるが、名称が定められたのは最近であり、必ずしも企業がその適用を意識しているとは限らない。また現時点では参考にできる文献も限られている。本稿では、ベンチャークライアントを検討している読者に役立つ情報を整理し、オープンイノベーション活動全体の視点から、筆者の見解を示したい。

ベンチャークライアントの基本事項

 まずは、ベンチャークライアントについてのポイントを抜粋する。「OI担当者本」の7章でも紹介しているため、興味がある読者は適宜参照して欲しい。

 ベンチャークライアントという用語は2015~2018年にかけてミュンヘンのBMW Startup Garageを立ち上げ率いたGimmyによって名付けられた。本手法は、戦略的利益を得ることを目的としてベンチャー企業の製品/サービスを開発の初期段階で購入・利用するものであり、アウトサイドイン型で出資が絡まないものに分類される。別名称として、「スタートアップサプライヤープログラム」と呼ばれることもある。
*Gimmy, Gregor, Dominik Kanbach, Stephan Stubner, Andreas Konig and Albrecht Enders [2017], “What BMW’s Corporate VC Offers that Regular Investors Can't,” Harvard Business Review, July 27.

 Chesbroughは2020年の著作の中で、ベンチャー企業が大企業に対して、資金よりも最新のツール・技術・チャネル・顧客へのアクセスに期待していること、また大企業が従来の株式ベースのアプローチでは時間が掛かり管理に手間を要するために規模の拡大が難しいと感じており、出資をしない軽量型の協業モデルが用いられるようになってきていることを主張している。
*Chesbrough, Henry [2020], Open Innovation Results: Going Beyond the Hype and Getting Down to Business, Oxford University Press.

 ベンチャークライアントはまさにこれらを背景に生まれてきた手法と考えられる。Gimmyによると、ベンチャー企業は資金・コーチング・顧客の3つの要素を求めているが、最初の2つに関してはコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)よりも独立系ベンチャーキャピタルのほうが勝っている。一方で大企業は自身が顧客対象となることで最後の1つを提供できる。

ベンチャークライアントのプロセス

 そのプロセスに関して、Kurpjuweitは欧州の大企業3社の事例研究において、以下のように説明している。

ステージ1:同定
▶ベンチャー企業をスクリーニングして、ウェブサイトのフォームから応募するように求める
▶すべてのコンタクト先が同じプロセスを経ることで、均一な評価手順が保証される
▶リクルーティングにあたっては、外部のスカウト業者・アクセラレーター・ベンチャーキャピタルを活用している

ゲート1:予備選考
▶プログラム運営部門が従来サプライヤーに求める品質・コスト・納期とは異なる評価基準を適用し、大きく数を絞り込む

ステージ2:社内マッチング
▶ベンチャー企業が選定されるには、その製品に対価を支払う事業部がある場合に限られる
▶プログラムの運営部門が協業に必要な予算の50%を提供する
▶事業部のマネージャーなどが構成される審査員を前にしたピッチが実施される

ステージ3:パイロットプロジェクト
▶ベンチャー企業の技術を事業部のニーズに合わせてカスタマイズし、実際の条件下で検証する
▶本段階は3~4ヶ月であることが一般的であるが、個別のプロジェクトに応じて柔軟に調整される
▶技術の検証とカスタマイズが行われるだけなので、知的財産権はベンチャー企業に帰属したままである

ゲート2:パイロット評価
▶製品を調達する/共同開発プロジェクトを通じて改良する/検討を打ち切るのいずれかが決定される

ステージ4:サプライヤーネットワークへの移行
▶共同開発へ進んだプロジェクトでは、さらなるカスタマイズによって問題点を解消していく
▶調達が選ばれた場合は既存のサプライヤーに対応しているチームに引き継がれるが、生産性の向上を目指した支援を手厚く行う
*Kurpjuweit, Stefan and Stephan M. Wagner [2020], "Startup Supplier Programs: A New Model for Managing Corporate-Startup Partnerships," California Management Review, 62(3), 64-85.

 以上のステップのうえで、どのようなベンチャー企業を対象とするかに関しては、各企業の戦略的優先事項に沿った製品/サービスを持ったところと上記事例では書いてある。シーズありきでマッチングするニーズを探すことは難しいため、より詳細に踏み込んだ社内の課題を起点にすることが望ましい。

ベンチャークライアントを実施する際の課題の特定

 実務家の立場でベンチャークライアントについて考えるとき、協業段階におけるさまざまな問題が懸念される。仮によい製品やサービスを持つベンチャー企業が見つかったとしても、安定供給への懸念から購買部の反対があったり、セキュリティーの面で情報システム部が許可してくれなかったりすることがあるだろう。そのため、最低限トップダウンで全社的なコンセンサスをとっておく必要がある。

 最も難しいことは、対象とする課題の特定である。この点に関して後述する木村・Gimmyの書籍では、GimmyがBMWでベンチャークライアントを開始したときに、「ベンチャー企業がよりよく解決できるような課題を見つけられる人が社内にいないことに気付いた」と書かれている。
*木村将之・ギミー, グレゴール [2024],『スタートアップ協業を成功させるBMW発の新手法 ベンチャークライアント』,日経BP。

 そして初期段階では成果が出やすいオペレーションの改善に注力し、実績が出て一定期間経った後に新製品開発のような難易度の高い課題に取り組むことが推奨されている。またインパクトの観点からは、解決した場合に100万ドル以上の収益貢献または費用削減につながるものであるべきとの目安が示されている。ただしこれらはあくまでも1つの見解であって、Baumgärtnerの報告をみると、実施する企業によって違いがある。
*Baumgärtner, Laura Doriane, Ronja Stoffregen, Jonas Soluk, Nadine Kammerlander and Gregor Gimmy [2024], "Harnessing the innovative potential of start-ups for corporate entrepreneurship in incumbent firms: a study of asymmetric buyer–supplier relationships," R&D Management, DOI:10.1111/radm.12726.

 加えて、ベンチャークライアントで扱う課題は、個人・アカデミアの研究者・中小企業・大企業などではなく、ベンチャー企業が協業パートナーとしてふさわしいものでなければならない。この点が別の難しさにつながってくる。

 例えば、事業部の担当者からある課題を相談されたとして、ベンチャー企業で解決できない場合に、対応を断ることができるだろうか。担当者からすれば、自身や自部門の課題を解決してくれればよいわけで、必ずしもベンチャー企業と協業すること自体が目的ではない。にも関わらず、相談を断られることが続けば、悪い印象につながってしまう。

 よって、ベンチャークライアント以外の案件にも対応できるところが必要である。そのためには、協業パートナーの種類に関わらずニーズベースで対応する広義のオープンイノベーション活動を推進するチームを準備しておくとがよいだろう。

 またGimmyの書籍には、大きな費用が掛からない軽量型の手法であることから、規模が小さな企業でも展開できるという記述もある。しかしながらそのような企業にとっては、シリコンバレーの一流のベンチャー企業のシーズが必要となることなど、滅多にないのではないだろうか。

 そう考えると、仮に多くの日本企業がこれまでのCVCやアクセラレータプログラムの運用からベンチャークライアントに舵を切ったとしても、まずは国内のベンチャー企業を対象として実施すれば十分なのかもしれない。

 いずれにせよ、ベンチャークライアントを実施する企業にとって、自社の取り組みにふさわしい課題を特定できる人材の有無がその成否を分けることになるだろう。サービス提供会社としても、そのような人材がいない企業は成果を出せないことから、継続的な利用が見込めない。

 どのような課題が成功しやすいかについて最も高い知見を持つのは、多くの案件を扱った経験のあるサービス提供会社である。そこで顧客企業への人材派遣などを通じて課題を特定するプロセスに介入できれば、筋の悪いものを対象から外せるかもしれない。ベンチャークライアントの実施においては、このような課題の特定の支援が行われるようになる可能性がある。

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